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「なにやってんのお前ら」
ある日のこと。いつも通りに学校に登校してきたらっだぁが、俺とぐちつぼさんの姿を見て、一番最初に放った一言。少し引き気味な顔をするらっだぁ。まあ無理もない。
何故か俺は今ぐちつぼさんに背後から抱き締められているのだ。自分より10cm近く身長の差があるので、ぐちつぼさんの腕にはすっぽりと収まってしまう。しかもぐちつぼさんは一つ下の学年だから、俺とらっだぁのクラスにいると当然違和感があるようで周りの視線が刺さって、痛い。
「たすけて……らっだぁ」
「何してんの、ぐちつぼ」
「イヤァ〜ぺんさんってほら、身体暖かいじゃん?だからカイロ代わり」
「うちの教室まで来てすること……?」
「ぐ、ぐちつぼさん……らっだぁが引いてるよぉ……もうそろそろ離してぇ……」
「あ、ぺんさん逃げないでェ〜」
俺が少し身じろぐと、ぎゅーっと抱き締められる力を強めて俺を逃さないようにしてくる。朝からコレをされるのは結構きついので、必死に訴えかけるも聞く耳を持ってくれない。俺は途方に暮れて溜息を吐いた。そして、らっだぁはそんな俺たちを見て、少し楽しそうに口角を上げた。
「ふーん……まあ、ぺいんとは子供体温だもんねー」
「そうかな?……じゃあ、らっだぁも俺で暖とっちゃう??」
「オッ、いいんすか〜…………って思ったけど殺されるからやめとくわ……」
「?」
俺の提案に一瞬だけ乗り気になったが、直ぐに青い顔をして考え直すらっだぁ。彼が何に怯えているのかはよく分からないが、どうやら彼の背後から何やら鋭い気配がする……ような……気がする。
「ぐ、ぐちつぼさん?ちょっと力緩めて欲しいな〜って……」
「……イヤ」
「えぇ……」
「アハハッ……おもろいねぇ」
「いや笑ってないで助けて……てか、ぐちつぼさんもうすぐチャイム鳴るんだから、自分のクラスに戻りなよ。ここ二年の教室だし」
「じゃあここで授業受けるわ」
「なんて無理なことを……とにかく!戻って?ね?」
「…………しょーがねぇな。ジャア、帰るわ」
俺を解放する代わりに頭をわしゃわしゃと撫でたぐちつぼさんは満足したように自分の教室へと戻って行った。撫でられたせいで髪の毛がぐちゃぐちゃになったけど、不思議と悪い気はしなかった。
「アイツ、そのままサボる気だな……さっき、たらことげんじんが下で待ってたし」
「え、大丈夫なのかな……成績とか」
「まァ、アイツ頭いいから大丈夫だろ」
(そういう問題じゃないと思うけど……)
軽く駄弁っているとチャイムが鳴ったのでらっだぁは自分の席に戻っていった。
ふと、窓の方へと視線を移しかえると校門にはぐちつぼさんと黒のセンター分けのげんぴょんさん、女の子みたいな金髪ロングのたらこさんがいたので本当にサボるんだなと察した。
不良は自由だな……。
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「やばい……っ、委員会長引きすぎた……」
学校も終わり、既に太陽は沈み始めて辺りは闇に染まっていった。委員会があるので無所属のらっだぁには先に帰ってもらった。しかしこんな遅くに終わるとは思わなかった。ここらへん、治安がまあまあ悪いので少し不安だ。
「らっだぁ……ちゃんと帰ったかなぁ」
俺は独り言を呟きながら、人通りの少ない暗い夜道を歩く。太陽が沈んでるせいか視界が真っ暗であまり頼れない。
ふと、曲がり角でドンッと人とぶつかってしまい、身体のバランスが崩れてよろめいてしまった。
「うわっ、す、すいません」
「……チッ、どこ見て歩いてんだよ。よく前見ろや、殺すぞ」
「ひッ……」
ぶつかってしまった人は俺に暴言を吐き、俺に近づく。後ろには下っ端感ハンパない人が二人立っていて、俺とぶつかった人は不良だとすぐさま理解した。からんからん、と不良が引きずっている先端が赤黒い液体の付いた鉄パイプを見てゾワゾワと鳥肌が栗立つ。
「こ、殺すって……俺、なにもしてな……」
「アァ?ぶつかってきて何言ってやがる。死んで詫びろよ」
不良が鉄パイプを振り上げるのが見えた。俺は目を瞑り、頭を守るようにして小さく蹲った。殴られる衝撃と痛みに備えるために……。
──だが、いつまで経ってもその衝撃は襲って来なかった。恐る恐る目を開けると目の前には見覚えのある後ろ姿が見えた。
「……ぐちつぼ……さん?」
「ぺんさん!大丈夫?」
「う、うん……ありがと」
「うあ゛っ……クソッ……なんや、お前ッ」
ぐちつぼさんがきっと反撃したのだろう、不良は腹を押えながら倒れ込んでいた。そんな光景を目の当たりにした下っ端が、怖気付いて後退りする。
「……人のに手ェ出すんじゃねぇぞ」
「ヒッ……お、おい!逃げるぞ!」
ぐちつぼさんが、低い声で呟くと不良は情けない声を上げて逃げていった。
「……ぐ、ぐちつぼさ───うわっ、」
俺がぐちつぼさんの名を呼ぼうとした時、ぐちつぼさんが俺の腕を掴み、引き寄せ、ぎゅうと抱き締めてきた。
「ぐ、ぐちつぼさん……っ?!」
「……ア゛ー、ぺんさんあったけぇ」
「エッ、へ?」
「これカイロ代わりにしよ」
「えぇ……」
困惑する俺を他所にぐちつぼさんは、そのまま俺の背中に手を回してぎゅーっと抱き締める。顔が俺の首元に埋まり、髪の毛が当たってくすぐったい。俺は思わず身を捩った。ぐちつぼさんの学ランから柔軟剤の匂いがして、鼻を擽る。
「……ぺんさん、怪我ない?」
「うっ、うん。ありがとね」
「……めっちゃぬくい……」
「あ、のさぁ……そろそろ離れてよ」
「ヤァダ。もうちょいこのまま」
「……もお……」
俺が離れろと言ってもぐちつぼさんは一向に離れようとしない。俺は諦めて、ぐちつぼさんの気が済むまでこのままでいることにした。
「ぺんさん、ダメだよ。夜道は危ないンだから。特にここら辺は」
「ご、ごめん。」
「俺が来なかったら、今頃ぺんさんどうなってたか分からないよ?そこら辺理解してるの?」
「は、はい……」
ぐちつぼさんに抱き着かれながら、説教を受ける。ぐちつぼさんの説教は意外と長くて怖い。でも俺が悪いのは事実だし、ここは黙ってお叱りを受けよう。
「……まあ、ぺんさんが無事で良かった」
(……え?)
ふと、ぐちつぼがさんボソッと呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。「心配してくれてたの……?」と俺が尋ねると、ぐちつぼは珍しく顔を紅く染めて、視線を逸らす。
「……アー、もう!言わせんなよ!!」
「アハハ!ごめんごめん」
俺が笑い飛ばすとぐちつぼさんは拗ねたように口を尖らせる。そんな子供っぽい姿にまた笑みが零れた。
「……帰ろ、俺が送ってあげる」
「あ、ありがとう。」
そうして、ぐちつぼさんに家まで送ってもらった。別れ際、ぐちつぼさんが「じゃあね」と笑みを浮かべて手を振ってくれたので俺も手を振り返したのであった。
(……ンー……ぺんさん可愛かったなァ)
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