康二とのご飯会も終わって、あれから早いもので一週間が経った。
今日は待ちに待った、お泊まり会の日。
とても楽しみにしていた俺は、昨日の夜から必要なもののリストを作っては、ドキドキと高鳴る鼓動を感じていた。
お友達と夜を過ごすのは学生時代の修学旅行以来のことで、大人になってからも、こんな風に楽しみなことのために毎日を頑張れる日が来るなんて思ってもいなかった。
「何が必要かなぁ…?あ、みんなで遊べるものとかあったら楽しいかな」
高校生の時の記憶を頼りに、あの頃何をしていたっけ?と振り返ってみて、そう思いついた。
と言っても、俺は端っこの方で大人しくしていたタイプの学生だったので、クラスメイトの子はどんなことをしていたっけ?と思い出していた、と表現した方が、適切ではある。
彼らは、トランプをしたり、わざわざ持ってきたのか、と言うくらいに大きなオセロ盤を持ってきては、それに白熱していた。あとは、大抵が好きな女の子のタイプの話とか、あの子が可愛いなどといった雑談をして過ごしていたような気がする。
恋愛の話はともかくとして、トランプや小さめのオセロ盤はうちにもあったので、持っていくことにした。
それらをバッグに入れて、ふと思いついた。
「クイズ大会できたら楽しいかも…!」
もともと、なぞなぞやクイズなどの頭を使うゲームが好きなこともあって、俺の蔵書にはそれに関するジャンルのものが多い。
みんなはあまりやったことがないかもしれないということも考慮して、俺は日常生活の身近なテーマを中心としたクイズの本と、楽しく解けそうななぞなぞの本の二冊をチョイスして、他のゲームグッズと一緒に鞄の隙間に差し込んだ。
ガチャと、玄関の開く音がして、俺はその音のする方へ足を運んだ。
いつも通り、お仕事から帰ってきた蓮くんは、俺の姿を見るなり大きな手のひらと温かい腕で俺を抱き締めてくれた。
「おかえり、お疲れ様」
「うん、ただいま。今日は早かったんだね」
「明日の準備したくて、少し早めに帰ってきちゃった」
「あ、そっか。もう明日だもんね。楽しんできてね」
「ありがとう、すごく楽しみ」
「俺はすごく寂しい…三日も亮平に会えない…」
「ここでずっと待ってるから、お仕事頑張ってきてね」
「うん…はぁ、亮平連れて行きたい…」
「邪魔になっちゃうから、お留守番してるね」
「くぅ…だめか…。」
「ふふ、帰ってきたら、ご飯食べて、まったりして、ずっと一緒に過ごそうね」
「うん!」
お仕事から帰ってきた蓮くんとご飯を食べていると、蓮くんは急に思い出したかのように、
「あ、俺も明日の準備しなきゃ」と言ったので、ご飯を食べて、一緒にお風呂に入ってから、二人で明日の荷造りをした。
一緒にお風呂に入るのは、もうほとんど毎日のことで、さすがの俺も慣れてきた。
時間が合う日は、蓮くんが一緒に入ると言って聞かないので慣れざるを得なかった。
「亮平の髪、ふわふわで大好き」
いつもそう言いながら、蓮くんは俺の髪を洗って、お風呂から上がったあとは乾かしてくれる。俺も、蓮くんのその優しい手が大好きなのだが、一日頑張ったご褒美だと享受するには、贅沢すぎるとも思う。
明日必要なものの用意も終わって、一休みしたところで、今日は寝ることにした。
これも毎日のことではあるが、ぴったりとくっついて二人で布団に入る。
涼しい季節になってきたので、これまで以上に蓮くんの体温を心地良く感じる。
何度も俺の頭からうなじまでを行ったり来たりする蓮くんの手のひらに、眠気を覚える。
大きなあくびを一つして、俺は頭の重みを全て、蓮くんの腕に預けた。
「亮平、いい夢見てね」
と言う優しい声と、目元に触れた唇の温度を感じる。俺も「蓮くんもいい夢見てね」と伝えようとしたが、ちゃんと声が出ていたかを確かめる前に、俺の意識は上に登って行ってしまったような気がした。
翌朝、蓮くんと朝ごはんを食べて、そろそろ出勤しようかというタイミングになって、蓮くんは俺を抱き締めたまま、ソファーの上から動かなくなった。
「蓮くん、どうしたの?」
「出かけたら、そのまましばらく亮平に会えない。やっぱり寂しい…。行かないで。俺が出かけるまで一緒にいて」
「えー…そう言われても、、、仕方ないでしょ?頑張ろう?」
「やだ。離れたくない。」
こうなると蓮くんは頑固だ。
そうやって恋しがってくれるのはとても嬉しいのだが、お互いこれから仕事だし、俺も遅刻してしまうのは避けたい。
俺は、なんとか蓮くんが動いてくれるような言葉を探して、手当たり次第に唱えていった。
「…明日の夜電話できるのになー」
「!」
ピクッと蓮くんの肩が揺れる。
その隙に、蓮くんの腕から抜け出して通勤鞄を提げ、玄関から蓮くんの様子を伺う。
「帰ってきた日の夜ご飯は、蓮くんの好きなチーズいっぱいのグラタンにしようかなー」
「ぐらたん…ちーず…」
俯いていた蓮くんの顔が上がる。
俺は畳み掛けるように次の一手を投じた。
「蓮くんが帰ってきてくれたら何しようかなー?。蓮くんは何したい?」
「亮平の膝枕…」
「ふふ、いいよ。硬いけど許してね?」
「亮平のがいい。やった、膝枕…」
「蓮くん、行ってらっしゃいのキスして欲しいなぁ…寂しいなぁ……。」
「っ!今すぐするッ!!」
蓮くんはソファーから飛び起きて、俺の元まで駆け寄ってきてくれた。
なんとか玄関まで来てもらうことに成功したところで、蓮くんと俺の唇とが重ね合わさる。
俺も本当は寂しいんだよ?
でもきっと、募っては込み上げて、積もった恋しさの分、蓮くんが帰ってきてくれることが、また一緒にいられることへの感謝と幸せを運んできてくれると思うから。
だから、会えない間は、次に会ったら何をしようかって、その時間さえ楽しみなことで頭をいっぱいにしようよ。
そんなことを考えながら、俺からも蓮くんに口付けた。
蓮くんに「行ってきます」と伝えて、玄関のドアを開けた。
仕事も無事に終わったところで、一度帰宅して、俺はスーツを脱いでから普段着に着替えた。
蓮くんが出かけた後の家の中はガランとしていて、やっぱり少しだけ寂しくなった。
上着に袖を通してから、お泊りグッズがたくさん入ったバッグと、手土産に用意して置いた紙袋を持って、もう一度外に出た。
オーナーにこれから向かうと連絡をして、俺はいつもの場所へ向かった。
ご飯を食べて、四人でたくさんお話をして、ケーキを食べながらみんながクイズ大会を楽しんでくれて、俺は本当に楽しい時間を過ごさせてもらった。
みんなで横並びに寝た次の日の朝、ラウールくんと康二が寝ながら手を繋いで、頭を寄せ合いながら寝ている光景を見て、俺は心の底から安心した。
一週間前に康二から相談を受けて、あれからちゃんと話せたかな?とか、うまく行ってるかな?とか、考えてばかりで、ずっと気掛かりだった。
今のこの二人を見て、少しずつ、お互いに歩幅を合わせながら、ゆっくりと進めているんだなと感じることができて、俺はほっと胸を撫で下ろした。
オーナーも、仲睦まじい二人の様子に、ほっとしているように見えた。
お昼くらいまでオーナーのお店で過ごして、お昼ご飯をいただいた後そこを出て、近所のレンタルビデオ屋さんへ向かった。
少し緊張してしまう、という理由で今ままでなかなか手が出せなかったことに挑戦してみたかったのだ。
俺は目当てのDVDを五枚と、それと同じ作品のタイトルの下に【特別版】と書かれたものの一枚を持ってレジに向かった。
これは、蓮くんが帰ってきたら、一緒に見よう。
そう考えながら、軽い足取りで帰り道を辿っていった。
部屋中の細かいところの埃を取ったり、お風呂場と洗面所の水垢を重曹で溶かしてピカピカにしている間に、夜が来た。
一人分のご飯を作って、簡単に済ませた後でお風呂に入った。
久しぶりに一人で入ったお風呂場は、なんだかとても広いように感じた。
テレビの電源を入れて、ニュース番組のチャンネルを点ける。
ラジオ感覚で音声だけを耳半分で聴きながら、小説を読んだ。
しばらくそうしていると、スマホが振動する。
活字を追っていた目を、手元に置いていた液晶画面に移すと、蓮くんから電話が来ていた。
本に栞を挟んで、画面をスライドしたあと、端末を耳に当てた。
「もしもし?」
「あ、亮平!今大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ。今本読んでたところ」
「どんな本?」
「推理小説」
「わ、難しそう」
「とっても面白いよ、今度一緒に読む?」
「うん!あ、お泊まり会はどうだった?」
「すごく楽しかったよ。学生以来のことだったから、すごくワクワクした。それからね、オーナーからとっても素敵なもの頂いたの!」
「ん?なになに?」
「渡辺さんとオーナーの結婚式の招待状を頂いたの!」
「亮平ももらったの!?」
「もしかして、蓮くんも!?」
「うん、昨日しょっぴーにもらったんだよ」
「そうだったんだ!楽しみだね。二人の尊い時間が生で見られるなんて…ご祝儀たくさん包んでお布施にしたい…いや、いっそお布施としてお渡しする…?俺有休取らないと…!って、あぁーっ!!」
「亮平…?大丈夫?一息でそんなにたくさん喋ってるの初めて聞いたよ。どうしたの?」
「思い出したの!」
「うん?」
「蓮くんが帰ってきた次の日、祝日だから、俺お仕事お休みです。蓮くんもお休みでしょ?一日中一緒にいられます!」
「えっ!?ほんとに!?ほんと!??!」
「言ってなくてごめんね…俺も今思い出したの…」
「ううん!全然いい!!やば、すごい元気出てきた」
「元気になってよかった。明日までだね。頑張ってきてね」
「うん、亮平のグラタン、明日楽しみにしてる」
「ふふ、期待に応えられるように頑張らないと」
「亮平」
「なぁに?」
「その祝日の日、デートしませんか?」
「嬉しい。もちろん」
「やった。行きたいところ、明日帰ったら教えて。前に約束した、亮平尽くしの一日、叶えたい」
「覚えててくれたんだね。ありがとう。たくさん考えておくね。楽しみ」
「うん、俺も」
「蓮くん明日も早いならもう寝ないとだね」
「うん…」
「ふふ、大丈夫。明日また会えるから」
「…うん」
「じゃあ、また明日ね。おやすみなさい」
「うん。亮平、おやすみ」
通話時間が10:35を示したところで、蓮くんとの電話は終わった。
先程まで耳元に触れていた落ち着く低音が無くなると、真面目な声のトーンで話し続けるアナウンサーの方の音声だけが部屋に木霊して、途端に人恋しくなった。
でも、明日まで。
寂しさが詰まったシャボン玉は、きっと、蓮くんに触れたら弾けて消える。
飛び散った雫は、俺と蓮くんの上に優しく振り注いでくれる。
濡れたところから、また新しい愛が生まれる。
ちょっと詩的なことを考えつつ、俺は明日に思いを馳せながら眠りについた。
待ち焦がれた次の日の朝は、ごはんを食べてから、洗濯物を干して、資格の勉強をした。子供の頃から、勉強するのは好きだった。
自分のためになるし、武器が一つずつ増えていく感じがする。
問題を解いて、答え合わせをして、丸がつくと嬉しくなる感覚も好きだ。
しばらく机に向かってテキストとノートを交互に見て、ペンを走らせていると、お腹が鳴った。
時計を見ると、その針は12時30分頃を指していた。だいぶ集中していたみたいで、もうそんな時間になっていたことにも気が付かなかった。
自分のお腹の音で集中力の糸が切れてしまったので、ここでお昼ご飯を食べることにした。
何を食べようかとキッチンを散策して、閃いた。
昨日の帰り際に、オーナーからお土産にと頂いたクロワッサンを二つ取り出して、トースターで焦げないように焼いてから、真ん中に包丁で切れ込みを入れた。
その拍子に表面の皮が少しだけポロポロと剥がれてしまって、「あっ…」と悲しげな声が自分から漏れた。
フライパンを温めて、緩めのスクランプルエッグにマヨネーズを和える。これで即席のたまごサラダになる。
冷蔵庫からトマトとレタスを持ってきて、使う分だけ出す。
用意した食材を切れ目の入ったクロワッサンに挟んで、お昼ご飯は完成した。
「いただきます」と挨拶をしながら手を合わせる。
クロワッサンを縦に持って、そのまま大きく口を開けて齧った。
サクサクしているのに、中はもちもちで、この間蓮くんと朝のカフェで食べた時から、それはもっともっと美味しくなっていた。
程よい甘味がじんわりと口の中に広がっていく。
美味しいものを食べると、幸せを感じる。
お腹が空いていたこともあってか、あっという間に二つのクロワッサンサンドを食べ切ってしまった。
口に入れるたびにこぼれてしまったクロワッサンのかけらをお皿の上に集めて、流しへ下げた。
そのまま、夜ご飯の支度を少ししようと、冷凍庫から鶏もも肉を一枚出した。
解凍焼けしてしまわないよう、お皿の上に袋ごとあけて、常温に晒しておく。
あと三時間くらいしたら冷蔵庫に入れようと決めて、キッチンを後にした。
また資格のことに頭を集中させて、窓に差し込む陽が落ちかけてきたところで、今日の勉強はおしまいにした。
キッチンに立って、マカロニを茹でたり、ホワイトソースを作ったりしながら、蓮くんとのデートのことを考える。
それと同時に、グラタンに何を合わせようか、と夜ご飯のことも並行して考える。
「ウチで作ってるから保存料が入ってないの…あまり日持ちしないから早めに食べてね」とオーナーが、クロワッサンを俺に手渡しながら教えてくれたことを思い出す。
たまにはお米じゃなくて、夜ご飯にパンを食べるのもいいかもしれない。
またクロワッサンをトースターでサクサクにして、グラタンと食べようと決めた。
底が焦げ付かないように、とろみがつくまでホワイトソースを根気強くかき混ぜていると、突然騒々しい音が遠くの方から聞こえてきた。
その音はドタバタとこちらに近付いて来ていて、次の瞬間にはリビングのドアが勢いよく開け放たれた。
「亮平!!ただいま!!」
「蓮くん!早かったね!おかえりなさい!」
「亮平、亮平っ、会いたかった…あぁ、、好き…」
「わっ、蓮くん、苦しい…っ、っでも俺も会いたかったよ、お疲れ様でした」
リビングの入り口から、蓮くんがキッチンまで駆け寄ってきて、ぎゅっと抱き締めてくれる。大好きな匂いに包まれていると感じては、頭の中でパチンと音が鳴る。
やっぱり弾けた。
キラキラと輝く雫が、俺と蓮くんの頭上から降り注いでいるような、そんな心地がした。
三日ぶりに蓮くんと夜ご飯を食べる。
蓮くんは嬉しそうな顔をして、グラタンを口に入れては「ぁっく!」と言ってまた食べる。スプーンで掬うたびに、たくさんのチーズが伸びるのを、幸せそうな顔で眺めていた。
食べながら、明日のことについて話し合う。
「亮平、行きたいとこ、やりたいこと決まった?」
「うん、決まったよ」
「え、教えて!」
「まず、ご飯食べ終わったらやりたいことが一つあるの」
「うんうん」
「それと、これは蓮くんに聞いてからにしようと思ってたんだけど、蓮くんは謎解きとか脱出ゲームとか好き?」
「やったことはないけど、楽しそう」
「明日一緒にそういう施設に行きたいなって」
「いいね、行こう!」
「あと、ご飯は海鮮が食べたいな」
「任せて」
そこまで話し合ってから、一度手を合わせて食事を終わりにした。
お皿を下げながら、俺はあと一つ蓮くんとしたかったことを伝えた。
「ふぅ、お腹いっぱいだね」
「美味しかった。ありがとう。ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末さまでした。蓮くん、それからね、帰ってきたら…その、、えっと…」
「ん?それから?」
「会えてなかった分、たくさんぎゅーってして欲しいなって、思って…ました……っ!?」
寂しかった分を埋めたいな、と思ってのお願いは、いざ言葉にしてみると少し恥ずかしくて、だんだんと声がしぼんでいった。
蓮くんへのリクエストを言い終える前に、俺の細くなっていく声ごと蓮くんの腕に包み込まれた。
蓮くんは俺の肩に顔を埋めて大きく一息吐いたあと、俺と目を合わせながら、意地悪そうに目を三日月型に細めて口を開いた。
「ぎゅーだけでいいの?」
「えっ、、」
「俺はそれだけじゃ足りない」
「ぁ…れんく、ん…っひゃぁ…っ」
蓮くんが俺の耳を指でつぅっとなぞる。
背中がぞくっと甘く痺れる。
「かわい…、このちっちゃい口に何回もキスして、…ん」
「んんっ!?…っふぁ、ぁ…っ」
「ここだけじゃなくて、亮平の体中にキスして、甘噛みして…ぁ」
「んぁッ?!」
「一番よく聴こえるとこで、何度も言ってあげたい」
「へ…?」
蓮くんは一言話しては、俺に触れる。
俺の口を塞いで、首筋に柔く歯を立てる。
触れられるたびに、抑え切れずに声が漏れてしまう。
蓮くんが俺の耳元に口を寄せる。何をするのかと困惑して戸惑う俺の声を聞いてから、蓮くんは囁いた。
「好きだよって」
「ッ!?」
染まる。
満ちていく。
触れられたところを伝って、俺に移った熱がいつまでも冷めない。
掠れた低い声が、耳に溶け込んで、頭の中で何度も反響していた。
苦しいくらいの幸せに泣きそうになる。
ひとたび、蓮くんの甘くてちょっと危険な誘いに唆されれば、俺もそこまで欲しくなる。
「俺も、そうして欲しい、です…っ」
言い表しようがないほどの幸福に詰まる胸をやり込めながら、蓮くんにそう伝えた。
蓮くんは、俺の右手を取って、そっとその甲に口付けた。
「仰せのままに、俺のお姫様」
キッチンに甘い空気が立ち込める中、亮平は何かを思い出したように、いきなりその場で背筋を伸ばした。
「そうだ!蓮くんとしたかったこと、やらなくちゃ」
「ん?ぇ?あ、え?今から始まる雰囲気だったよね?」
「ん?どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない」
「まずはお皿を洗い切って、次にお風呂に入って、あとは寝るだけって状態になります。よしお皿洗っちゃおう!」
「あ、うん…」
先ほどのはちみつのような時間はどこへ行ったのかというくらいに、亮平はテキパキと泡を流したお皿を水切りカゴに乗せていく。
「次にお風呂場に行きます!」
「は、はい」
手早くお皿洗いを済ませた亮平は、次に俺の手を引いて、スタスタと脱衣所に向かった。いつものように二人で一緒にお風呂に入っていると、亮平は鼻歌を歌っていた。
なんか…わくわくしてる…?
楽しそう。可愛い。
亮平の髪を洗って、自分の体も清めてお風呂から上がる。
二人で髪を乾かし合って、ドライヤーのスイッチを切った。
「はぁー、さっぱりしたー…今日も髪洗ってくれてありがとう」
「ううん、俺がやりたいの。こちらこそありがとう」
「ふふ、よし、最後の準備しないと」
亮平はそう言ってソファーから立ち上がった。
シャカシャカと音が鳴る小ぶりな黒いバッグを持ってきては、テレビの前にしゃがんだ。丸まった背中が小さく見えて、なんだか小動物みたいだった。
テレビをつけて、リモコンの操作が終わると、何かのDVDが自動で再生される。
ソファーに戻ってきた亮平は、俺の隣に座って、自分の太ももをペチペチと軽く叩いた。
「はい、どうぞ!」
「へ?」
亮平の行動が読めなくて、首を傾げると、亮平はまた自分の太ももを叩いて、もう一度言った。
「膝枕、でしょ?」
「!! 亮平!好きっ!!」
俺は一も二もなく、亮平の脚の上に飛び込んだ。
細くて、少し硬度を持った亮平の腿の感触が頭の下にある。
亮平の香りに包まれると、安心する。
「ふふ、かわいい」
呟くような声で紡がれる言葉と、頭を撫でてくれる亮平の手のひらに、抑え切れないくらいの幸せを感じて、くすぐったくなる。
「何見るの?」と尋ねると、亮平は少しはにかみながら、答えた。
「蓮くんが出てるドラマ」
俺は五秒後にびっくりして飛び起きた。
「……えっ!?」
「前から見てみたいなって思ってたの」
「そうだったんだ…」
どうしよう。
俺はいつだって亮平の前では、そのままの自分でいた。お芝居をしている俺を見たら、亮平はびっくりするだろうか。
しかもこれ、一年前に放送してた恋愛ドラマじゃん。
借りてきてくれたんだ。
嬉しいんだけど、ちょっと気まずい。
…………っあー!?ちょっと待って!?
これ結構大人向けだったよ?!!?
待って、亮平、、っ!
「亮平、ほんとに見るの…?」
「うん、楽しみだね」
あああああ…。
だめだ…。目がキラキラしてる…。
今更止められないな、これ…。
「あれ、膝枕、もういいの?」
亮平違う、、今触れるべきはそこじゃないんだよ。
そうは思っても、結局言えずじまいで、俺は大人しく亮平の膝の上に戻った。
ドラマは一話から順調に進んで、今は三話目まで来た。
大人の女性向けの漫画が原作のお話だったから、結構歯の浮くようなセリフと、濃厚なシーンが多い。主演をやらせてもらっておいてなんだが、今だけはどこかに穴が空いているのなら、入りたい気分だった。
自分一人で見る分には、もっと引き込まれるように演じるためにはって考えながら、研究するような感覚で見られるのだが、亮平と一緒に見るとなると話は少し変わってくる。
恥ずかしい…。
大丈夫かな、亮平が引いてないといいんだけど…。
心配になって、テレビから視線をちらっと上の方に移すと、亮平は口元を押さえて
「はわわ…っ」と吐息を漏らしていた。
はわわ…ってなにそれかわいい。
今はちょうど俺がヒロインに迫っているシーンで、女の子目線で映る俺の顔は、なかなかに悪い顔をしていた。
そういう役だし、設定だし、演出なんだけど、なんでかすごく罪悪感が湧いた。
四話まで見終わって、続きは明日の夜にまた見ることになった。
「どうだった?」と亮平に感想を聞いてみると、意外にも亮平は「とっても面白かった!」と言ってくれた。亮平が引いていなかったことにひとまず安心して、俺は、「ほんと?良かった」と返した。
亮平の熱はまだ冷めていないようで、続けて話してくれた。
「大人の恋愛って感じがして、女優さんも格好良かったし、蓮くんの悪い人な感じにもすごくドキドキした!」
「そ、そっか…。ああいう俺、嫌じゃなかった?」
「うん?どんな蓮くんも好きだよ」
「〜っ…すき……っ」
「続きが楽しみ。明日はお出かけだから、もう寝よっか」
「そうだね」
亮平が先ほど言ってくれたその可愛いお願いのままに、ぎゅっとその細い体を抱き締めて、寝転がる。
左腕に亮平の頭を乗せて、右腕を亮平の背中に回す。
三日ぶりの亮平に、俺の全身が喜んでいる。
「明日、楽しみにしてるね」
「任せて、亮平のしたいこと、なんでも叶えてあげる」
「ふふ、嬉しい。ありがとう」
「亮平もありがとう。俺のお願い全部叶えてくれて」
「ううん、きっと俺も蓮くんと同じ気持ちだから」
「うん?」
「蓮くんが喜んでくれるなら、できることはなんだってしたいんだよ」
そう言って、亮平は暗がりの中でふわっと笑ってくれた。
その笑顔が優しくて、その言葉と気持ちが嬉しくて、俺は亮平の肩に顔を擦り付けた。
「亮平っ!!すき!!!」
「あははっ!俺も大好きだよ」
次の日、俺たちは朝早くから出かけて、脱出ゲームのイベントをやっている施設や、亮平がリクエストした博物館、歴史館、大きな文房具店などを巡って、夜は浜焼きやお刺身が多くある海産物をメインとしたお店でご飯を食べた。
一日中歩いてクタクタになった体を湯船に浸けて癒してから、またドラマ鑑賞会をした。
今日は、昨日のような心配な気持ちで亮平の様子を伺うことはなかった。
多分、亮平が言ってくれたから。
「どんな蓮くんも好き」
そう言ってくれる限り、亮平がそばにいてくれる限り、俺はどこまでも頑張れる。
根拠なんてどこにもないけれど、心の奥底から、そんな自信ばかりが湧いてくる。
ふと右肩が重たくなって、隣を見ると、俺にもたれるようにして寝落ちてしまった亮平の頭がすぐそばにあった。
「今日もありがとう」
亮平の耳には届かなくても、伝えたかった。
力の抜けた亮平の手を取って、指を絡ませる。
その細さを確かめるように数回握る。リモコンの停止ボタンを押して、テレビの電源を切った。
亮平の背中と膝裏に腕を通して横に抱いて、俺は寝室に向かった。
ベッドの上に下ろした亮平の体をそのまま抱き締めて、幸せそうに眠る亮平の顔を眺める。
目にかかってしまっている亮平の髪を後ろに避けて、その流れのまま亮平の頬を親指で撫でた。
「おやすみ、いい夢見てね」
そう伝えてから亮平の頬に口付けると、亮平はふにゃぁっと笑ったように見えた。
To Be Continued…………………………
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幸せだなあ…尊すぎる🥹✨🫶🏻🖤💚