あれから季節は巡って、あっという間に三ヶ月が経った。
今日は朝から大忙しだった。
だって、今日は、特別な日だから。
大切な人の結婚式の日。
モデルさんもしている蓮くんに見立ててもらったスーツを着て、髪型もふわふわにセットしつつ片側だけ耳にかければ、お友達同士のパーティー向けの装いになれた。
出かける直前でバタバタしたくなくて、前日からテーブルの上に用意していたものたちの中で足りない物はないかと、もう一度確認していく。
携帯、お財布、ご祝儀、ハンカチ、その他リップや絆創膏、緊急で必要になりそうなものを小さなショルダーバッグの中に詰め込んだ。
以前、渡辺さんとオーナーの幼少期からのお話を聞かせていただいた時に、俺はあの二人の関係性のファンになってしまった。
「尊い」以外の言葉が見当たらないほどに、二人の思い出というものは劇的で、運命的だった。
話を聞いているだけでも大変に心が躍ったが、今日という日を迎えるにあたって、俺はまず第一に、ハンカチは一枚で足りるのか?という疑問にぶち当たった。
二人が入場するたびに、俺は泣いてしまいそうな予感がしていた。
ただ扉から出てきただけなのに、その光景を想像するだけで胸がいっぱいになって、自然と目が潤んでくるから不思議である。
色々考えは巡らせたが、一枚じゃ足りないことは分かりきっているので、追加で何枚必要かを考えた方が良いと、頭をそっちの思考へシフトさせた。
手持ちのハンカチ五枚をバッグに詰めて、俺の準備は終わった。
蓮くんの支度はどうかと、寝室に足を運んで部屋の前で声を掛けた。
「蓮くん、どう?」
「うん、あとちょっとで終わるよ」
蓮くんは黒いジャケットに、同じ素材のスラックスを合わせたスタイルに身を包んでいた。ゆるく結ばれたネクタイが気だるそうに見えるのに、蓮くんが纏う雰囲気のせいなのか、その装いは、俺の目にどこか色っぽく映っていて、ドキドキした。
蓮くんの指と手首に付いたシルバーのアクセサリーが 、キラキラと輝いている。
「どうしたの?」
顔を覗き込まれてハッとする。
蓮くんは、いつの間にか俺のそばまで近付いてきてくれていたようだった。
「ううん、かっこよくて見惚れちゃってた」
素直な気持ちを思ったままに伝えて、俺はそのまま蓮くんのネクタイに手を伸ばした。
着慣れないスーツに大分苦戦したのだろう。
そのタイは、形が少し崩れていた。
蓮くんが頑張った時間を無駄にはしたくなかったので、俺はそれを少しだけ緩めて形を整え、上に向かって締めた。
「苦しくない?」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」
「嬉しかった」
「うん?」
「亮平と新婚さんごっこしてるみたいで」
「ふふっ、もう」
なんだか今日の蓮くんは大人しい。
こういうやり取りをすると、いつもであれば三割増しで蓮くんは興奮していたような気がするが、どうしたのだろうか。
元気がないわけではなさそうだ。
蓮くんは、優しくて穏やかな目で、俺をずっと見つめていてくれた。
近所にある結婚式場に歩いて向かった。
式が終わった後は、オーナーのお店で二次会があるので、今日は徒歩だけで全ての場所へ行けそうだった。
開式は10時からなので、それに間に合うように蓮くんと二人で外に出た。
建物の真ん中にある大きな出入り口の前から、俺たちの姿を見つけたスタッフの方が駆け寄ってきてくれた。
「おはようございます。本日はおめでとうございます!お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
スタッフさんは、丁寧な言葉遣いと動作で流れるように俺たちをラウンジスペースまで案内してくれた。
「本日は受付をしてくださると新郎新婦様よりお伺いしております」
「あ、はい、そうなんです!」
「受付を目黒さんと阿部にお願いしたいんだけど、いいかな?」
いつも通り、お店でまったり過ごしている時にオーナーからそう頼まれたのは、つい一ヶ月前のことだった。
「受付…ですか?」
「うん、ご祝儀はいらないって、俺も翔太もみんなに伝えてるんだけど、気持ちだから受け取ってくれってみんな聞いてくれなくて…。だから、頂いたものはまたみんなとご飯会するときに使おうってことになったの」
「それはそうですよ!俺も絶対に渡したいので、受け取ってください!」
「ありがとね?でもね、その頃、俺たち準備中で受け取れないのと、お金はスタッフの方も受け取ることができないんだって。全部回収した後で大きな袋に入れて、金庫に保管するところからはスタッフの方がやってくれるみたいなんだけど、その前段階の係をやってもらえないかなって…」
「俺でよければもちろんです!」
「ラウールが言うには、形式上、新郎側と新婦側で一人ずつ受付の人を立てる必要があるみたいで、申し訳ないんだけど、翔太側の友人として目黒さんと一緒にやってもらえたらなって思ってるんだけど、どうかな?」
「もちろんです!蓮くんにもそう伝えておきます!お任せください!」
「本当にありがとう、リストがあるから、来てくれた人にお名前聞いて、ご祝儀預かってもらったら、終わった人はマーカーとかで線引いてくれたら大丈夫みたい。全員揃ったら、スタッフさんに声掛けてくれって、ラウールからの伝言です」
オーナーから説明を受けた通りに、蓮くんと受付台の前に立って、皆さんが到着するのを待った。
蓮くんは、メンバーの方に会えるのを今か今かと心待ちにしながら、マーカーを指に挟んでくるくると回していた。
九時半頃、岩本さん、佐久間さん、ふっかが到着した。
蓮くんがご祝儀を受け取って、俺がリストに載っている名前にマーカーを引いていった。
招待されているのは、俺たちだけのようで、早々に受付係の任務は完了した。
スタッフの方にご祝儀を預けて、全員揃ったことを伝えた。
開式まではここで過ごしていて良いそうで、俺たちは広いラウンジスペースの一角で小さく一つに固まって軽食をつまみながら、取り止めもない会話に耽った。
渡辺さんは、俺たち全員でご飯を食べたあの日くらいまで、ずっとオーナーと暮らしていたことはおろか、付き合っていたことすら、メンバーの方にもふっかにも言っていなかったこと。
招待状を貰うまで、2人が婚約していたことすら知らなかったこと。
でも実は、暇さえあれば、後々になって結婚指輪だったことを知ったそのペアリングを眺めて幸せそうな顔をしていたこと。
それを指摘すると、渡辺さんは恥ずかしがって怒り出してしまうので、ずっと触れないようにしていたこと。
岩本さん、佐久間さん、蓮くん、ふっかは、「水くせぇよなぁ」と不満そうにため息をつきながらも、とても嬉しそうに思い出話に花を咲かせていた。
俺はその話を聞きながら、「渡辺さんらしいなぁ」なんて考えていた。
みんなで話し込んでいると、あっという間に九時五十分になった。
スタッフの方は、俺たちを挙式会場へと案内してくれた。
中に入って、俺はとても驚いた。
あたり一面が、まるで薔薇園のようだったからである。
二人の話に度々登場するその花は、隙間無くベンチの側面に巻き付いていた。
ここは、渡辺さんのからのオーナーへの想いと愛情で溢れている。
そんな風に感じては、俺の目から一粒の涙が零れた。
「ぅえぇ!?阿部ちゃんもう泣いてんの!?」
「え!?早くない!?」
佐久間くんとふっかにそう言われるのも無理はない。しかし、これまでの人生を二人から聞かせていただいた上でこの部屋に入った瞬間に、俺の涙腺は一撃で崩壊してしまった。
「うぅ“っ……、薔薇はだめだってぇ…ぐすっ…」
「ん?どうしたの?薔薇?綺麗だね」
「綺麗すぎるよぉ…っ、、尊い……すんッ」
一枚目のハンカチが水気を帯びきったところで、俺は二枚目のハンカチを取り出しながら、薔薇と一体化したベンチに蓮くんと並んで腰掛けた。
二人が入場する前に、大きなスクリーンに映し出された渡辺さんとオーナーの幼少期の頃の写真と共に、司会の方が二人の生い立ちを紹介してくれた。
そのお話にまた泣いて、開かれた大きな扉の真ん中に一人ずつ現れた二人の姿にまたまた泣いた頃、三枚目のハンカチがいよいよ水分を吸い取らなくなった。
渡辺さんからオーナーに誓いのキスをしたところで、俺は鼻を啜りながら四枚目のハンカチに手を伸ばした。
チャペルから二人が退場してから、俺たちも外に出た。スタッフさんから、広い階段の両脇に移動して欲しいと促しがあり、言われるがままに俺たちはそこに立った。
これからなにが始まるのかとそわそわしながらこの先の展開を待っていると、スタッフさんから生花の花びらが入ったカゴを渡された。
それは、チャペルの中で凛と咲いていたものと同じ色をした赤い花びらだった。
司会の方が、何にこの花びらを使うのかを説明をしてくれた。
「今から新郎新婦様がこちらの階段を降りられて、一度お控え室に戻られます。皆様、どうぞお渡しさせていただいたカゴから、花びらをお好きなだけ取っていただいて、フラワーシャワーにてお二人をお見送りください!」
なるほど、ここであの有名なフラワーシャワーをするのか。
俺はそこでやっとピンと来た。
司会の方が、渡辺さんとオーナーがもう一度俺たちの前に現れたことを知らせると、二人は腕を組みながら、ゆっくりと階段を降りていった。
みんなで、「おめでとー!」と何度も伝えながら、かごの中身が空っぽになるまで祝福の赤い雨を降らせ続けた。
階段を降り切ると、オーナーだけがもう一度中程まで階段を上る。
「新婦様から次の新婦様へバトンは繋がれていきます。皆様、ブーケトスのお時間でございます。次の幸せはどなたに訪れるのでしょうか。皆様どうぞ、新婦様がブーケを投げられそうな場所を予想して、お好きにご移動くださいませ!」
司会の方の言葉に、佐久間さんとふっかがはしゃいだように前に出る。
本気で狙っているわけではないのだろうが、彼らは周りを和ませるためにいつだって明るく振る舞ってくれる。それが、佐久間さんとふっかの優しいところだと思う。
「亮平も行ってきな?」と蓮くんが言って、少しだけ俺の背中を押してくれた。
「俺は大丈夫だよ」と返して、蓮くんの一歩手前で、ブーケの行方を見守ることにした。
俺は、いつも人のために頑張りすぎてしまうふっかが、受け取ってくれたらいいなと思っていたから。
「では、新婦様、お願いいたします!」
マイクを通して、司会の方が声を張る。
後ろを向いたオーナーは、ブーケを投げる構えをした後、ピタッと動きを止めた。
時間も音も、空気もピタッと止まったみたいに、静かになる。
全員がじっとブーケを見つめる中で、オーナーは突然、前傾させていた体をふっと起こした。
佐久間さん、ふっかさん、ずっと写真撮影をしていた康二が、ぐしゃぁっと前に転んだ。
その一連の流れに、三人以外が笑う。
オーナーも楽しそうに、悪戯が成功した時のような笑顔でにっこりとしていたが、俺と目が合うと、ゆっくりと歩き出した。
俺だけを見て、オーナーは真っ直ぐに歩みを進める。
向かい合わせになって立ち止まったオーナーは、自身の手に持っていたブーケを俺に手渡した。
俺は、その展開に思考が追い付かなくて、思わず首を傾げた。
「…………へ?」
「次は、阿部にバトンを渡したくて、ちょっとしたサプライズです」
「お、おれ……?」
「うん、受け取ってくれる?」
「…いいんですか?」
「ほら、ずっと待ってくれてるよ?」
「……?」
おずおずと、俺でいいのかなぁ、なんて思いながらオーナーからブーケを受け取った。
オーナーの言葉に首を傾げたままでいると、後ろから「ほら、行ってこい」と言う渡辺さんの声がした。
「阿部亮平さん」
大好きな声が、後ろから俺の名前を呼んでくれている。
振り返ると、立て膝をついた蓮くんが、じっと俺を見上げていた。
蓮くんの手には青い箱が乗っていて、俺がそこに目を留めた瞬間に、パカッと蓋が開いた。中にはキラキラと輝く白金色の指輪が収まっていた。
「迎えに来たよ、俺のお嫁さん」
初めて出会ってから一ヶ月後に、突然俺の目の前に現れた蓮くんが言ってくれた、あのときと同じ言葉に、懐かしさと、嬉しさと涙が込み上げる。
あの日のように困惑することは、もうない。
俺だけを見て、真っ直ぐに俺を迎えに来てくれた蓮くんの手を、今の俺ならなんの迷いもなく取ることができる。
俺の目を見ながら、蓮くんはもう一度口を開いた。
「これからも、俺と生きてくれる?」
こんなにも誰かに愛してもらえること。
こんなにも自分が誰かを愛せること。
そんな尊いものをなにも知らなかった俺に、蓮くんがその全てを教えてくれた。
初めて触れた酩酊中のキス、突然の訪問に驚いたのも束の間のままに始まった看病、重ねた体の温度が教えてくれた幸せ、二人で見た輝く景色たち、一緒に食べたご飯。
初めて抱いた自分の気持ちに迷って悩んだことも、会えない時間に募った寂しさも、何もかも全部、俺の大切な宝物なんだ。
俺の答えは、もうずっと前から決まっている。
周りの目が期待に輝いているのが、視界の端に映り込む。
みんなの前でなんて、少し気恥ずかしい気もするけれど、今日くらいはいいか。
「うん!ずっと一緒に生きていこう?」
俺はそう答えてから、跪く蓮くんの首に両腕を回してぎゅっと抱き締めた。
蓮くんは、手に持っていた箱を一度ポケットにしまってから、首元にくっついた俺を横向きに抱き上げた。
「っしゃああああああ!!」
「ちょっ、ちょっと蓮くん…っ!流石に恥ずかしいよ、、っ!」
優しい皆さんは、自分のことのように俺たちのやり取りを見守った後、大きく喜んで祝福してくれた。
「おめでとう!!」と飛び交う声、割れるほどの拍手の音が、全て俺たちに向けられていた。
興奮した様子の蓮くんの勢いに振り落とされてしまわないように、俺は蓮くんの首にぎゅっとしがみついた。
俺のお腹の上に乗ったブーケからは、甘く爽やかな花の香りがした。
「涼太から、お前に頼み事預かってる」
そう、しょっぴーから言われたのは、三ヶ月前のこと。
泊まりがけの仕事で亮平と過ごせないことから、憂鬱な気持ちが抜け切らない、そんな日だった。
ホテルに着いて、みんなで中華料理を食べたあとで大きなお風呂に入って、寝るまでの時間をメンバーのみんなで過ごした。
そんな時に、しょっぴーが突然、オーナーとの結婚式の招待状を俺たちに渡してくれた。
佐久間くんは、俺が寝る予定だったベッドの上で飛び跳ねてせっかくの綺麗なベッドメイキングをぐちゃぐちゃにするし、ふっかさんと岩本くんは急に記者会見ごっこを始めるし、俺も俺で、結局はそのおふざけに真剣に付き合った。
嬉しかったんだ。
大切な人の幸せな出来事に、自分が関われることが。
どんな時も支え合ってきた仲間の大事な人生の一ページに、自分が立ち会わせてもらえることが。
それはきっと、俺だけじゃなくて、その場にいたみんなも同じ気持ちだったと思う。
長い付き合いだし、ついつい揶揄ってしまうけど、俺たちは心から、しょっぴーの幸せを喜んだ。
嬉しい知らせに、亮平に会えない寂しさが少し薄れてきた頃、しょっぴーは突然そんなことを言った。
「頼み事…?」
お互いに、それぞれのベッドに入りながらしょっぴーの方を向いてそう聞き返す。
しょっぴーは、寝転がって天井を見ながら、ぽそっと呟くように俺に説明してくれた。
「涼太と結婚式するってさっき言っただろ?」
「はい」
「涼太、どうしてもやりたいことがあるんだって」
「そうなんすね、俺は何したらいいんすか?」
不思議な巡り合わせでオーナーと出会ったけれど、大切なご縁だし、あの人の穏やかな空気感が俺はとても好きだった。何か役に立てることがあるならと、しょっぴーに尋ねた。
しょっぴーが言ったことは、思いがけないことだった。
「阿部ちゃんに、ブーケ渡したいんだと」
「………ブーケ、ですか?」
「そう。ブーケトスってあるだろ?」
「はい」
「あれ、投げずに、直接阿部ちゃんに渡したいんだって。遠慮するだろうから、阿部ちゃんの背中押してあげてほしいってさ 」
「なるほど…わかりました」
「じゃあ、よろしく 」
「ちょっと待ってくださいしょっぴー。何寝ようとしてんすか」
「…………………あんだよ…」
オーナーが進めようとしている亮平へのサプライズに乗じて、俺はあることを思いついてしまった。
そのひらめきをしょっぴーにも伝えておかなくては、と話を続けようとすると、しょっぴーは早々と目を瞑って眠ろうとしていた。
慌てて声を掛けると、しょっぴーは心底嫌そうな声を出した。
「それ、俺も亮平にサプライズしたいっす」
「あ? 」
「オーナーがブーケを渡した後、俺、亮平にプロポーズします。いいですか?」
「別にいいんじゃない?涼太のやりたいことがちゃんとできるなら、後はなんでもいい 」
「ありがとうございます!俺、婚約指輪買ってきます!」
「サイズ測ってから買いに行けよ」
「家帰って、亮平が寝たらこっそり測っておきます」
「つか、埃立つからベッドの上で飛ぶな。もう寝ろ。うるさい 」
「えぇぇ!!ここからじゃないですか、しょっぴー!綿密な打ち合わせしましょうよ!」
「ラウには話通しといてやる。お前の好きなようにやればいい」
そう言って、しょっぴーは俺に背を向けて寝に入ってしまった。
俺としては、うまく行くように入念に話し合いをしたかったのだが、それは叶わなかった。
「好きにやっていい」と言ってくれたことはとても格好いいのだが、俺としては、バッチリ決まってはないアバウトな計画に、成功するかな?と少し心配な気持ちがあった。
そんな俺の不安を掻き消すように、しょっぴーは俺に背中を見せたまま、
「お前なら、お前らなら、絶対大丈夫だよ」
と言った。
一本の芯が通っているようなしょっぴーのその言葉に、俺は勇気をもらった。
そして迎えた当日の朝、俺は朝から不思議な気持ちを抱えていた。
なんだかやけに自分の気持ちが落ち着いているのだ。
ただじんわりと、ゆっくりと、亮平が好きという気持ちが心の中に広がっていく。
今までのように、何に対しても大きく反応しては亮平に思いをありのまま伝えるような、そんな激しいものではなくて、甘露が道端に咲く花を濡らすような穏やかな気持ちだけが、俺の中にあった。
亮平が俺の下手くそなネクタイの結び目を、少しだけ解いて綺麗に整えてくれる。
俺なりの頑張りを汲み取ってくれたのか全部は解かない、その優しさが好き。
新婚さんみたいなやり取りに、俺の心は静かに踊った。
結婚式場に着いてから、泣きっぱなしの亮平は、ぐしょぐしょのハンカチをずっと握り締めていた。
純粋で、自分の気持ちを素直に表現できるところが好き。
その豊かな感受性を、ポロポロと零れる雫を、綺麗だと思う。
跪いた俺に、優しく回してくれた腕が温かかった。
そこで、俺の中でどこかへ旅立っていた元気なもう一人の俺が帰ってきた。
考える暇もなく、俺は亮平の体を抱き上げて叫んだ。
忙しい毎日の中で、眠ることさえ怖くて仕方なくて一人で藻搔いていたあの頃の俺にとって、亮平はたった一つの希望だった。
亮平がいてくれると、安心する。
亮平の可愛い仕草、賢い言葉、優しい瞳、初めて逢ったあの日、あの瞬間から、俺は亮平の全てに落ちたんだ。
絶対に迎えにいくんだって、バカみたいにそんなことばかりを思っていた。
俺が突然目の前に現れるたびに、戸惑うその姿にさえ、俺の胸は焦がれた。
その心の中に入れてくれたと思えば、ふっと遠ざかってしまう、そうかと思えば、そっと俺に手を差し伸べてくれる。
それはまるで甘い罠のようだと気付いた時には、もうとっくに俺は亮平の虜だった。
これからも、俺はきっと、何度でも亮平に恋をする。
ずっと、亮平が仕掛けてくれる罠にはまっていたい。
いつまでも、亮平のそばにいたい。
こんな俺の気持ちを、包み込むように全て受け取ってくれた亮平の薬指に、俺は小箱の中で立てた誓いをそっと収めた。
To Be Continued……………………………
(Next.END)
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