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「ちが…クインテッド、聞いてくれ。俺は…」
「商売道具というのはそんなに容易いものですか」
僕は一切、おじさんから目を背けていた。
「商売道具…?待て、それは何の話だ…」
「とぼけるおつもりで?」
「それは知らない…俺はお前を、そんな風に見るわけがない」
震えながらも言い切る彼の言葉を、
信じたくなってしまう自分がいる。
おじさんは机から乗り出すようにしては、
僕に何かを必死に語っているようだった。
けれど、僕の耳はそれを受け付けなかった。
散々迷って、
それは雑音に巻き込まれるように途切れ途切れで。
途端、背後の扉からノック音がしたかと思うと
すぐさま部屋に大勢の人が押しかける。
それは見覚えのある彼らだった。
「お、お前たちは…」
おじさんは演技のように驚く素振りを見せる。
それが僕には不快で仕方がなかった。
「おじさまのお知り合いの方じゃないですか」
僕は彼にだけ聞こえる声でこぼす。
彼らはおじさんを脅した組織と聞いていたが、
今となっては彼の協力者の可能性だってある。
もう何も信じられない。
「そなたがクインテッドか」
大勢のうち先頭にいた一人が前に進み出てきては、僕の名を呼んだ。
彼女もまた、見覚えのあるエメラルドの瞳を持っていた。
「我は偉大なる音楽家の娘、三番。長女トリオ」
女性ながらも勇ましい声色。
一目に華があった彼女は、新聞で見た演奏者の女性と似ていた。
「あなたが…あの、新聞に出ていた?」
「おや、我を知ってたの?」
金髪の長い束が揺れる。
彼女もまた、ソロと同じ父親の面影があった。
「あぁ、そうか。そこの情報屋に吹き込まれていたんだったな。我が三番目よ」
言葉や態度、声色全てからおじさんを見下すようなトリオ。
おそらく彼女は、僕の姉にあたる存在なのだろう。
「こんな汚れた部屋に閉じ込められて、可哀想に」
哀れみの最高潮に達したような顔は、僕をも嘲り笑うように見えた。
「やはり、迎えに来てよかった」
その一言は誰に向けたものなのか分からなかった。
「そいつをひっ捕らえよ」
彼女のそれは、命令だった。
列を成していた大勢が一斉に、おじさまへ飛びかかる。
餌に群がる虫を見ているようで、
僕は無意識に身体が動いていた。
彼を助けなければ。
そう思った時、
僕は何者かに背後から羽交い締めにされる。
「なっ、離してください!」
それは女性とは思えないほどの怪力だった。
「君は私と来てもらう。父がお呼びだ」
「父、だって…?」
トリオは何を言っているのだろうか。
黒に飲まれるように、
地面に押さえつけられている彼こそ、
僕の本当の父親のはずなのに。
「そうだ、君はもう二十歳になる。成人したら我が音楽家の真の家族になるんだ」
僕には言っていることがさっぱりだった。
「意味が、分かりませんよ。僕の…僕の父親はおじさまですよ!そんな嘘が通用するわけないじゃないですか」
「これは、かなり情報屋に洗脳されていると見える」
彼女は僕を逃がさぬよう、さらに腕に力を込める。
それはまるで洗脳を痛みで忘れさせるような強引さで。
「っ…な、そんなわけないじゃないですか…僕は、貴方のお兄様からそれを聞いているんです…」
僕は声を振り絞りながらも、強く言葉を発する。
トリオは息を飲むような一瞬の隙があったが、
それはすぐさま耳元で嘲笑へと変わる。
「ふっはっは。あいつか。あいつはもう、家族ではない。家から逃げ出した臆病者だよ」
ソロが言っていた事を思い出す。
あの音楽家とは縁を切ったのだと。
ならば、僕のいた学園は親と呼ばれる音楽家の手が届かない場所ということだ。
「あなたっ、それでも…自分の兄のことをそんな扱いにしてもいいんですか」
「あいつは家から出たの。今は長女の私と、四番目のカルテッドがいるわ」
「二番目は…」
ソロが彼女に敵わないのであれば、
二番目は何をしているのか。
その人がトリオを制してくれればいいのだ。
「二番目は母の方にいるわ。警察にでもなったって聞いたわ。ぶっきらぼうな人よ」
彼女は僕を背後へ引っ張る。
おじさまと距離を離されていることに気付く。
「そんな…待ってください!まだ、理由を聞いていません!」
「なんの理由よ」
「おじさまが僕を殺そうとした理由です…!」
僕は彼に届くように叫ぶ。
ただでさえ、覆い被さる人の中で顔すらも見えない。
けれど、これだけは…。
雑踏に飲み込まれる中、彼を見つめる。
足の踏み場もないような交差の中、
ブルートパーズの輝きと目が合う。
「お前があいつに渡されるくらいならっ!共に死んだ方が…マシだったんだ」
断末魔の叫びだった。
それきり終幕を迎えた劇のように、下ろされる雑踏の幕が閉じる。
「さ、もう聞けただろ」
引きずられる力に、為す術がなかった。
彼の言葉を飲み込む事すら出来なかった。
何もかもが唐突に、
嵐のように過ぎ去るそれに
僕は眠気が迫ってくる。
もう、何もかも聞きたくない。
知りたくない。
そんな中、不意に身体を拘束している力が緩む。
「クインテッド…もう、大丈夫だ…クインテッド」
それは聞き覚えのある声色だった。
声のする方へ目を開けると、警官のような姿の彼がいた。
「意識だけは失うな…最後まで…戻ってしまったのなら向き合うべきだ」
彼に身体を支えられながら、僕は外へ出ていく。
連れられた先は、クリッシュの元だった。
「ちょっと、大丈夫?意識はある感じ?」
彼女の冷えた手が僕の意識を冷ますようだった。
「あとはお願いします。事態の収拾をしなければなりませんので、あちらに乗っていて下さい」
彼はそう言うと、僕を彼女へ渡すと引き返して行った。
それは紛れもなく、先程までいたおじさんの部屋へだった。
「お、重いんだけど…まず、ちゃんと立って」
彼女の声がすぐ側から聞こえる。
「言う事は言えた?大丈夫?」
僕はその問いかけに返すのを躊躇った。
「その顔は、上手くいかなかった感じだね?」
ぼやけ出す視界に、精一杯の抵抗で頷く。
「そっか…でも、前とは違う感じする」
「ど、どういう…」
彼女の声が不意に明るくなった気がして、
横を向く。
彼女は朝日を浴びるように細めた笑顔だった。
「納得出来ないって顔してる。無理に飲み込んでないってのが成長じゃない…?」
僕は自覚がなかった。
でも、ただ
このままで終わらせてはいけないとは思っている。
それを成長と呼ぶ彼女は、変わっていると思う。
けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
それどころか、
褒められたような認められたような
抱擁が僕を包み込んだ。