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・【26 麻婆豆腐】
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言うなれば麻婆豆腐といった感じだった。
ただし、洋風麻婆豆腐という料理。
豆腐は木綿じゃなくて絹ごしで、豚ひき肉はそのままなんだけども、長ネギじゃなくて玉ねぎ、最後に青ネギを散らして完成という話。あとはよく分からないけども秋になるとよく作ってくれていたらしい。
それ以外、何を入っているかなどは不明で、ただずっと洋風麻婆豆腐と呼んでいたらしい。
レシピは聞いても教えてくれなかったという話。あまりにも情報が無さすぎる。
真澄も食べたことがあるみたいだが、彩花おばさん以上の情報は出なかった。
そこで僕は彩花おばさんへ、
「愛花さんが使っていた部屋への立ち入りを許可してください」
と言うと、彩花おばさんも了承してくれて、真澄と一緒に愛花さんの部屋へ入った。
部屋はとても綺麗にされていて、今も手入れされているといった感じ。
壁に掛かった制服も綺麗に整えられていて、ノートや教科書が戸棚にしっかり入っていた。
僕が思うに、大体レシピというモノは紙に書くモノである。まあスマホにメモしていた可能性もあるけども、スマホのロックは前に彩花おばさんが開けて内容を大体閲覧したという話だ。そこには洋風麻婆豆腐の記述は無かったらしい。
自分が料理好きだからこそ料理好きの人の思考は大体分かっているつもりだ。
だから、
「真澄、手帳やノート状じゃなくても、何か書けそうなスペースのあるメモは全部チェックしてほしい」
「いや料理日記みたいなもんがあるんじゃないのか?」
「いや。料理好きはいちいちそんなノートを決めて書くわけじゃないんだ。いや書く人もいるかもしれないけども、大体思いついたレシピを今近くにある紙に走り書きするんだ。だからもしかしたら全く違う、勉強のノートの片隅に書くかもしれないし」
「それだと途方も無いんじゃ……」
そうおののいた真澄。まあ確かにそうなんだけども、
「決めたからにはやるしかない。とにかく足で稼ぐ、それだけだ」
「そうだね、彩花おばさんのためだもんね! 頑張る! 始めれば得る!」
そこからは俺と真澄の無言の作業。
ただ愛花さんはそこまでノートをたくさん持っている人じゃなかったので、見るところはそれなりに少なく済んだ。その結果が、
「どうやら洋風麻婆豆腐って豆板醤は使うけども、鶏ガラスープの素の代わりにコンソメスープの素らしいな」
「完成だぁ!」
そう言って拳を突き上げた真澄。
いやでも、
「それだけで洋風って言うか? もっと洋風なポイントがあるのでは?」
「でもとりあえずこれで作ってみたらどうだ? 彩花おばさんの意見も聞きたいし」
「それは確かに一理あるな。じゃあ台所を借りて作ってみるか」
僕と真澄は一旦愛花さんの部屋から出て、彩花おばさんに説明し、材料もちょうど家にあったので、とりあえず作ってみることにした。
具材は最初に聞いた絹ごし豆腐と豚ひき肉とタマネギ。洋風だろうが中華だろうが、にんにくとしょうがは入っているに違いない。コンソメ味がベースで豆板醤、醤油。最後に片栗粉と水でとろみをつけて、最後に青ネギを散らして完成。
彩花おばさんの分は勿論、僕と真澄も頂くことにした。
具材はシンプルだ、余計な食材は無い。
豆板醤によって赤みがかった色に、豆腐の白が映えている。
最後に散らした青ネギの緑が食欲をそそる。
香りは鶏ガラじゃなくて牛肉のコンソメなので、ちょっと強めだが、にんにくとしょうがのおかげでマイルドになっている。
彩花おばさんは懐かしそうにその洋風麻婆豆腐を眺めてから、食べ始めた。
「あぁ、似てる、これは似てるわぁ」
やっぱり違うか、と思いつつ、僕は味見した。
どちらかと言えば、ポトフとか、ロールキャベツに近いイメージだ。
キャベツじゃなくてタマネギで覆ってるロールキャベツというか。
豆板醤での味変ポトフといったところだろうか、洋食にも唐辛子の辛みというものはあるので、とても合う。
真澄は嬉しそうにガツガツ食ったあとにこう言った。
「でも違う! 全然違う! 何か甘酸っぱさが無い!」
甘酸っぱさ……? ということは砂糖と酢でも入っていたのか?
彩花おばさんも口を開き、
「そう言えば、ツブツブが無いわねぇ。あれってひき肉の一部じゃなかったのね」
「ツブツブって何ですか?」
「いや何かツブツブしているモノが入っていたような……ひき肉だと思っていたけども、今は感じないし、どうやら別で入れていたのねぇ……」
ツブツブのモノが、もしかしたら洋風に掛かってくるのかもしれない。
それと甘酸っぱい味、これも洋風の一部なのかもしれない。
僕は彩花おばさんの了承を得て、改めて冷蔵庫を開けた。
するとそこにはマスタードがあった。
僕はこれだと思って、簡易的に彩花おばさんの皿の中にマスタードを入れさせて頂いた。
ちなみに真澄の皿はもう完全に食べ切ったあとで、洋風麻婆豆腐は無くなっていた。
彩花おばさんがちょっとだけおそるおそる味見をすると、
「うんうん、こんなツブツブあったぁ、それにこの感じ、そうそう、これだわぁ!」
だから洋風麻婆豆腐なのか、まんまポトフのそれだ。ポトフはマスタードを付け合わせることもあるから。
「でも甘酸っぱさが足りないというか、ほんの少しだけ違うね。ツブツブも何か、これだけじゃないって感じだし」
ツブツブがこれだけじゃない? いろんな種類のツブツブがあるのか? それともマスタードを熱すると違う食感になるだけなのか、果たして、と思っていると、少し斜め上を見てから彩花おばさんはこう言った。
「何だか味が近ければ近いほど、もう愛花がこの家にいた日から遠くにきたんだなぁ、って思っちゃうね」
彩花おばさんは俯いて、鼻をすすり始めた。
ハンカチを取り出して目を抑えている。
僕は何だか居たたまれなくなり、
「もう一回、愛花さんの部屋を見てきます」
と言ってその場をあとにした。真澄も僕についてきた。
愛花さんの部屋で僕は小さな声で真澄に言った。
「探偵は嫌いだよ、どう謎を解いても正解が無い時がある」
すると真澄は僕の手を優しく握りながら、
「アタシは佐助の探偵が大好きだよ。笑顔がいっぱいじゃないか。だからサッカー選手に慣れなくなったアタシの残りの人生は全部佐助に捧げたいと思ったんだ」
「今回は笑顔じゃぁないんだよ」
「そりゃ必ず笑顔は難しいよ」
「それじゃダメなんだよ、真澄がずっと思っていた依頼こそ笑顔にしないとダメじゃないか」
「じゃあどうするんだ……」
そう眉毛を八の字にして困った表情をした真澄へ、僕は、
「僕が近い料理じゃなくて全く同じの料理を作れれば、きっとまた何か変わってくるかもしれない。いや変わらないかもしれないし、もしかしたらもっと悲しくなってしまうかもしれないけども、まだこれは完璧じゃないから。やってみないと分からない」
真澄は小さく頷いてから、こう言った。
「そうだな、その通りだ。やってみないと分からないよな。よしっ、始めれば得る、だ」
「とはいえ、近い料理だと遠く感じてしまうからあまり下手な鉄砲も数打ちゃ当たるではダメだね。しっかり狙わないと」
と思ったところで、この部屋に感じていた違和感があったので、僕は真澄に確認することにした。
「ところで愛花さんの当時は高校生?」
「うん、高校生だった」
「この制服って隣の高校のヤツじゃない? 電車通学だったの?」
「そうらしい。だからよくアタシの家へも遊びに来てくれて」
というと生活圏が僕たちの地区まで及んでいるということか。
料理が好きな人は大体、食べたことのある料理の真似をする。
売っている商品の成分表を見て学ぼうとしたりするものだ。
洋風麻婆豆腐というモノがスーパーで売られているところは見たことないが、レストランや喫茶店にそういったメニューがある可能性はある。
というわけで、
「愛花さんの生活圏内に洋風麻婆豆腐という料理を出している店が無いか調べよう」
真澄はすぐさま、さがしもの探偵のSNSで洋風麻婆豆腐の情報を教えてほしいと呟き、僕はスマホで愛花さんが通っていた高校の近くにある料理屋について検索し始めた。
するとさがしもの探偵のSNSに、洋風麻婆豆腐という料理を出している店があるという情報が入った。
そこはホイッスル事件の時に行ったあたりの地区で、愛花さんの高校がある地区でもあった。
ここの駅から電車で直通すぐで、高校も店も近いらしいので、僕と真澄は慌てて部屋から出て、彩花おばさんへ、
「もっと完璧な洋風麻婆豆腐を作りますので、待っててください」
と言うと、少し目を腫らした彩花おばさんが、
「いいのよ、十分美味しかったわよ」
「いいえ、近いからこそ遠くに感じたんです。全く一緒ならきっと美味しさだけを味わえるはずです。いやそんなことないかもしれませんが」
と僕が言ったところで真澄が、
「そういう言われる前から予防線を引くのが佐助の良くないところだ! 全く一緒にすれば絶対良い! アタシたちが完璧な洋風麻婆豆腐を作るからみんなで味わおう!」
と言って僕の体をグイっと引っ張って外に出た。
すぐに電車に乗って、店に直行し、洋風麻婆豆腐を頼んで、食べてみることにした。
その味は僕が作った麻婆豆腐に近い味で、でも確かに、甘酸っぱさがあった。
だからここはもう事情も説明してハッキリ聞くことにした。
すると最初は「企業秘密だから」という渋っていた店主も僕と真澄が食い下がるごとに段々軟化していき、
「まあ、料理人が簡単に砂糖の甘味で妥協することなんてないよ」
から始まり、最終的には、
「前に女子高生がしつこく聞いてきた時があったよ。でも無理だと思うよ、なんせうちは最高級のバルサミコ酢を使っているからね」
まで教えてくださった。
きっと愛花さんはバルサミコ酢は使っていないはず。何かで代用したはずだ。
きっと家にあるものか、それとも女子高生でも買えるものか、それとも。
僕が思ったことは二つ。
まずこの洋風麻婆豆腐のツブツブは明らかにマスタードだけということ。
それ以外のツブツブがあるような気はしない。
つまり、ツブツブした食感のモノが別で入っているということだ。
それはきっとフルーティな、バルサミコ酢の代わりになるようなモノだと思う。
そしてもう一つは、
「真澄、愛花さんが病院に入院してしまったのは、五年くらい前か?」
「……アタシ、言ったっけ?」
「いいや、言ってはいない。でも五年前なら思い当たる節がある」
「どういうことだよ!」
と真澄が叫ぶと店内の人たちが皆こちらを見たので、僕と真澄は店内から出た。
僕はとあるところへ向かって歩く。
すると真澄が、
「佐助、どこに行くんだ?」
「ここ」
と言って僕は立ち止まった。
そこはソーくんやサキちゃんにイチジクをあげる約束をしたおじさんの家だった。
「おじさんはあの時にこう言っていた。イチジクをもらいに来る人が現れたのは五年ぶりくらいだって。もしかしたら愛花さんはここからイチジクをもらって洋風麻婆豆腐に入れていたんじゃないかなって。ほら秋によく作ってくれていたって言っていたじゃないか。イチジクの旬は秋だから」
僕はおじさんの家のチャイムを鳴らして確認をした。
真澄はスマホから愛花さんの写真を見せて。
その結果、愛花さんがこの家からイチジクをもらっていたことが確定した。
つまり。
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