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ゆうき あきや
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第192話:勝利の帰還(無料ポスター付き)〜有頂天の40歳と、四畳半の凱旋〜
「ふははははっ! 勝った! 俺はついに、資本主義の壁をひとつ越えたぞ!」
初夏の北海道、帯広市。
駅前からの帰り道を歩く俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)の足取りは、まるで空でも飛べそうなほど軽かった。
すれ違う人々の視線が、なんだかいつもより俺をリスペクトしているようにすら感じられる。
それもそのはずだ。
今の俺は、ただの限界貧困おじさんではない。
数百万円という高額な本物のアートの価値を理解し、美人営業スタッフから「一流の経営者」として認められ、見事にVIP待遇の商談を成立させてきたばかりなのだから。
「(それにしても、俺の決断力とオーラには、我ながら惚れ惚れするぜ。あの美人の営業さんも、完全に俺にメロメロだったしな!)」
俺はニヤニヤとだらしない笑みを浮かべながら、小脇に抱えた『戦利品』を愛おしそうに撫でた。
それは、今回の版画展示会の【WEB予約来場特典】として配られていた、ファン〇ジ〇文庫で大人気の神絵師が描いた特製クリアファイルと、限定ポスターの入った細長い筒だった。
「(300万円の芸術品を会社の経費で手に入れたうえに、こんな貴重なオタクグッズまで【無料】でもらえちまうなんて……。やっぱり、ノールビバン社は素晴らしい企業だ!)」
俺の脳内は、完全にバグっていた。
120回払い、年に二回のボーナス月18万円加算という、地獄のような金利手数料が乗った『支払総額約500万円』の個人ローン。
そんな破滅的な契約書にサインをしておきながら、俺の意識は「無料で手に入れたポスター」のほうに強くフォーカスされていたのだ。
根っからの貧乏性と、タダでもらえるものに対する異常な執着心。
それが、エウリアンの仕掛けたトラップの恐ろしさを、見事に麻痺させていた。
「(待ってろよ、うめお先生。俺はあんたの教え通り、一流の審美眼を手に入れた。これでメディアミックスの準備は万端だ。年収三億円の景色ってやつを、俺も見せてもらうぜ!)」
俺は、すっかり『成功したプロデューサー』の顔つきになり、鼻歌交じりでアパートへの道を急いだ。
——数十分後。
「ただいま! 凱旋だぞ、ヨモ!」
築三十年のボロアパート、四畳半の部屋。
ガチャリとドアを開けると、玄関のすぐそばで丸くなっていた飼い猫のヨモ(猫耳美少女VTuberの中身であり、我が社最大の稼ぎ頭)が、「ニャア」と面倒くさそうに片目を開けた。
「ふっ、相変わらず無愛想な奴め。だが、今日からお前のパパは一味違うぞ。なんたって、一流クリエイターの仲間入りを果たしたんだからな!」
俺は靴を脱ぎ捨て、ヨレヨレの黒ジャケットをハンガーに掛けることもなく、一直線にデスクへと向かった。
座面が限界を迎えている三万円のゲーミングチェアに、バサァッ!と勢いよく腰を下ろす。
そして、PCの電源を入れ、ディスコードを立ち上げた。
「おい、結愛(ゆあ)! いるか! 最高の報告があるぞ!」
俺がマイクに向かって大声で呼びかけると、数秒の沈黙の後、我が社の冷徹な経理兼アシスタントである結愛の、いつも通りの氷点下ボイスが返ってきた。
『……ルシフェル様。休日の真昼間から、近所迷惑になるような大声を出さないでください。それで、最高の報告とは何ですか? またスーパーで袋麺が半額だったとか、そういう次元の低い話なら通信を切断しますが』
「馬鹿言え! 今日の俺は、一味も二味も違うぜ!」
俺は、PCモニターのWEBカメラに向かって、誇らしげに無料のポスターとクリアファイルを突きつけてみせた。
「見ろ、これを! 帯広の駅前で開催されていた、ノールビバン社の特別版画展に行ってきたんだ! うめお先生のアドバイス通り、俺の『審美眼』を限界まで磨き上げてきたぜ!」
『……展示会、ですか。私が事前にあれほど【リスクアラート】を出していたというのに、結局のこのこ足を運んだのですね。呆れて言葉も出ません。……で、そのアニメのポスターはどうしたんですか?』
「はっはっは! 驚くなよ? これは【無料】の来場特典だ! さすが芸術を愛する企業は太っ腹だぜ! タダでこんな貴重なグッズをもらって帰ってくるなんて、俺の経営者としての立ち回りも完璧だろう?」
俺がドヤ顔で語ると、結愛のタイピング音がピタリと止まった。
『……無料でもらって帰ってきた? つまり、高額な絵画の契約などは一切せず、本当にただ展示を見て、その特典だけをもらって帰ってきた、ということですか?』
「あ? いや、もちろん絵画も買ったぞ」
俺は、まるで「コンビニでコーヒーを買った」くらいの軽いテンションで答えた。
「社長室に飾るための、超人気神絵師の版画だ。昼の桜、夜の星空、そしてサイバーパンク。完璧な【三枚一組(トリプティック)】の最高級アートだぜ! いやぁ、やっぱり本物は違うな!」
『……。……ルシフェル様。嫌な予感がします。念のため確認しますが、その三枚の版画、おいくらでしたか?』
結愛の声のトーンが、一段と低く、そして鋭くなった。
「ん? 三枚合わせて、たったの300万円だよ。安心しろ、もちろん【会社の経費】で落とすからな! 社長室に一流のアートを飾って、うちのメディアミックス事業の箔付けにするんだ!」
俺は、エウリアンの美しき営業スタッフのセリフを、そのままドヤ顔でコピペして言い放った。
『…………さんびゃく、まん』
結愛の声が、微かに震えたような気がした。
『会社の経費で落とす、と言いましたが……御社のメインバンクである法人口座からは、そのような多額の引き落としや、クレジットカードの決済通知は届いていませんが?』
「ああ、それな」
俺は、鼻をほじりながら答えた。
「法人の審査だと、うちみたいにできたばかりの会社は通らないらしいんだよ。だから、代わりに【俺の個人名義】で120回払いのローンを組んでおいた。まあ、あとでお前の方で、会社から俺の個人口座に月々の支払い分を振り込むように『経費精算』しといてくれや」
「月々の支払いはたったの1万ちょいだし、余裕だろ?」と、俺は能天気に笑い飛ばした。
PCモニターの向こう側。
ディスコードの通話ルームは、まるで絶対零度の宇宙空間のように、完全な沈黙に包まれた。
『……ルシフェル様』
数秒後。
地鳴りのような、静かで、しかし確かな【怒り】と【絶望】を孕んだ結愛の声が、四畳半に響いた。
俺の背筋に、ゾクリと冷たい汗が流れる。
この直後、月給10万円で固定されている社長に対する「経費精算の絶対不可能(税法上の死)」という残酷な真実と。
ボーナス月18万円加算という隠された罠が暴かれ。
俺の有頂天な勝利の凱旋が、資本主義の無慈悲な処刑台へと変わることなど。
ポスターを握りしめた40歳は、まだ理解していなかったのである。
コメント
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ああ、もう読んでて胸が痛くなりました…。秋谷さんの「無料ポスターゲット!俺勝ち組!」の脳内と、結愛さんから見れば完全に“資本主義の処刑台”に自ら歩いていく構図、その温度差がもう凄まじかったです。特に「俺の個人名義で120回払い」のシーンで背筋が凍りましたよ。この人の“有頂天”はいつだって転落の予兆とセットなんですよね…。続き、気になります。