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理性を失いつつある理由は、なんとなく察している。イーリスと特訓を重ねたことで肉体的な強さを得たコボルトが変異するのは珍しくない。ただ、ロード級に至る場合、その多くが凶暴性を増す。仲間を殺すほどではないのが基本的だが〝あくまで同族に対して〟であり、人間であるイーリスに対して興味を示すような反応をみせたのは、それが理由だった。


「アベル。見たくなければ、私ひとりでも構わんぞ」


「ううん、おれ、アッシュと一緒がいい」


「……わかった。では少々手荒な真似をさせてもらおう」


アッシュがのそりと立ち上がり、ヒルデガルドを見下ろす。獣らしい鼻息の荒さで彼女を嗅ぎ、『美味そう』と呟いたのを聞き漏らさない。もう彼にほとんど元の性格は残っていない状態だ。杖から放たれた光の縄が彼を縛って転ばせた。


「ふうむ、随分と重量が増している。運べるか?」


「できる。おれ、結構、力持ち!」


体をがっちりつかんで引っ張る。アッシュが強くほえた。


「わかってる。嫌だよな、気分が悪いよな。だが我慢したまえ。君が元に戻れるかどうかは……イルネス次第だ。それまでは耐えてくれ」


ポータルを開く。行き先はシャブランの森を出た先にある小さな村の近くで、前日に地図で場所を確認していたヒルデガルドは、シャロムの言葉通りなら、そこにイルネスが滞在している可能性が高いと見て目指した。


風が涼しく、シャブランの森の外に出たためか、アベルもいくらか元気に見える。何度もアッシュに「ごめんね、いこう、ヒルデガルド助けてくれる」と声を掛けていた。垂れていた尻尾は持ちあがり、期待がうかがえた。


「いいか、しばらくここにいてくれ。すぐ戻るから」


凶暴になっていくアッシュを連れていって万が一のことが起きてはならない。そもそも、いくら傍に人間がいるからといって、やはりコボルトは魔物だ。村の人々が見て怯えないはずもなく、警戒心を解くには一人が良かった。


アベルたちを近くの茂みで待たせ、先に村へ一人で入り、イルネスを探すことにする。農作業を終えたらしい老人が日陰でゆっくり休んでいるのを見つけて声を掛け、「イルネスという娘を知らないか」と尋ねてみた。


老人は、一軒の小さな家を指差して言う。


「イルネスって子なあ、あの家に住んでるよ」


「ありがとう、助かります」


「いいよいいよ。……でも、なんであの子に会いに?」


「ええ、少し前に、シャブランの森で助けて頂いたので」


優しく微笑んで小さく頭を下げる。老人はそうかそうかと納得してくれたので、長話になってしまわないうちに退散だと歩きだす。


イルネスがいるという家は、どちらかといえばぼろ小屋だ。今にも崩れそうな雰囲気のくたびれた家の窓はひび割れていて、ちらと覗き見ると、散らかっているのがよく分かる。とても生活感が漂っていて、親近感を覚えた。


「ひとん家の前でなにをしとるんじゃ、ぬしは」


「……イルネス。本当に君だとはな」


気配もなく背後に立っていたイルネスが不服そうな顔をする。


「儂が此処に住んでおったらいかんのか、んん?」


「普通は駄目だろうが。何を企んでここにいるんだ」


「別に何も。しかし、なぜここが分かったんじゃ」


思いつめるような悲しい表情のヒルデガルドに、イルネスは「えっ、儂が何か悪いこと聞いてしもうたのか」とあたふたし始める。


「君に頼るのは間違っていると分かっている。だが頼みを聞いてはくれないか。今の君なら聞いてもらえる気がして、ここまで来たんだ」


「……ぬう。近くから魔物の臭いがするのと関係あるようだのう」


こほん、と咳払いをして、イルネスは大きな声で誰かに言った。


「すまぬ、ちょっと知り合いが訪ねてきたんで、出かけてくる。夜には戻ると思うから、儂の服を干しておいてくれぬか!」


どこかから「はいはい、了解」と返事が返ってきて、イルネスはヒルデガルドの手を引っ張って「臭いのところまで行けばよいかのう」と尋ねる。彼女が頷くと、イルネスは人目をはばかることもなく、高く飛び跳ねた。


「村の人たちは君のことを知ってるのか?」


「なあに、色々あってのう。あとで話してやるとも」


村のはずれまで一気に跳んだあとは、臭いのする茂みのほうへ向かって歩く。そこで縛りあげられたアッシュを見て、イルネスはクッと笑った。


「なんじゃ、この犬っころは。始末でもすりゃええのか」


「逆だ。元来はこうではなかった、元に戻してやりたい」


やれやれと手を広げて肩を竦めたイルネスは、自分を見て唸るアッシュの頭をごん、と拳で軽く殴った。


「静かにせい、阿呆。儂とぬしの実力差も分からんのか。──それとも、今ここで儂に喰われてみるか、犬っころ。嫌ならそこで黙っておれ」


一瞬だけ放たれた強烈な殺気に、アッシュは大人しくなる。本能的に勝てない相手には喧嘩を売らないのが、多少の知性ある魔物では当たり前のことだ。隣で見ていただけのアベルも、恐ろしさに一歩だけ後退ってしまう。


「うむ。では本題に入るとしよう、ヒルデガルド。この犬っころを元に戻したいとは、新芽の頃の知性を戻せと言うておるのか。それとも飼い犬のように首輪をつけられる程度を与えろと言うのか、いったいどちらじゃ」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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