イルネスの言葉に、彼女を肩を掴んで、ヒルデガルドは顔を明るくした。
「できるんだな、本当に、君なら以前の彼に戻せるのか!」
ぶんぶん前後に振られて気持ち悪そうな顔をしながら彼女は頷く。
「ああ、儂には出来る。というかまず止めて、吐くから」
「す、すまない……! つい興奮してしまって」
「ぬしでもそうなることがあるんじゃのう」
首を捻ってぽきりと鳴らし、怯えるアッシュを見下ろす。
「よいか、ヒルデガルド。研究しておるわりに知識の浅いぬしに、今回だけ特別に儂から有用な話を聞かせてやろう。そして、しっかり見ておくが良い」
屈みこんでアッシュの頭に触れ、優しく撫でた。
「そも、コボルトの中から、なぜぬしの言うロード級が生まれるかと言えば、魔力の形質に異常をきたしておるからじゃ。こやつらは魔力を操るのが得意ではないゆえ、メイジでもないかぎり、自然と生まれてきてしまう。可哀想じゃがのう」
イルネスの手から黒い魔力が漂い始め、アッシュの身体を薄く包んでいく。ヒルデガルドは、黙ったまま話に耳を傾けて、その光景を見つめた。
「強くなり過ぎたコボルトは、その魔力をより蓄えられる肉体を得るために進化する。しかしそれが原因で、操り切れぬ魔力は体内の中で歪み始め、コボルトの本能的な部分を強めるようになるんじゃ。だから同族や儂には襲い掛からない」
アッシュがうめき声をあげて苦しみ悶え始めた。それでもイルネスは決して彼から手を離そうとせず、自身の魔力だけで押さえつけてみせる。
「多少の苦痛は伴う。無理に外した骨を強引に戻すようなものじゃから、今、こやつは辛い思いをしとるが、まあ安心せい。ほんの少しの我慢よ」
「……本当にこれで元の彼に戻るのか?」
気を失ったアッシュを心配そうに見つめるヒルデガルドに、イルネスはハッキリ頷いて返す。
「ああ、間違いなく元通りになる。……と言いたいところなんじゃが、そうもいかん事情がひとつだけあると言ったら、ぬしは怒るかえ」
「怒らないから言ってみてくれ」
イルネスは『その言葉が世界でいちばん信用できないが』と思いつつも、頬をぽりぽりと掻いて、アッシュを指差す。
「魔力の容れ物がより適したものに近いほうがいいかと思って、つい手癖で儂と同じように半人間の形態にしちゃったんじゃけど、問題なかろう?」
茶色い毛並のがっしりした肉体は、なぜか細身で、耳や腕、脚などの一部がコボルトのそれではあったが、ほとんどが人間と同じだった。
「おい、話が違うぞ。というか、おかしいだろう。なんで娘の姿にしたんだ? 筋骨隆々でないだけマシだが、君の趣味かこれは。元に戻すんじゃないのか」
「怒らないって言ったではないか~! まあ聞くのじゃ、とりあえず儂の首を絞めようとするのはやめい。色々理由があるんじゃから聞けってば!」
首にかけられた手を振り払って咳き込み、膝に手をつく。
「あのなあ、ヒルデガルドよ。ぬしらはどう思ってるか知らぬが、人間の身体は小さいくせに、その何倍も魔力を蓄えられるんじゃ。儂がこうして半人間の姿をしとるのもそれが大きな理由なの! 魔力の歪みはこれで少しずつじゃが解消されていくはずじゃから、文句は言わんと受け入れろ!」
ガシッ、とイルネスの角を掴んで引き寄せる。
ヒルデガルドが目を細めてじろりと睨んだ。
「私は〝なんで娘の姿にした〟と聞いたんだが。人間の姿なのは別に構わんさ、ちょっと話が違うから動揺はしたが、問題は性別まで変わってるだろって話だろうが。頼りには思ったし感謝もしてるが、頼んでないことまでやる必要あったか?」
ぐらぐら揺らされて、イルネスが腕を掴む。
「いだだだ! 落ち着け、そもそもこやつ、最初からオスではなくてメスだったではないか! よもや、ぬしはそれも知らんかったのか!?」
ぴたっ、と手が止まった。
「……ひとつ聞くが、アベルは?」
「こっちはオスじゃ」
「どうやって見分けたんだ」
「儂も魔物だから見れば分かるんじゃ」
ヒルデガルドは顔を手で覆って、深いため息をつく。
「知らなかった。そうだったのか」
「ふん、そもそもぬしは研究が足りておらん!」
ヒルデガルドのローブを脱がせて、裸のアッシュに被せる。
「コボルトロードになる場合、メスは本能的に群れを守ろうとする習性があって、そのために同胞以外に対する凶暴性が増すんじゃ。逆にオスは群れに対しても弱い者を必要とせず、自身のために捕食するという違いがあるんじゃ。……というか」
今度はヒルデガルドの胸倉をイルネスが掴んで引き寄せた。
「ぬしはまず謝るということを知らんのか」
「それはすまない。ところでもとのコボルトの姿には?」
「……戻れんじゃろうな。死ぬまでこの姿でなくては、コボルトの本来の肉体に戻せば、再び変異を起こしてしまう。しかし、そんな暗い話ばかりでもないぞ。人間の姿を取れるようになったということは、つまりあれじゃよ」
自信たっぷりに指を立てて、鼻高々に彼女は言った。
「──人間の言葉を正確に話せる。これ以上ないメリットじゃろ?」
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