テラーノベル
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「まさか、こんな辺境の地とはな……」
辺りを見回しながら、時雨は呆れながら呟いた。見渡す限り、山々に囲まれている。
だが――悪くない。都心では有り得ない自然の風景が、逆に彼には新鮮に映った。
時雨は“ある目的”の為、家族総出で此処――熊本県球磨郡に赴いていた。
飛行機で鹿児島空港へ。それから高速バスに乗り継いでと、結構な長旅だった。
時雨――いや、それは昔の『裏の名前』。二階堂 時人は妻である琉月と、彼等の間に儲けた四人の子供達とある場所へ向かう。
ある人物より、招待を受けていたのだ。その為、時人は似合わないスーツを着込んでいた。
※球磨郡錦町――『福寿安』ホテル。此処が招待された場だ。
田舎町にしては立派な造りの会場。本日は此処で披露宴が行われるという訳だ。
――会場に入った時人は一旦、愛する家族と別行動を取る。ある人物へ会いに行く為だ。
時人にとっては随分と久し振り、また半信半疑でもあった。
長い通路をひた歩くと――居た。長椅子に腰掛けている人物が。
「よお、死に損ない」
時人の開口一番はそれだった。
「ふん……相変わらずだな」
両者に馴れ合いはいらない。これが正しい、本来在るべき二人の姿。
顔を上げながら返したその人物は――幸人だった。
お互い、こうして顔を合わせるのは十何年振りだろうか。
「わざわざ来てやったぞ。感謝しろよ」
「頼んだ覚えは無いな」
「あぁ? 結局、俺達の席に来なかった奴の台詞じゃねぇな」
二人は相変わらずだ。そこに懐かしさ等の感情が入る隙間は無い。彼等の関係は変わらないこその――。
時人は幸人の隣に腰掛け、煙草に火を点けた。
「――ってお前、本当に生きてんだよな?」
改めて見ても、幸人の姿は十数年前と全く変わらない。異能者は常人より細胞の活性化が顕著な為、ある程度年を取っても若々しいままとはいえ、全く変化が無い訳ではない。時人が懸念したのは、やはり――“残留思念永久体”の可能性が。それなら辻褄が合うからだ。
「人を幽霊みたいに言うな。俺は間違いなく、生体として生きている」
だが幸人は、はっきりとそれを否定した。
「でもなぁ。あの時、確かに――」
そう。サーモが使用不可能になる直前、幸人の生体反応が消失した事については説明が付かない。
「確かにな……。だが生体反応消失、イコール『死』じゃない」
疑問に対し、幸人は意味深な表情を見せた。
「あっ!」
時人は直ぐに理解した。幸人の言った、その意味を。
「そうか! お前、自分自身に使ったのか? アレを――」
「ああ……」
幸人は頷く。不本意ながら、そうするしか道が無かった。
――あの時、崩れていくエルドアーク地下宮殿にて、幸人の命は正に風前の灯火だった。
脱出は不可能。致命傷を負った身体では、どちらにせよ死は免れない。
残ったジュウベエも、既に覚悟している。だからこそ残った。主人と最期を供にする為。
幸人自身も、それでいいと思っていた。
自分の役目は終わり。そして自分は、この世界に存在すべきではない。
摂理に反するこの力。この世界には、余りに危険過ぎる。
――だが、本当にこれで良いのか?
幸人はふと思った。このまま死んでも、それはただ自分自身への、ただの逃避でしかないのではないか?
闘いは終わっても、世の業は終わらない。
何より、必ず帰ると悠莉に約束した。
まだ死ねない。約束を破る訳にはいかない。
しかしこの身体の傷と、この状況ではどうする事も出来ない。
幸人は悟った。何時になるかは分からない。それでも必ず帰る。その為には――
“コールド・スリープ・オールド・ゼロ”
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