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「以上のデータから導き出される結論は、一つ」
阿部は、プレゼンテーションの締めくくりに入った。彼は、椅子に座ったまま呆然としている佐久間を、真っ直ぐに見据える。
「僕の幸福度、パフォーマンス、そして心身の健康は、佐久間大介という変数によって、極めて強く、正の相関関係にある。これは、感情論ではない。紛れもない、事実です。…プレゼンテーションは、以上です」
スクリーンが暗転し、部屋に完全な静寂が訪れた。
阿部は、息を飲んで佐久間の反応を待った。今度こそ、どうだ。グラフにどう反論する?統計データにどうツッコむ?反撃の言葉など、あるはずがない。
長い、長い沈黙。
やがて、佐久間はゆっくりと立ち上がった。その顔は、俯いていてよく見えない。
(勝った…)
阿部が、勝利を確信した、その時だった。
佐久間は、ふらり、と覚束ない足取りで、阿部の方へと歩み寄ってきた。そして、阿部の目の前でぴたりと止まると、ゆっくりと顔を上げる。
その顔は、真っ赤だった。瞳は、熱っぽく潤んでいる。
だが、その表情は「完敗」ではなかった。どうしようもなく、愛おしいものを見る、優しい、優しい笑顔だった。
「…おれはね…?」
掠れた、甘い声が、静かな部屋に響く。
「阿部ちゃんがそーやって、俺のことばっかり考えてくれてる。その時間だけで、もう幸せなんだよ?」
そう言いながら、佐久間は一歩、また一歩と、阿部との距離を詰めてくる。
阿部は、その気迫に押され、思わず後ずさった。
(な…!?違う、そうじゃない!これは、そういう感情論ではなく、事実を…!)
背中に、ひやりと壁の感触。もう、逃げ場はない。
佐久間は、阿部の頬にそっと手を添えると、その潤んだ瞳で、至近距離から阿部の瞳を覗き込んだ。
「ありがとね?阿部ちゃん。俺のために、こんなすごいの作ってくれて」
そして、
「大好きだよ」
という言葉の代わりに、その柔らかい唇が、そっと、阿部のそれに重ねられた。
「……っ!?」
時間にして、ほんの数秒。
しかし、阿部の脳内では、今まで積み上げてきた全てのデータと理論が、規格外の愛情という名の巨大な爆弾によって、一瞬で吹き飛んだ。
唇が離れた時、そこに立っていたのは、顔を真っ赤にして、完全に思考停止した、いつもの阿部亮平だった。
「…ふふ、また俺の勝ち、だね?」
悪戯っぽく笑う佐久間の顔を見て、阿部は悟る。
この太陽の前では、どんなに緻密な計算も、どんなに揺るぎない事実も、全てが無力なのだと。
第二次作戦もまた、彼の、宇宙一幸せな「完敗」に終わったのだった。