テラーノベル
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|無銘《インノミネ》の看板を掲げてから、数日が経った。
物置に残っていた不要な資材を売り、当面の生活費は確保した。
ミアの左腕の傷も塞がり、剣を振るのに支障はない。
残る問題は、供託金十万ドゥレだ。
「さて、今日は仕事を取りに行くか」
「仕事、ですか? 供託金は払ってないですよね?」
俺の言葉に、ミアが不思議そうに首を傾げる。
「組合を通さなければ問題ない。心当たりが一人いる」
「なるほど……」
ミアは分かったのか分かっていないのか、こくりと頷いた。
俺たちが向かった町の東門近くの素材集積所では、朝から十数人の採取人が荷造りを進めていた。
薬草を詰めた籠、鉱石を積んだ手押し車、魔物避けの香を焚いた壺。
雑多な荷物の間を、一人の青年が忙しなく行き来していた。
「北斜面の採取は昼までに済ませておけ。午後は気温が上がって、毒羽虫が巣からわらわら出てくるからな」
日焼けした顔に、使い込まれた革の外套。
腰に剣は下げているが、刃は護身用の短いものだ。
青年は採取人へ地図を渡したところで、こちらに気づいた。
「……先生?」
驚いた顔が、すぐに笑みへ変わる。
「やっぱり先生だ! どうしてここに?」
「久しぶりだな、トーマ。相変わらず、よく目が届いている」
「全員を無事に帰すのが、今の俺の仕事ですから」
トーマはそう返し、出発する採取人たちの装備をもう一度確かめた。
「あの、この方は?」
ミアが俺とトーマを見比べる。
「トーマだ。今は採取ギルドの長をやっているお偉いさんだ」
「先生にそう言われると、むず痒いですよ。俺は今でも先生の教え子のつもりですから」
「教え子にした覚えはない。黄金秤で査定を担当して、探索隊へ回しただけだ」
当時のトーマは剣士志望だったが、戦闘では振るわず契約を切られる寸前であった。
だが、討伐報告に添えられた足跡と地形の記録は、どの新人よりも正確だった。
剣士にしておくには勿体ない人材だったからな。
「探索隊へ回されたときは驚きましたよ。見限られたのかと思いました」
「戦いながら、あれだけ正確な記録を残せるやつだ。探索に向いていると判断しただけだ」
「さすがは先生の目利きです。おかげで黄金秤では、小さな隊を任されるまでになりました。その経験を元に独立して、今のギルドを立ち上げたんです」
地図を手に東門へ向かう採取人たちを見送りながら、
「まだ十人しか構成員がいない小さなギルドですけどね」
そう言うトーマは、どこか誇らしげだった。
「それにしても……、シード先生が黄金秤を辞めたって噂は、本当だったんですね」
「耳が早いな」
「採取人は素材を求めて、あちこちの町を行き来します。噂も一緒に運んできますから」
トーマは、俺の後ろに立つ二人へ視線を移した。
「こちらの方々が、新しく立ち上げるギルドの?」
「ああ。剣士のミアと、こっちは大鎌使いのリタだ」
「リタさんって……、あのドラゴンスレイヤーの!?」
「いえ、ただのメイドです」
リタが一歩前に出て、大真面目な顔でそんなことを言った。
メイドへのこだわりは、今日も健在なようだ。
「……分かりました。メイドのリタさんですね」
「はい、そう覚えてください」
リタは満足そうに一歩下がった。
「ミアです。よろしくお願いします」
「丁寧にありがとうございます。先生のことをよろしくお願いしますね、こう見えて無鉄砲な方なので──」
「……そうですよね。トーマさん、シードさんのこともっと聞かせて下さい!」
ミアがすごい熱量で、トーマに何やら話しかけている。
どうやら、俺の黄金秤時代が気になるらしい。
俺は挨拶が済むのを待って、本題へ入った。
「今日は仕事を探しに来た。報酬が十万ドゥレ前後で、組合を通さずに受けられるものはあるか?」
「十万ですか。……ちょうど一件あります」
トーマは少し考え、集積所の奥から一枚の地図を持ってきた。
地図の上には、魔物の手配書が乗っている。
「西の岩場に、うちが管理している採取場があります。そこに三日前から、三体の|炎甲蜥蜴《フレイムリザード》が住みついてまして──」
炎甲蜥蜴は、牛ほどの大きさのトカゲのような魔物で、身体を硬い甲殻で覆っているのが特徴だ。
動きは単調だが、正面から刃を通すのは難しく、口から炎を吐く。
「たしかに厄介な相手だな」
「はい。うちではどうにも手が出せず、採取場ごと閉鎖するしかなくて。明日にでも組合へ持ち込み、難度を査定してもらうつもりでしたが──」
トーマは、困ったような顔でそう言った。
「先生が引き受けてくれるなら話は早い。うちのギルドから、十万ドゥレで直接依頼しますよ」
炎甲蜥蜴の討伐となれば、C以上の冒険者を含むパーティーでの討伐が推奨ランクといったところだろうか。
確かに冒険者ギルドに依頼すれば、手数料なども含めれば、それぐらいになるかもしれないが、
「少し多すぎるんじゃないか?」
「そこは、これからも末永くお願いしますってことで」
ちゃっかりしているな。
トーマが、俺の隣にいるミアを見た。
「今回の依頼は、その子の訓練に使うおつもりで?」
「ああ。ちょうどいい相手だと思ってな」
「やっぱり!」
トーマが額へ手を当てた。
「先生の『ちょうどいい相手』は、普通の新人には荷が重いんですよ。はあ、そこだけは昔から変わってないな……」
トーマが気の毒そうにミアへ目を向けた。
「……シードさんは、私なら勝てると思っているんですよね?」
「もちろんだ」
「なら、やるだけです! 当たって砕けろです!」
「……張り切りすぎるなよ?」
ミアは、胸の前で両手をぎゅっと握った。
そんな危なっかしいミアに、リタがそっと肩へ手を置く。
「ミア様。意気込みは立派ですが、まずは安全第一です。また怪我をしたらご主人様が悲しみますからね」
「は、はい!」
リタが同行する以上、万が一への備えはある。
とはいえ、最初から助けてもらう前提で任せるわけじゃない。
「炎甲蜥蜴の厄介なところは、甲殻と炎だ。逆に言えば、それ以外の動きは単純で、予備動作も大きい。おまえなら問題なく対応できるはずだ」
「私の剣で、甲殻を斬れるんですか?」
「無理に斬る必要はない。まずは、どこなら刃が通るか見極めろ──ミア、腕の見せどころだぞ」
脚の付け根、喉、甲殻の継ぎ目。
狙うべき場所を見つけて正確に剣を届かせる技術を、ミアはすでに持っている。
「灰牙狼を三匹倒した程度で、おまえの剣技の底は見えないからな。ちょうどいい相手だ」
ミアは狙う場所を確かめるように、魔物の手配書をじーっと覗き込んでいた。
「話は決まりだな」
トーマがその場で依頼の契約書を書き上げ、俺は署名した。
署名済みの契約書を受け取ったトーマは、呆れたように笑った。
「先生に見込まれた人は大変ですね」
「不満か?」
「まさか。俺はそれで、今も食えてますから」
***
「現場まで案内します」
「ギルド長が離れていいのか?」
「いつも日中は俺も採取に出てますし。それに先生の仕事なら最後まで見届けたいですからね」
トーマに案内され、俺たちは西の採取場へ向かった。
岩場に入る手前で、トーマが地面へ膝をつく。
乾いた土に残る爪痕を指でなぞり、焦げた低木へ目を向けた。
「三体とも採取場の中です。今朝ついた跡ですね」
姿が見えなくても、トーマは足跡の重なりだけで三体ともまだ中にいると判断した。
こうして独立した後も、ますます腕を上げているようだ。
焼け焦げた岩の間を進むと、前方から石の砕ける音が響いた。
赤黒い甲殻に覆われた巨体が、岩陰から姿を現す。
「シードさん、あれが──」
「ああ。炎甲蜥蜴だ」
岩陰の奥からも、二つの赤黒い影が動いた。
三体の格上を前に、ミアの表情が強張る。
俺はそんなミアへ、この依頼での立ち回りを一つずつ教えていく。
「正面から三体を受けるな。敵の動きは遅い。走り回って、一体ずつ引き離せ」
ミアはこくりと頷き、剣を構えた。
三対の黄色い目が、一斉にミアへ向けられた。
炎甲蜥蜴が前脚で地面を掻き、巨体を低く沈めた。
「行ってこい、ミア。おまえなら勝てる」
「はいっ!」
ミアは一度だけ息を呑み──地面を蹴った。
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コメント
1件
シードさんの過去が少しずつ見えてきて、世界観がぐっと広がりましたね!トーマとのやり取りから、黄金秤時代の彼がどんな存在だったか想像できるのが面白い。「ちょうどいい相手」に笑っちゃいましたが、教え子の独立した姿を見せるトーマの誇らしげな顔が印象的でした。リタが「ただのメイドです」と返すのも、キャラが立ってて好きです。ミアの成長が楽しみになる一話でした!