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ジャケット越しからでも彼女の体温が伝わってくる。

ひどい高熱だ。

とにかく横になっていなければ、と彼女の部屋に連れて行く。

「すみません、ただの風邪なんです」

申し訳なさそうに言う美良に、俺はつい厳しい口調で返す。

「ただの風邪とあなどってはいけない。大学で倒れたんだろう? これから一緒に病院に行こう」

「そんな……! 倒れたのは大げさで、ちょっと食堂でぐったりしていただけなんです」

「なら少し様子を見よう。水分はちゃんと摂っているか?」

と辺りを見回すが飲み物らしきものはなにもない。

くそ、どうせ演技できないのなら、帰宅途中で飲料や精のつくものを買えばよかった。

「大丈夫です聡一朗さん。山本さんが退勤される前にいろいろ買って来てくれて冷蔵庫に入れてくれましたから」

その言葉を聞いてほっとする。

山本さんには後日改めて礼をしなければならないな、と思いながら立ち上がる。

「なら適当なものを持ってくる。まずは水分をちゃんと取らないとだめだ。薬は飲んだのか?」

「いえ、まだ……」

「市販のものでもいいから解熱剤を飲んだ方がいい。熱が高すぎる。その前に一度なにか胃に入れたほうがいいな……」

と踵を返した俺の袖を、美良が弱々しい手でつかんだ。

「大丈夫です聡一朗さん。それくらい自分でできますから。それより、お仕事とかがあったら、そちらを優先――」

「君以外に優先するものなんてない」

つい声を荒げてしまった自分にはっとなる。

彼女は顔を強張らせて目を伏せてしまった。

俺はなにをしている……まずは自分が落ち着かなければ。

軽く息を吐くと、俺は跪いて彼女の熱い手を握った。

「すまない……。だが、こんな時まで無理をしないでくれ」

「すみません……」

美良は申し訳なさそうに頭を下げ、俺を見つめた。

その瞳が潤んでいるのは熱でぼうとしているためもあるだろうが、忙しい俺に厄介をかけさせてしまったと涙を溜めているからにも見えた。

こんな時まで俺を気遣ってくれるのか――。

むしろ俺の胸の方が痛んでくる。

もっと無防備に俺を頼ってくれていいのに。

なんのために結婚したと思っているんだ。

彼女に心細い思いなどさせたくないのに……。

大人しくベッドに身を沈めた美良を残し、必要なものを取りに行く。

冷蔵庫には経口補水液や麦茶だけでなく消化のいいフルーツやゼリー系の軽食までそろっていた。

適当なものを集め、知り合いの大学医に処方してもらった解熱剤を取り出し、彼女の部屋に戻る。

「ゼリーなら食べられるかい?」

「はい」

身を起こした彼女に、スプーンですくったゼリーを向ける。

「あの、自分で」

「いいから」

おずおずと小さな唇を開け、みかん入りのゼリーを口にする。

「美味しいかい?」

咀嚼して飲み込むと、彼女は赤く火照った顔をほころばせた。

「よく冷えてて美味しいです」

「それはよかった」

ほっとして、思わず笑みがこぼれた。

そんな俺を美良はまじまじと見つめ、どこか嬉しそうに目を伏せた。

「もっと食べなさい」

「はい」

食事を与えてもらう小鳥のように、美良はいたいけにゼリーを頬張る。

時折気恥ずかしそうに微笑む様子から見ると、体調はともかく、元気そうだ。

甲斐甲斐しく尽くしている方だというのに、不思議と俺の胸には温かく優しい気持ちが芽生えていた。

『相手が喜ぶ顔を見ると嬉しくなりませんか?』

美良の言葉が思い出された。

君も、俺にこういう気持ちを抱いてくれていたんだな。

そう実感すると、不意に愛おしい気持ちが溢れてくる。

美良を抱き締めたかった。

性的な衝動ではない。

守るように、抱き包みたかった。

そしてそんな想いを感じることに、幸福を覚える。

美良はその後、解熱剤を飲み横になると、すぐに眠ってしまった。

まだ熱はあって寝息は苦しそうだが、よく眠っている。

そのあどけない寝顔を見守りながら、俺はそっと彼女の頭を撫でた。

おそらく、結婚、通学と新しい生活が始まり、そこに勉強や俺への気遣いと無理がたたって、知らず体力が落ちていたのだろう。

美良は……この生活をどう思っているのだろう。

断言できるのは、けして楽しいだけではないということだ。

夢だった勉学と大学生活は叶ったが、その代わりに彼女は愛していない男と結婚し、気遣うばかりの堅苦しい結婚生活を送っている……。

はっとなり、俺は急に頭を撫でる手を止めた。

俺はあの男と同じじゃないのか――。

そんな事実に気付き、奈落の底に堕ちたような気になった。

手が震える。

目をきつく閉じ、言い聞かせる。

落ち着け、落ち着け。

俺はあの男とは違う。

俺は誰よりもなによりも、美良を大切に想っている。

そっと目を開き美良の寝顔を見た――瞬間、その安らかな寝顔が、姉のそれと重なった――。

忘れたはずの記憶と感情が甦る。

眠るように死んでいた姉の顔。

言葉にし難い悲しみ。

そしてそれが永劫に続く苦しみ。

俺は立ち上がり、亡者のようによろよろと部屋を出た。

俺に人を愛する資格はない――だが、

美良を大切にしたい。

大切に守って、ともに人生を歩みたい。

ほとばしるように溢れる美良へのこの愛は、どうすればいいのだろう……。

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