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やわらかな朝日で目が覚めた。

なんだか、ひどく穏やかで優しい朝だった。

こんな気持ちで目が覚めたのはいつぶりだろう。

きっと、両親がまだ生きていた頃以来だ。

ゆっくりと起き上がると、額からぽとりと白い物が落ちた。

熱救急用の冷却シートだ。

記憶が一気に甦った。

昨日は熱が出て大学を途中で帰って、そして――。

ベッドの横のソファに、人の気配を感じた。

聡一朗さんが眠っていた。

帰った時のベスト姿のまま。

ジャケットを上半身にブランケット代わりに掛けていたようだけれども、今は膝の上で皺になっている。

帰るなり私の看病をしてくれた聡一朗さん。

私が寝入った後も、ずっとそばにいてくれたんだ……。

起き上がると、私は自分の掛け布団を聡一朗さんにそっと掛けた。

皺を整えようと手にしたジャケットは冷たかった。

この時期は、まだ夜は冷える。

一晩ずっとこうしていてくれていたのなら、今度は聡一朗さんが風邪をひいてしまう。

どうしようもなく申し訳なく思う一方で、嬉しさで胸がじんじんと高鳴っていた。

聡一朗さんが、ここまでしてくれるなんて。

想われていなくていい。

不自由なく生活させてもらえて、大学に行かせてもらえれば、もうそれだけで十分だと思っていたのに……。

抑えがたい気持ちを堪えるようにぎゅうとジャケットを抱き締めると、不意に聡一朗さんが身動ぎした。

セットが乱れて顔に落ちていた前髪が揺れて、ゆっくりと目が開く。

「……もう、起きていいのか?」

私の姿を認めるなり発せられた低い声は、掠れていてひどくセクシーだった。

ドキドキしながら私はうなずく。

「はい、一晩よく眠ったら楽になりました」

ドキドキはキュンとする痛みに変わる。

聡一朗さんが穏やかな微笑みを浮かべたからだ。

朝日に溶けこむような、とても優しい笑みを。

「そうか、なら熱はもう下がったんだな」

「……あ」

ひんやりとした手が伸びて、私のおでこに触れた。

そしてゆっくりと移動して、頬に触れる。

熱を確かめる動き。

だけれど、恋人に触れるような、どこか甘くて、愛のこもった触れ方。

「うん、下がっているな。安心した」

心臓が破裂しそうな甘い痛みに堪えて、私は小さくかぶりを振った。

「でも今度は聡一朗さんが風邪をひかないか心配です。私のために無理をさせてごめんなさい」

言われて初めて気付いたかのように聡一朗さんはあたりを見回し、立ち上がった。

「つい眠ってしまった。すまない、君の部屋で勝手に」

「い、いえそんな……!」

まるで、勝手に人の部屋で眠り込んでしまったのを申し訳なく思うような様子だった。

そんなこと思う必要ないのに。

夫が妻の部屋に入ってはいけないなんて、あるはずがない。

それとも……聡一朗さんは本当はこんなことしたくなかったのかしら……?

私があまりに自己管理のできない子どもだったから見兼ねて看病してくれたけれど、仕事が立て込んでいて、実際はそれどころじゃなかったのかもしれない。

「ごめんなさい聡一朗さん、私のせいで余計に疲れさせてしまって。そうだお風呂はいりますか? 疲れがとれますよ。今日は朝食もきちんと召し上がった方が……今つくりますから」

とベッドから立ち上がる私を、聡一朗さんが慌てるように止めた。

その顔は驚くような、戸惑ったような表情を浮かべている。

「だめだ、なにを言っているんだ、君は病み上がりだろう? 俺のことは大丈夫だ。――君こそ、無理をしていたんではないか、今までずっと」

「結婚に大学と慣れない生活が始まったのに、俺の世話までしようと無理をするから」と続ける聡一朗さんに、私は激しくかぶりを振る。

「無理なんてそんな。私がしたいからしているんです」

「……」

「あなたに喜んでいただきたいから、勝手にしているだけなんです……」

聡一朗さんが眉をひそめる。

板挟みになっているような、苦しげな表情だった。

ああ、やっぱり、迷惑なのかな……。

喜んでいただきたい、なんて言うけれど、それは結局私のひとりよがりに過ぎない。

私の勝手な押しつけに、聡一朗さんがうんざりしていたら――。

不意に聡一朗さんの手が伸びてきてはっとなった。

その大きな手が、私の頭をやさしく撫でる。

そして、そっと私の頬を包み込み、親指で唇をなぞる。

その手がとても熱く感じるのは、まだ私に熱があるためだろうか、それとも、胸が高鳴って顔が火照っているせいだろうか――

「愛することはできなくても、俺は君を幸せにしたいんだ」

「……」

「誰よりもなによりも大切だから」

独り言ちるようにそっと、聡一朗さんは言った。

「だから無理はするな。まだ少し熱があるようだ。頬が赤い。まだ寝ていたほうがいい」

毅然とした口調に戻ると、聡一朗さんは私をベッドに押し戻した。

「大学にも行っちゃだめだ。もちろん食事の準備もだ。君の分は俺が用意しておくから」

「でも……」

「一人暮らしは長いんだ。雑炊くらいは作れるよ。さぁ横になって。返事は?」

「はい……」

「よし、いい子だ」

やわらかく微笑んで聡一朗さんは部屋を出て行った。

君という鍵を得て、世界はふたたび色づきはじめる〜冷淡なエリート教授は契約妻への熱愛を抑えられない〜

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