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「…今夜あたり、どう?」
両手にたくさんの洗濯物を持って、旦那が言う。
「洗濯物を抱えながら夜のお誘いですか?」
「だって、仕方ないよ、雨のせいで2日分あったんだから」
「置いといてくれれば、私がやるよ?」
「いいよ、僕がやる。それより、今夜?」
「はいはい、わかりました」
結婚して20年以上もたつと、夜のお誘いなんてこんなもの。
ムードも色気もない。
馴れ合った夫婦では激しく絶頂を迎えるとか、そんなこともなく。
たとえれば、凝ってしまった体をほぐすマッサージのようなもの。
お互い、どこが凝っていてどこをどうすればほぐれるかを知り尽くしているから、無駄もない。
だからといって、不満もない。
そういえば、キスはしなくなったか。
いらなくなったのか?
したくなくなったからか。
若い頃、【セックスは誰とでもできるけど、キスは好きな人としかできないよね?】と友達と話してたけど、それは今も変わらない。
ということは、私は旦那のことを、好きじゃないということか?
いつから?
結婚したのは好きだったからなのに。
そう考えたら少しだけ、寒気がした。
好きじゃないのに一緒に暮らしてセックスしてるのかと。
まるでやり方はこう!と決められたかのような営みを終え、それぞれのベッドで眠りにつく。
「あのさぁ…」
「…ん?」
「うちみたいに旦那がほとんどの家事をやるとこって、珍しいみたい」
「そうなんだ」
「ほとんどやってもらってるのは、幸せだよって言われた」
「ママが幸せなら、よかった」
「……」
私は幸せだよ、とは言えなかった。
なんでだろ?
また、モヤモヤが心に舞い上がる。
それでも、体はほどよく疲労していて、深い眠りについた。
そして、朝。
「僕は仕事行くけど、ママの朝ごはんはこれね、お昼ご飯は冷蔵庫にあるからチンして。雨が降りそうだったら、洗濯物軒下に入れておいて!」
声は聞こえたけど返事はしない。
私はまだベッドの中だ、今日は休みだから。
「わかった?行ってくるからね」
ガチャガチャと音がして、玄関のドアが閉まった。
私がやることはなさそうだな。
もう一回、寝ることにした。
二度寝のベッドの中で考える。
なんであの人は、私にこんなにしてくれるのか?
私がさせてるのか?
いつからだっけ?
ずっと昔からのような気もするし、そうじゃない気もする…。
ぴこん🎶
『今度の休み帰るね、焼肉食べたい』
侑斗 からのLINEだった。
「了解!用意しとくから気をつけて帰ってきてね」
返信。
あ、そうか。
あれがきっかけだったのかも?
ぼんやりした頭で、邦夫と結婚する前のことを思い出していた。
高卒で社会に出て、運送会社で配車係をしていた時にその男と知り合った。
男は、その会社の若社長だった。
一回り年上のその男は、まだ社会に出て間もない私を夢中にさせる魅力があった。
今思い返せば、ただ年上だったから大人に見えただけで、中身はボンボンの甘えっ子だったんだけど。
「洋子ちゃんは、若くていいね。一緒にいるだけで癒されるよ、なのにうちのときたら…」
私を食事に誘って、奥さんの悪口を言って、甘い言葉で関係を迫ってきた。
「私なんか、若社長には似合いません」
「似合うとかじゃなくてさ、好きになっちゃったんだから仕方ないよね?」
「そんな…奥様がいるのに」
「あーぁ、出会う順番を間違えたよ、真っ先に洋子ちゃんと出会っていたかったなぁ」
「そんな…でも、うれしいです」
まだ世間知らずだった私は、その男の見せかけの優しさや愛の言葉にどっぷりと浸かってしまい、まるで悲恋のヒロインになったような錯覚に陥った。
もうそうなると、その男の全てが私の全てになった。
会社の若社長なのに、傲慢な奥さんに財布を締め上げられて何も自由にできない、デートの支払いもままならないと打ち明けられたとき、私は素直に同情してしまい、デートのお金はほとんど私が払った。
それが当たり前だと思い込んでいた、愛しているのだからと。
その男は、会社のためにも自分は頑張っているのに、ちっとも認めてもらえないし給料も少ないと嘆いていた、私を抱いたその後で。
「ごめんね…俺にもっと力があれば、さっさと離婚して洋子ちゃんと結婚するのに」
激しく求められた後、腕枕の私にずっと囁き続ける。
「こんなに愛しているのに、洋子ちゃんと結婚できないなんて俺は不幸だ。毎日、君のことばかり考えて、頭がおかしくなりそうだよ」
「私も愛しています。でも、今はこのままでいいんです。いつかきっと、私と結婚してくれるのなら…」
いつかきっと…。
本気で誰かを愛するなんて、その頃の私にはまだ理解できていなかった。
その男から愛してると言われ甘えられることで、奥さんに対する嫉妬も生まれた。
奥さんより私を愛してる、そう言われることで私は勘違いしたんだと思う、私はこの人を愛していると。