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宮毘羅
20
俺はゆっくりと階段を降りていく。やがて視界は真っ暗になり、まるで闇に飲まれるような感覚に襲われた。完全な暗闇。目を凝らしても、手をかざしても、自分の指すら見えない。
手探りで壁をなぞると、冷たく湿った石の感触。その石壁には、ところどころ燭台と蝋燭が取り付けられていた。
「ナハト、火」
「ほい」
パチン、と指を鳴らす音と共に、蝋燭に頼りない炎が灯る。わずかな光が、闇をかろうじて押し返す。俺はその燭台を手に取ると、再び階段を降り始めた。
と、その両腕が急に重くなる。
右腕にはスーパーへっぴり腰のヨハンナ、左腕にはナハトがしがみついていた。
「あんま力入れて掴むなよ。腕折れるだろ」
「折れねぇよ! あたしは女だぞ!」
普通の女は、金属の錠前を握りつぶしたりしない。
「ってかお前なら、幽霊出てきてもその握力で握り潰せるだろ」
「はぁ? 幽霊は物理攻撃効かねぇんだよ。だから怖ぇんだろ」
脳筋すぎるだろ。
「ナハト、お前サキュバスだろ? なんで暗闇怖がってるんだ」
「僕だって頭パーなゾンビに襲われたら嫌なんだよ。それになんかここ雰囲気がやだ。キモい虫もいるー」
たしかに、壁を足の多い虫が這っているのが見える。ママ上がいたら間違いなく叫んでるレベルだ。
その時、湿気を帯びた天井から小さなクモが降ってくる。クモはナハトの胸の谷間へとストンと落ちた。
「ん゛ぎゃあああ!! ラウル、何か胸の中に入ってきた!」
「待て落ち着け汚い悲鳴を上げるな! その両手に持った危険そうな魔法をおさめろ!」
ナハトはパニックから、上位電撃魔法を両腕にためる。
そんなものこの場でぶっぱしたら、地下が崩れてもろとも生き埋めである。
「はやくとって!」
「目、つむってろよ!」
俺はナハトの白きデカパイの谷間に手を突っ込んだ。
なんて深く柔らかい谷間なんだ、こんなの大冒険じゃないか。
胸の谷間をコネコネしながらクモを探していると、ストンと胸の下からクモが落下。石段を軽快にジャンプしながら逃げていく。
「…………」
「ラウル、とれた~?」
「いや、まだだ、まだ目を開けるな。くそっ、このすばしっこいクモめ。きっと毒を持っているに違いない!」
俺はエアスパイダーと格闘を続け、満足行くまで胸の谷間に手を突っ込み続けた。
それから俺は二人のパイ圧を両腕に感じながら、階段を一段ずつ降りていくと、広い地下通路へと出た。
石造りの天井、壁、床。そのすべてが古く、何かが長い年月をかけて封じられていたような、重苦しい気配を漂わせている。
正面には扉が二つあった。俺は右のドアを選び、ゆっくりと開ける。
中には大きな木樽がいくつも整然と並んでいた。空気はぶどうの濃厚な香りで満ちており、どうやら樽の中身は満タンの酒のようだ。
ヨハンナが好奇心から一つの樽を開けると、中は鮮やかな深紅の液体で満たされていた。
「おっワインじゃねぇか。ちょっと失礼して」
「勝手に飲むと怒られるぞ。それに、まだ発酵させてる途中じゃないのか?」
「こんだけ匂いが漂ってるんだ。絶対できてるって」
ヨハンナは小指を突っ込んで、ワインの雫を舐める。その瞬間。
「ん、これは濃厚――」
彼女は突如として膝から崩れ落ち、ぺたりと石床に座り込んだ。
「は、はれ、なんだこれ……視界がぐわんぐわんするぞ」
「まさか、酔ったのか? 下戸ってレベルじゃないぞ」
「ばかい、うな……このあたひが、ちょびっと、で、よ、よーわけ、ねー……だろが……」
あかん完全に呂律が回ってない。
しかしいくら酒に弱くても、ほんの一滴、二滴でここまで酔うとは考えにくい。
俺も樽の中身を改めて覗いてみたが、見た目は普通の赤ワイン。ただ、樽の底に宝石のような石が沈んでいるのが見えた。
「なんだこの石は?」
ナハトも一緒に覗き込むと、あることに気づく。
「ラウル、このお酒魔力帯びてるよ」
「魔石か……? なんだか嫌な予感がしてきたな」
数分後。どうにかヨハンナが立てるようになったので、探索を再開する。
ワイン室を出て、左の扉の前に立つと、扉には小さく「栽培室」と記されていた。
「ぶどうでも育ててんのか?」
「えーぶどうは地上にあったじゃん」
ナハトの言う通り、ぶとうの木は地上にあった。
だとしたら一体何の栽培だろうかと思い、部屋の扉を開ける。
直後、空気が変わった。血液と薬品が混ざり合ったような異臭が鼻を刺す。
部屋の中を見て、俺たちは言葉を失った。
そこにあったのは農園ではなく、家畜小屋のように柵が並んだ部屋だった。
個別に仕切られた柵の中には、女型のデーモンたちが閉じ込められていた。
全員が裸に近い姿で、腕や脚、腹部、時には頭部にまで無数のチューブが刺さっている。
チューブは血や魔力を吸い上げるかのように脈動しながら、部屋奥にある巨大なカプセルへと続いていた。
「……なんだこれは」
俺たちは、思わず足を踏み入れていた。柵の間を抜け、部屋の奥へ。
そこにあったのは、異様な存在だった。
人間の胴ほどもあるガラスのカプセル。その中に浮かんでいたのは巨大な眼球。
バレーボールより一回り大きなそれは、心臓のように規則正しく脈動し、血管のような細い触手が裏から何本も這い出している。
目玉は透明な薬液に浸かりながら、明らかにこちらを“見て”いた。
「……っ、なんだよこれ……」
ヨハンナが顔を引きつらせ、一歩下がる。
次の瞬間、眼球の瞳孔がギョロリと動き、真紅の光を放った。
爆発するんじゃないかと思い、咄嗟に身構える。
だが、俺達には関係なく、柵の中のデーモンたちが、同時に悲鳴を上げる。
悲鳴というよりも、断末魔。体をのけぞらせ、チューブに繋がれた体液や魔力がカプセル側に吸い込まれていく。
「なんだ、何をしてるんだ!?」
俺が怒鳴る中、カプセルの後方にある箱型の機械が作動音を発した。
ゴウン、ゴウン――。まるでカジノのスロットマシンのように機械が唸り、次々と真紅の石を排出していく。
俺はその一つを拾い上げた。
石の中では、黒い炎のようなものがゆらゆらと燃えている。
「なんじゃこりゃ……」
「ブラッドストーン」
ナハトが、低く呟いた。
「呪われた魔石だよ。……生贄の絶望、苦痛、精神を“燃料”にして精製される。強力な魔力を持つけど……使用者は、精神を侵食されていく」
「……終わってる。正気の沙汰じゃねえ」
これは、ただの魔術じゃない。“システム”だ。
生贄たちを家畜のように使い、搾取し、効率よく石を生成する仕組み。
俺達が動揺していると、後ろから声をかけられる。
「王子ぃ~、いけませんよぉ。こんなところに来ちゃあ」
コメント
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第93話、読ませていただきました。 前半のラウルとナハトの掛け合い、暗闇の中で胸の谷間を探るコメディタッチに思わず笑いました。でも後半、ワイン室から栽培室に進むにつれて空気が一変。デーモンたちがチューブで繋がれている光景と、あの巨大な眼球の脈動…ひときわ生々しくて、背筋が冷えました。「ブラッドストーン」という呪われた魔石の設定も不気味で、この村の秘密が見えてきた感じがします。ラウルたちがどう動くのか、続きがめちゃくちゃ気になります!