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佐野さんに愛されたい吉田さんの話
「彼女が早く帰ってこいってうるさくてさ」
それは昔から付き合いのある友人とご飯に行った時に聞いた愚痴だった。
「すぐLINE見せろとか言うし、今日のこれも女と会ってるとか疑ってくるし」
愚痴、といっても本人はなんだか嬉しそうだった。
……そういうもんなのか…?
思い返せば、勇斗は俺が誰とどこに行こうが何も言わない。それが女の人のいる空間であっても。
帰りがどれだけ遅くなっても、文句ひとつ言わない。もちろん、心配するメッセージが来る時はあるけど。
「へぇー、愛されてんね」
別の友人が相槌をうつ。
その一言が、なんだか俺には深く刺さった。
…俺って愛されてないのかな。
別に束縛されたい訳じゃない。
けど、なんだろう…。
勇斗から、愛されてる自覚が欲しかった。
試しに、というのもなんだか違うが、ちょっとした好奇心で舜太の家に泊めてもらうことにした。
「珍しいな、仁ちゃんがそういうこと言うの」
「なんか…なんとなくな」
「なんかあったん?」
「いや、そういう訳じゃないけど。あ、隠してるとかでもないから、まじで。」
「勇ちゃんは知ってるん?」
「あー…」
泊まることだけを考えて連絡するのを忘れていた。けど、もしここで連絡をせずにいたら、勇斗はなんて言ってくれるだろうか。
少し、期待してみた。
「うん、さっきした」
「じゃあええわ。勇ちゃんに怒られるとか嫌やから笑」
そこからは、ただ普通にお泊まりを楽しんだ。
過去に何度かお泊まりはしていたし、話したいことも沢山あったし、充実した時間になった。
だから、勇斗からの連絡にも気付いたのも随分と後だった。
『仁人どこ?今日なんかあったっけ?』
まずこの1件。1時間後に、もう1件
『仁人大丈夫?』
それから1時間、追いメッセージは何も無かった。
「…これだけ、か」
『ごめん言い忘れてた。今日舜太の家泊まってる』
自分で仕掛けたことだが、実際、何を言われるか分からなくて若干手が震えた。
返信は早かった。
『そっか、よかった。楽しんで』
そのあとに、おやすみというスタンプだけ。
「…まじかよ」
もうちょっと焦りとか、そういうのを期待していた。やっぱり俺って……
そう思った直後、舜太のスマホから鳴った通知音は、お風呂を終えた舜太によってかき消された。
しばらく期間を空けて、柔太朗の家にも泊まって、泊まりは出来なかったけど太智の家にも遊びに行った。
同じように連絡をしなくても、対応は特に変わらなかった。
物足りない。俺が欲しいのは、
これが勇斗への願望なのか、愛情不足なのか最早わからなくなっていた。
もう感覚が麻痺していたのだと思う。
半年経つ頃には、メンバー以外の大量の人間と会うようになっていた。
今更ではあるが、流石に連絡しないのは罪悪感を感じたので都度連絡はしていた。
けれど返ってくるのは
『楽しんで』
『気をつけて』
の二択だった。
悪いことをしている自覚はあった。
けれど辞められなかった。
焦って、焦って、俺のことが好きだと伝える勇斗を見たかった。
それに精一杯で、勇斗の気持ちなど考える余裕がなかった。
数日後、共演者の方と飲みに行く機会があった。
なんとなく、ほんの少しの出来心でお酒を飲んだ。
自分はあまり強い方ではないので、今までたくさんの人と会ってもお酒は飲んでいなかった。
久しぶりに飲んだお酒はあまり美味しいと思えなかったけど、それでもなんだか癖になる味で。
気付けば自分が何を言っているのかすらよくわからなかった。
目を覚ましたのはやけに静かなタクシーの中だった。
「あ、起きました?」
横に座っていたのは共演者のひとりの後輩だった。
「なんか、仁人さん歩けなさそうだし、家の方面同じらしいので送って帰ろうと思って」
「…あ、ありがとう…」
歩けないほど飲んでいたのかと恥ずかしくなる。後輩の前でこんな…。
家に着いた頃には、歩けるほどに回復していた。それでも気分はふわふわとしていたが。
ドアを開けると、微かに香る恋人の香りに安心して玄関先で崩れ落ちた。
大きな音がしたからか、勇斗が慌てて出迎えてくれた。
その慌てように、少し安心した。
「仁人!?飲んだの?珍しくない?」
「うーん…」
「ほら、とりあえず立って。運ぶから」
理由は聞かないのか。
ここまでどうやって帰ってきたのかとか、気にならないのか。
そう考え出すと唐突に涙が溢れてきた。
「…やだ…」
「え?…え!?なんで!?」
それに気付いた勇斗は、俺の首に回した腕を解いてしゃがみ、こちらを見た。
「え、なんで泣いてんの?泣くタイプだっけ?」
「…勇斗が、」
「俺?」
「……勇斗が俺のこと嫌いだから……、」
「は?何言ってんの?」
気持ちをぶつけると、返ってきた返事はいつもより随分と低い声に聞こえた。
相変わらず顔は見れないけど、胸の奥で僅かに喜びを感じた。
…そんな声、初めて聞いた。
「どういうこと?」
「…なんで何にも言わないの、もっと…心配してくれてもいいじゃん…!!!」
叫んだ後、廊下には俺の嗚咽が響いた。
その沈黙を破ったのは勇斗の大きなため息だった。
「…かわい」
そう呟くと大きな手で俺の顔を包み込んでキスをした。
「それで最近帰ってくるの遅かったってこと?なにそれ可愛すぎるんだけど」
「…怒らないの」
「いや、まぁ怒るというか、色々言いたいことはあるけどどうでもよくなった」
次の瞬間、身体がふわりと浮いた。
勇斗に抱えられ、行き着いた先はベッドだった。
そのまま押し倒されて、またキスをされる。今度は、深く愛し合うようなキスを。
「かわいいよ、仁人」
「…も、いいから…」
顔を背けると、片手で顔を勇斗の方に向けられる。
まるで、自分以外を見るなと言うような──
──あ、その目、好きだな。
「舜太の家に泊まった時も、柔太朗の家に泊まった時も、太智と遅くまで遊んでた時も、すっごい嫌だった」
「でも仁人、縛られるの嫌かなって、我慢した」
「ねぇ仁人、言ってもいいの?帰ってこいって。」
俺の返事は決まっていた。
それを聞くと、勇斗は心底嬉しそうに笑って、そのまま俺に覆いかぶさるのように抱きしめた。
「…早く帰ってきて。どこに行くかも、誰といるのかも全部教えて。俺、待ってるから」
それは全部俺が言われたかったことだった。
愛されてんなぁ、俺。
.
仁ちゃんがお風呂に入っている間、さきほど来たらしいメッセージを確認していた。
「多すぎやろ」
画面いっぱいに埋まる一方的なメッセージにため息をつきつつも全てに目を通す。
『仁人と泊まってんの?』
『俺聞いてないんだけど』
『なんで泊まってんの?』
『なんもしないでよ?』
『しないか、舜太だもんな』
『でも明日早く帰らせて』
『っていうかなんで泊まってんの』
『俺のことなんか言ってた?』
『仁人となにしてんの』
「情緒どないやねん」
あまりの焦り具合に思わず笑ってしまう。
というか、人の恋人に手を出す趣味はない。
流石に勇ちゃんも分かってるだろうけど、それでも言ってくるってことは相当焦ってんだろうな。
…っていうか、勇ちゃんに言ってないじゃん。
やってんなぁ、仁ちゃん。
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