テヒョンside
学校帰りに病室に行くと、いつもと様子が違っていた。
ジミナは横向きに丸まってうずくまっていた。右手で胸を抑え、身体は小刻みに震えて、肩で苦しそうに息をしている。顔は涙で濡れて、ギュッと目を閉じていた。
身体には心電図の電極が沢山つけられモニターに繋がれていて、左腕には点滴が刺さっている。沢山の線に繋がれているジミナは、いつもより更にか弱く小さく見えた。
汗で濡れた髪にそっと触れると、ジミナは薄っすら目を開けて、白くて細い腕を弱々しく僕の方に伸ばしてきた。
「ジミナーどした?心臓痛い?泣いてたの?」
「う、うん…ぐすん。テヒョン、まってたよぅ…。さっき発作が出ちゃって…すぐジン先生来てくれたし、大丈夫だったけど、すごく苦しくて…テヒョンいなかったし、怖かった…」
「そっかそっか。そばにいてあげられなくてごめんね。苦しかったね…。ジミナ熱もあるんじゃない?」
僕はジミナの額に手をあてる。うわぁ、ものすごく熱い…。真っ赤な頬を両手で包み、親指で涙を拭った。
「すごい熱…しんどいね?」
「注射も、3本も打たれちゃったの…。見て〜…すっごく痛かった…(泣)」
ジミナが、腕を見せてくる。白くて細い腕は注射跡でいっぱいで痛々しかった。左腕には点滴も刺さってる。ああ、また注射の跡が増えてしまったんだね…。僕はジミナの注射跡をそっと撫でた。
「テヒョンーおねがい、行かないで…ずっとずっとそばにいて…こわいの(泣)…。」
ジミナは小さな手を必死に伸ばして、僕の手をギュッと握りしめて言った。
「大丈夫だよ。絶対どこにも行かないから…。ジミナしんどいんでしょ?もう喋んなくていいから、寝てなー?」
ジミナの身体に触れていたかったけど、身体には線が沢山付いていて…僕は横向きに丸まるジミナの背中と右腕を、一生懸命さすった。ジミナの身体が、少しでも楽になりますように。これ以上、苦しいことが起きませんように…。
看護師さんがやってきた。
「ジミンくん具合どうかな?お熱計らせてね。」
ジミナはぐったりして、とても自分で熱を計れそうにない。
「ごめんねー、体温計入れるよー」
看護師さんはジミナの入院着の胸元を開けて、脇に体温計をはさんだ。
「ピー…」
「わ、40℃もある…さすがに高すぎるね…。ジミンくん、一回座薬でお熱下げよう。」
「い、やー…」
「ジミナだめだよ。40℃だって…。一回熱下げないと、ジミナの体力もたないよ?僕が座薬、挿れたげる」
ジミナはきっと、看護師さんに挿れてもらうのを嫌がるだろう。僕は座薬を挿れるのが初めてで上手くできるか心配だったけれど、ジミナの負担を少しでも減らしてあげたかった。
看護師さんはすぐに、解熱剤の座薬を持って来てくれた。
「テヒョンくん、座薬の挿れ方わかる?潤滑油を座薬とお尻に塗るといいよ。出てきちゃったら困るから、なるべく奥に挿れてね。」
看護師さんが出て行くと、僕は座薬を開けた。ロケット型の白い座薬は直径2cmぐらいあって、その大きさにハッとする。こんなの、うまく入るのかな…。
「ジミナごめんね、寒いかもしれないけど、お布団少しめくるね。ズボン下げるよー?」
もうジミナは、抵抗しなかった。熱と苦しさで返事もせず、横向きに膝を曲げてうずくまり、震えているだけ…。
僕は、ジミナの入院着のズボンと下着をそっとお尻の下まで下ろす。
ジミナの白くて小さなお尻が露わになった。
潤滑油をとり、座薬に塗りつける。これで、スムーズに入るといいんだけど…。
僕はジミナのお尻の奥を左手でそっと開き、肛門にも潤滑油を塗りつけた。それから、右手の人差し指で、グッと座薬を差し込んだ。
「う……」
ジミナが小さなうめき声を漏らす。
うわ…思ったよりきつくて、全然指が奥に入っていかない…。僕は焦った。座薬が出てきたらやり直しになってしまう。
「ジミナごめん、お尻に力入れてるとうまく入らない。力抜ける?ゆっくりスーハーして?」
「スー…ハー…」
ジミナが震えながらゆっくり呼吸するのに合わせて、僕は指をいちばん奥まで、ゆっくりと深く差し込んだ。
「ううー…いった…い…」
「ごめんね、すぐ終わるから。座薬出てきちゃったら困るから、少しだけこのままだよ。」
お尻の中がすごく熱くて、指が締め付けられるような感覚に戸惑う…。
「いやー……(泣)」
僕はジミナを落ち着かせようと必死で、右手の人差し指はお尻の中に深く差し入れたまま、空いている左手でジミナの背中をさすっていた。
しばらく待ってから指をゆっくりと抜き、ズボンと下着を戻して、ズボンの上からジミナのお尻をそっとさする。
「はい、ジミナ終わったよ。よくがんばったね。」
「うわーん…いたかったよぅ…」
ジミナ、昔から座薬が大嫌いだったな。
小さい頃からよく高熱を出しては、オンマの膝にうつ伏せにのせられて、泣きながら座薬を挿れられていたのをふと思い出した。その時も僕は心配で心配で、横でジミナの手を握っていたっけ…。
「苦しいよ…暑いよ…。寒気もする…ぐすん。」
「ジミナー、いまお薬挿れたから30分ぐらいで熱下がると思うよ?すぐ楽になるから、あと少しがんばろうね。」
タオルで汗と涙をぬぐい、氷嚢をジミナのおでこにあてる。
「つめたくて、きもちいー。首にもあてて〜」
氷嚢を首にあてると、ジミナは気持ちよさそうに目を細めた。
「ジミナ、喉かわいた?なんか飲む?」
「テヒョンー…僕、アイス、たべたい…バニラのやつ…」
「わかった!すぐ買ってくるから、ちょっとだけ1人で待てる?」
僕は、ジミナがわがままを言ってくれた事がうれしくて、急いで売店にアイスを買いに行った。
「ジミナ買ってきたよー。お口あーんして。」
木の小さなスプーンで、アイスを少しだけすくって、寝ているジミナの口に運ぶ。
「うーんつめたくて、おいしー。もっと、もっと…」
おねだりしてくるジミナはひな鳥みたいで、くちばしのようにちょっと突き出た唇がかわいらしかった。
アイスを3分の1ぐらい食べると、ジミナは満足して疲れたようで、目を閉じた。そろそろ座薬も効いてきたかな…。
肩で息をしながらも、スウスウと寝息を立て始めたジミナを見て、僕は少し安心した。
そこへ、ジン先生がやってきた。
「やーテヒョン。さっきジミナ発作起きちゃってね。久々で、かなり苦しかったと思う。今寝てるねー。座薬、テヒョンが挿れてくれたんだって?効いてきたかなー。」
「ジン先生〜…」
なぜかその時、僕の目から涙が溢れ出てきてしまった。
「テヒョン…どした?泣いてるの?」
「ぐすん…ご、ごめんなさい。あれ、どうしたんだろ…。僕、ジミナの前では泣かないって決めてんのに…」
「なんだよー泣けばいいじゃん。今ジミナ寝てるし。俺の肩で泣いていいぞー!」
ジン先生が自分の肩を叩き、冗談めかして言ってくれるのを聞いて、僕は益々涙が止まらなくなってしまった。
ジン先生は、僕の頭をそっと撫でた。
「おまえたちのことは生まれた時から知ってんだからさ。小さい頃は、ジミナが体調崩すたびにおまえの方が泣いてたじゃん。テヒョンだって、強がって我慢ばっかりしてたら壊れちゃうよ?泣いていいんだよ〜」
「ヒッ…ヒック…ジミナさ、今回の入院、辛い治療がいっぱいあったでしょ?毎日泣いて、それでも必死でがんばってた…」
「分かってるよ。テヒョン毎日病院来て、ずっとずっと一緒にいてあげてただろ。そばで見てるのも辛かったよな?」
「う、うん…代わってあげたいって何度も思ったけど、僕には何にもできなくて、苦しかった…。今日だって、ジミナ、ほんとに身体辛そうで…」
「うんうん、そうだね…」
「む、昔はさ、ジミナだって歩けたし、左手だってちゃんと動いてた…。な、なのに…。最近は、食べることも、トイレに行くことだって、少しずつ難しくなってる…(泣)こんなに、が、がんばってるのに…なんで…」
僕は不安で不安で、次々に言葉が出てきて…。ジン先生忙しいのに悪いなぁと思いながらも、涙が止まらない…。
ジン先生はいつまでも、僕の話をうんうんと聞いて、僕の背中をさすってくれた。
涙で滲んだ視界の奥に、サイドテーブルの上で残ったアイスが、溶け切っているのが見えた…。
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