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竹林の奥深く、風が揺らす葉音に混じって、かすかな炎の匂いが漂っていた。藤原妹紅は焚き火の前に座り、燃え盛る炎をじっと見つめていた。炎は彼女の存在そのもの。燃え尽きることなく、ただ燃え続ける。千年を超える時を経てもなお、彼女の身体は灰に帰すことを許されない。
妹紅は目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、遠い昔の光景。平安の都、父の失脚、そして藤原家の誇りを失った日々。憎しみと絶望の果てに、彼女は禁断の蓬莱の薬を飲み干した。永遠の命を得る代償は、永遠の孤独だった。
「……また、夢を見ていた」
呟きは炎に溶け、夜の闇に消えていく。彼女の周囲には誰もいない。竹林は広大で、迷い込んだ者は二度と帰れぬと恐れられている。だが妹紅にとっては唯一の居場所だった。人の世に混じることもできず、ただ炎と竹に囲まれて生きる。
時折、彼女は人里に姿を現す。だがその眼差しは恐れと好奇に満ちていた。死なぬ者、燃え尽きぬ炎。人々は彼女を畏れ、距離を置く。妹紅はそれを受け入れていた。近づけば、必ず別れが訪れる。ならば最初から孤独であればいい。
焚き火の炎がぱちりと弾け、火の粉が夜空に舞う。妹紅はその光を追いながら、ふと笑みを浮かべた。炎は消えることなく、ただ空へ昇っていく。まるで彼女自身の魂のように。
「孤独も、悪くはないさ」
そう言い聞かせるように呟いた瞬間、竹林の奥から足音が響いた。乾いた葉を踏みしめる音。妹紅は立ち上がり、炎を手に宿す。誰かが近づいてくる。竹林に迷い込む者など滅多にいない。だが、その気配は確かに人のものだった。
炎が揺らぎ、竹林がざわめく。千年の孤独を破る邂逅が、今始まろうとしていた。