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竹林の夜は深く、風が葉を擦り合わせる音だけが響いていた。藤原妹紅は焚き火の前に立ち、炎を掌に宿したまま、近づく足音を警戒していた。だが闇を裂いて現れたのは、彼女の記憶にある輝夜ではなかった。
月光に照らされて姿を現したのは、一人の青年。白い髪が風に揺れ、右目は白く濁ったように輝き、左目は深い闇を宿すように黒く沈んでいた。その異様な瞳は、妹紅の心を一瞬にして捉えた。人ならざる気配を纏いながらも、彼は静かに微笑んでいた。
「……誰だ、お前は」
妹紅の声は炎の揺らぎに混じり、鋭く響いた。青年は答えず、ただ竹林を見渡すように歩みを進める。足音は軽く、まるで地に触れていないかのようだった。やがて焚き火の前に立ち止まり、炎を見つめる。
「綺麗だな。燃え続ける炎は、まるで君そのものだ」
その言葉に妹紅は眉をひそめる。彼女の存在を知る者は少ない。ましてや、炎を彼女自身に重ねるような言葉を投げかける者など。青年の声は柔らかく、しかし底知れぬ深さを持っていた。
「お前は……人間か?」
問いかけに、青年は静かに首を振った。白と黒の瞳が夜の闇に溶け、妹紅の心に奇妙な不安を植え付ける。
「人でもなく、妖でもなく。ただ、ここに導かれた者だよ」
曖昧な答えに妹紅は苛立ちを覚える。だが、その瞳から目を逸らすことができなかった。白は虚無を、黒は深淵を映すようで、見つめれば心を吸い込まれる錯覚に陥る。
焚き火がぱちりと弾け、火の粉が舞う。青年はその光を指先で掬うように見つめ、微笑んだ。
「孤独は炎を強くする。だが、炎はいつか自らを焼き尽くす。君はそれを恐れないの?」
妹紅は言葉を失った。千年の孤独を抱えてきた彼女にとって、その問いは鋭く胸を突く。恐れはないと自分に言い聞かせてきた。だが、心の奥底では――。
「……余計なお世話だ」
炎を強く燃やし、青年を睨みつける。だが彼は怯むことなく、その瞳で妹紅を見つめ続けた。白と黒の光が交錯し、竹林の闇を揺らす。
その瞬間、妹紅は悟った。この青年はただの迷い人ではない。彼の存在は、千年の孤独を揺さぶる影となるだろう。炎と竹林に閉じ込められた彼女の世界に、初めて異なる色が差し込んだのだ。