「ねぇ、ここまできてあの寺崎って子に会ってわかったことってさぁ…」
あっさり話を終えて帰っていく絵梨奈の後ろ姿を見ている千夏。
「…うん…」
「うちの夫が一方的にあの子に入れ込んでたことと、できなくなってたこと…だけだね」
「端的に言えばそうだけど。それにしてもあの考え方はすごいね、普通の恋愛とかってできるのかなぁ?」
「ホント!でも、私も若かったらあんなことしてみたかったかも?」
「千夏さんも?私もチラッと考えちゃったよ」
二人して、ホットコーヒーを追加した。
「私が奥さんからお母さんになった時からか…」
「あー、そんなこと言ってたね。でもそれは仕方ないよね?子どもができたら奥さん業よりお母さんに偏っちゃうよ」
「ん…」
両手でカップを抱えて、何かを考え込んでいる。
「どうしたの?」
「いや、ね、仕事のストレスはわからないんだけど。思い出したことがあってね」
「お母さんになった話?」
「うん。私ね、わりと難産で胡桃を産んだのよ。やっと産まれるってときにあそこを切る前に踏ん張っちゃって、ジグザグに裂けたらしいの。そこはちゃんと縫ってもらったんだけどね。お産の後初めて夫に誘われた時、痛くて、押し戻しちゃった。その上、乳首からピューって母乳が吹き出してね。ムードも何もなくて……」
「そんなこと、うちもあった気がする」
翔太を産んだ後のことを思い出してみる。
「それからは、してないわ。うち、レスだったんだ!」
「ちょっ!千夏さん、声が大きいってば」
「あ、ごめんごめん、なんかすごいことに気づいちゃって。胡桃の子育てばかりに気を取られて、圭佑のことほったらかしてた、私。そりゃ、できなくなるし私から誘っても無理だわ…」
頭を抱えて俯いてる千夏。
「帰ろう!綾菜ちゃん、私、ちゃんと圭佑と向き合ってみる。必要なら病院にもついていく。でも、もしも私のことを嫌いになってたとしたら…」
「したら?」
「もう一回、好きになってもらうように努力してみるよ」
伝票を持って立ち上がった千夏に続く。
「綾菜ちゃん、付き合ってくれてありがとう。私、圭佑のこと、すごく好きだったんだって思い出した。だから、浮気してるかも?ってわかったとき、ご飯も食べられないくらいつらかった。その原因は私にもあったのに」
なんだか晴れ晴れとした顔をしている。
「もうこれ、いらないや」
そう言うと興信所の封筒をクシャクシャにして破いて、ゴミ箱へ捨てた。
「今夜あたり、あの子と連絡が取れなくなって落ち込むだろうから、美味しいものでも作ってあげなきゃ」
思いもかけずハッピーエンドの千夏夫婦。
うちはどうなんだろうなぁと思い返す。
やっぱり、マリに直接会ってみるしかないかな?