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中庭の通路に敷き詰められた石畳に靴の踵を取られ、何度もよろけながらシード領主夫人が血相を変えて駆ける光景は、正直言って異様だった。淑女のお手本のようなローサが、結い上げた髪が解けるのも構わずに三女と孫娘達に向かって声を張り上げるのもかつてないこと。


「マ、マリス! あなたって子は!」


館の中に居て、孫や使用人達が騒ぐ声に窓の外を覗けば、三女が空中をゆっくりと降下しているのが目に入ってきた。食事会の準備も放り出し、慌てて外へ駆け出てきたローサは、気まずそうに目を伏せた娘に対峙すると、息を切らしながら溜息をつく。


間違いなく叱られ、これから長い小言が始まるのだと、咄嗟に母から目を逸らしたマリスは、胸がキリリと痛むのを感じていた。母はマリスに魔力があることを憂いでいた。姉達が令嬢として母から淑やかにお茶や刺繍を教え込まれている時に、魔術教師に伴われて魔法教育を受けていた三女。母親として接する機会は姉妹の中でも格段に少なかった。


――お母様は、私に魔力があることを忌んでおられるから……。


王都から呼び寄せた魔術師が二人係りで取り掛かっても、簡単には抑え込むことができないほどの魔力量を持つ娘を、恐ろしく思うのは無理もない。守護獣という未知なる存在まで従えた娘は、とても特殊だ。頻繁に繰り返される魔力暴発を目の当たりにしていれば、我が子でさえも畏怖の対象となるだろう。


まだ幼い孫娘達に恐ろしい存在を近付けたくない一心で、慌てて駆け付けてきたのかと思うと、マリスは母から目を逸らすしかできなかった。母が嫌うことをまたやってしまった、と。普通の令嬢は三階の窓から飛び下りたりはしない。見せびらかすように魔法を使うべきではなかった。


だから、ローサが腕を伸ばしてマリスのことを抱き締めて来た時、何が起こったのかがさっぱり理解できなかった。


「無事なのね? 何も怪我はないのね?」

「……おかあ、様?」


てっきり、怒鳴られるかと思っていた。危険な魔法を姪達に見せたことを、𠮟責されるものだと疑っていなかった。

なのに、母は肩を震わせながらもぎゅっとマリスの背に腕を回し、優しく擦りながら娘の名を繰り返し呼んでくる。


「ああ、マリス。話を聞いた時は、肝が冷える思いがしたわ。馬車が襲われるだなんて、何てこと……」


無事で良かったわ、と繰り返してマリスから離れようとしないローサを、ロッテとカリーナは不思議そうに見上げている。魔法を見せて貰っていることがバレたから、叱りに来たのだとばかり思っていたのに。どうしてお婆様はマリス姉さまを抱いて泣いていらっしゃるのかしら、と。


「ああ、こちらへ来る際のことでしたら、結界を張っていたので大丈夫です」

「分かっているわ。それでも、心配なものは心配なのよ」


ようやくマリスから身体を離したローサは、涙で崩れた化粧を気にする素振りもない。そんな些細なことなどどうでも良いと、娘が本当に怪我など負っていないのかと頭から足の先までを触れて確かめていく。淡い色のドレスの裾が石畳に擦れて汚れていくのも構わず。


「良かったわ。本当に何もなくて、良かったわ……」


食事会の準備に勤しんでいる時、夫が警護兵から襲撃の報告を受けているのが耳に入ってきた。別邸からの馬車が、複数の弓使いから狙われていた、と。襲撃犯はすぐに近くにいた警護兵により捕獲されたようだが、馬車の走り去った後には多数の攻撃痕が残されていたというではないか。


慌てて娘の姿を探して回っていたら、窓の外でふんわりと浮遊しているマリスが見えた。元気そうに孫達とはしゃいでいるようだったが、それでも居ても経ってもいられず、館の外へと駆け出していた。


「マリスに力があるのは知っているわ。でも、我が子に何かあればと思うと不安になるのは仕方ないものなのよ」


無事を直接確認できて、ようやく落ち着いたのか、ローサは少し恥ずかしそうに笑んだ。乱れたドレスを整えながら、もう一度深く安堵の溜息をつく。


「魔導師だって危険な物は危険なの。一人で無理はしないで」

「ごめんなさい……」


再び腕を伸ばし、大きくなった娘の身体を抱き締め直す。


「信じてない訳じゃないのよ。あなたが頑張っていることも、ちゃんと知っているわ」


他の娘達と比べれば、母親らしいことをあまりしてあげられなかった三女マリス。それでも変わりなく愛しく、大事な娘。夫からマリスの話を伝え聞く度、ハラハラすることも多かったが、誇りにも思っていた。


マリスに人とは違うほどに大きな力があるのは、この子にしか出来ない何かがあるということ。そして、娘は自分の使命を見つけて、少しずつだがちゃんと動き出し始めている。


「お母様は、私の力が恐ろしいのではないですか?」

「あら、勿論、昔は恐ろしかったわよ。マリスは簡単に部屋を壊してしまうもの。ベビーベッドは何台買い替えさせられたことかしら」


でも、とローサは言葉を続ける。


「今のあなたは、魔力制御ができない赤子じゃないわ。恐ろしく思うことなんて、何一つも無いわよ」


魔力を持つ子は禁忌などではない。必要な魔術教育さえ受けることが出来れば、他の子と何ら変わらず愛することが出来るのだと、ローサは辺境の魔女である娘に伝える。

マリスが新しい学舎に魔法クラスを作ると聞いた時、それはあの子だから実現できることだと誇りに感じた。娘が目指していることは、決して間違ってはいない。


「あなたは今も昔も、私の自慢の娘であることに変わりはないわ」


母の言葉に黙って頷くと、マリスはローサの背に腕を回して、いつの間にか自分と同じくらいの背丈になっていた母を、少しばかり強く抱きしめ返した。

辺境の魔女と、拾われた猫付きの子

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