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kaede🍁
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#💛💜
みら

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第57話、読み終えたよ…。 まず、阿部が家の前で足を止めるところからもう息が詰まった。「大丈夫じゃないけど、入る」って正直に言えたのがすごく大きくて。 それで扉は開けなかった。開けなかったんだよね。 最後の「生きるかどうかを、あなたに決められたくない」って言葉、震えながら言ったのが伝わってきて本当に胸にきた。 めめの手、離さなかったのも良かった。読んでるこっちまで涙出た。みらさん、今回も刺さりました。
57
事務所で一通り話をまとめたあと。
阿部と目黒は、マネージャーの車で自宅へ向かった。
岩本も一緒に来ている。
残りのメンバーは、すぐに動けるよう事務所で待つことになった。
佐久間は最後まで、
「俺も行く」
と言っていたけれど。
阿部は首を振った。
「何かあったら呼ぶから」
「でも」
「呼ぶ。大丈夫じゃなくなったら、ちゃんと言うから」
その言葉に、佐久間はようやく頷いた。
「絶対ね」
「うん」
「一回で呼んでよ」
渡辺が横から口を挟む。
「大丈夫とか言わないで」
「分かってる」
「本当に?」
「今日は三回でも聞いていいよ」
「増えてるじゃん」
少しだけ笑って、阿部たちは事務所を出た。
車が進むにつれて、阿部の口数は減っていった。
見慣れた道。
いつもなら、目黒と仕事から帰る時に通る道だ。
コンビニ。
信号。
曲がり角。
全部同じなのに、今日はあの日へ戻っていくように感じる。
隣に座る目黒が、そっと手を重ねてきた。
阿部はその手を見る。
「……めめ」
「うん」
「俺」
一度、息を吸う。
いつもの癖で「大丈夫」と言いそうになったが、やめた。
「怖い」
目黒は、ただ手を握り返した。
その温かさがありがたかった。
「家に着いたら、もっと怖くなるかも」
「分かった」
「話せなくなったら」
「俺が代わる」
「……うん」
自分から頼めたことで、少しだけ呼吸が楽になった。
家に着いた。
玄関の前で、阿部の足が止まる。
自分たちの家。
ずっと目黒と暮らしてきた場所。
仕事へ行き、帰って、二人でご飯を食べて、喧嘩もして、笑って、眠った家。
なのに、玄関を見るだけで身体があの日を思い出す。
一人だった。
誰にも会いたくなかった。
目黒にも出ていってもらった。
インターホンが鳴った。
確認もしないまま扉を開けた。
その先を、身体が覚えている。
「あべちゃん」
目黒に呼ばれ、阿部はゆっくり顔を上げた。
「……入ろ」
「大丈夫?」
答えに迷ってから、阿部は正直に言った。
「大丈夫じゃないけど、入る」
目黒は頷いた。
三人で家へ入る。
中は、何も変わっていなかった。
阿部の本。
目黒の帽子。
テーブルの上に置いたままの雑誌。
冷蔵庫には、少し前に二人で書いたメモが貼ってある。
洗面所には歯ブラシが二本。
クローゼットにも、二人分の服。
夢の中で、阿部は何度も思った。
帰ったら、めめと家に帰りたい。
その家は、ここだった。
阿部はリビングの真ん中に立ったまま、小さく笑った。
「俺さ」
目黒を見る。
「何?」
「夢で、帰ったらめめと家に帰りたいって書いたじゃん」
「うん」
「ここだったんだね」
目黒の表情が少し緩む。
「うん」
「俺、ここに帰ってきたかったんだ」
目黒は何も言わず、阿部の手を握った。
阿部も握り返した。
事前に警察へ相談はしていた。
これまでの付きまとい。
加工された写真。
阿部への暴言。
目黒への強引な接触。
自宅を知られていること。
そして、今日家へ来る可能性が高いこと。
未来のことは話せない。
だから、今までに起きていた事実だけを伝えた。
事務所も記録を出してくれた。
玄関は開けない。
来てもドアホン越しに対応する。
会話は残す。
危険を感じたら、すぐに警察へ連絡する。
決めたことは、それだけだった。
でも、あの日とは何もかも違う。
予定していた時間が近づく。
阿部はソファに座り、目黒は隣、岩本は少し離れたところにいる。
誰もテレビをつけようとはしなかった。
時計の秒針が、静かな部屋に大きく響く。
阿部は何度もスマホを確認した。
あと十分。
あと五分。
それでも何も起きない。
「時間、違ったかな」
阿部が呟く。
岩本が答えた。
「多少ずれることはあるんじゃない?」
「そうだよね」
目黒が手を握る。
「来ないなら、それが一番いい」
来なければいい。
二度と来なければ。
そう願う一方で、今日来なかっただけなら、明日かもしれない、来週かもしれないという不安も残った。
その時。
インターホンが鳴った。
短い電子音が静寂を切り裂く。
全員の身体が止まる。
阿部の肩が跳ね、喉が狭くなった。
握っていた目黒の手に、無意識に力がこもる。
「……来た」
目黒が立とうとする。
「俺が見る」
阿部は首を振った。
「一緒に」
二人でモニターの前へ行く。
岩本も少し後ろから近づいた。
画面をつける。
一瞬、映像が乱れた。
そのあと、女優が映った。
あの日と同じ顔。
服も髪型も覚えている。
画面の中の女優は、こちらを見上げ、口元だけでわずかに笑っていた。
玄関が開いたあとの光景が、頭の中に蘇る。
扉の向こうの空気。
女優の目。
手に光る刃物。
腹部に走った熱。
膝から力が抜けかけた。
「あべちゃん」
目黒の声が遠く聞こえる。
阿部は目黒の手を探し、握り直された温度に縋った。
「……いる」
「めめ、いるよね」
「いる」
「照も」
「いるよ」
岩本の声が、低くはっきり届く。
阿部はゆっくり息を吐き、震える指を通話ボタンへ伸ばした。
一度押し損ねたが、目黒が手を添える。
「ゆっくりでいい」
阿部は頷き、通話ボタンを押した。
「はい」
女優が顔を上げる。
『阿部さん?』
その声を聞いた瞬間、背中を冷たい汗が流れた。
それでも、阿部は逃げなかった。
「何ですか」
『少し話せない?』
女優の声は穏やかだった。
その穏やかさが、かえって不気味だった。
「ここでなら」
『玄関、開けてくれない?』
「開けません」
『どうして?』
「話ならここで聞きます」
画面の向こうで、女優が一歩玄関へ近づいた。
『目黒くん、いないんでしょ?』
隣で、目黒の拳が固くなる。
阿部はそのまま答えた。
「います」
女優の顔が固まった。
『……え?』
「ここ、俺とめめの家なんで」
『でも今日、阿部さん一人だって』
何で知っているのか。
その疑問が一気に押し寄せる。
阿部は目黒の手を強く握った。
「一人じゃないです」
『ちょっとだけでいいの。二人で話したい』
「嫌です。開けません」
『私、あなたにちゃんと話しておきたいことがあって』
「ここで話してください」
女優の口元から、少しずつ笑みが消えていく。
『……そんなに警戒しなくてもいいじゃない』
阿部の背中が壁に触れた。
目黒が肩を支える。
「あべちゃん、ここにいる」
阿部は小さく頷いた。
『目黒くんのことなんだけど』
やはり、その話だった。
『あなた、本当にこのままでいいと思ってる?』
阿部は答えない。
『目黒くん、ずっとあなたのことで大変そうだった』
同じ言葉が、少しずつ始まる。
『いつも心配して。面倒見て。仕事でもあなたのこと気にして』
目黒が隣にいる。
これは彼女の言葉で、真実ではない。
それでも、一度心を壊した言葉だった。
『あなたがいるから、目黒くん疲れてるんじゃない?』
目黒が通話機へ近づこうとする。
阿部は、ほんの少し首を振った。
まだ、自分で言いたかった。
「それ」
声は震えたが、続けた。
「あなたが決めることじゃないです」
女優が黙る。
「めめがどう思ってるかは、めめが決めます」
『でも目黒くんは優しいから。あなたに言えないだけでしょ?』
「それも、あなたが決めることじゃない」
女優の顔が歪む。
『あなた、本当に分かってないんだね』
声が強くなる。
『あなたがいるせいで、目黒くんがどれだけ損してると思ってるの?』
目黒が阿部の隣から話した。
「俺のことを勝手に決めないでください」
女優が息を呑む。
『目黒くん……』
「俺はあべちゃんと一緒に住んでます」
『それは阿部さんが』
「俺が決めたことです」
目黒の声は静かだった。
「これからも一緒にいるつもりです」
『でも』
「あなたがどう思っても、それは変わりません」
女優は黙り込んだ。
阿部は隣を見る。
目黒もこちらを見ている。
怖さは消えない。
それでも、一人ではなかった。
しばらくして、女優がまた話し始める。
『……そうやって』
声から穏やかさが消えていた。
『阿部さんがいるから言わされてるんでしょ』
阿部は、もう驚かなかった。
何を言っても、この人には届かない。
自分の欲しい答えしか聞こうとしていない。
『あなたがいなければ』
その言葉に、阿部の身体が固まる。
『目黒くんはもっと楽になれるのに』
指先が冷たくなる。
目黒が気づいた。
「代わる?」
阿部は首を振った。
最後まで聞く。
『メンバーだってそうでしょ? あなたがいなければ』
心臓が速くなる。
目の前に、あの日の玄関が重なった。
そして、同じ言葉が来た。
『あなたが消えれば、全部丸く収まるのに』
阿部は目を閉じた。
ほんの一瞬だけ、全部忘れたいと思った自分を思い出す。
誰にも会いたくない。
仕事もしたくない。
一人で生きたい。
もう、自分がどうなってもいい。
けれど、その先も知っている。
カフェ。
佐久間との本。
康二の写真。
ラウールとの数学。
舘さんのご飯。
翔太の怒った顔。
ふっかの涙。
照の言葉。
九人で歌った声。
めめの手。
全部を思い出したまま、阿部は目を開けた。
「消えません」
女優の表情が止まる。
「俺、消えないです」
声は震えていたが、途切れなかった。
「怖いこともあるし、仕事が嫌になることもあると思う。めめと喧嘩することだってある」
目黒が阿部を見る。
阿部はその視線を受け止めた。
「でも、俺はここでめめと暮らします」
「みんなと仕事もする」
「生きるかどうかを、あなたに決められたくない」
女優の顔が大きく歪んだ。
『開けて』
「開けません」
『開けてよ!』
突然、玄関の扉が叩かれた。
音が家中に響き、阿部の肩が跳ねる。
二度目の衝撃で、扉の金具が震えた。
阿部の呼吸が乱れる。
目黒が身体を寄せ、肩を抱いた。
「もう話さなくていいよ」
『話終わってない!』
また扉が鳴った。
『阿部さん!』
女優の声が、ドアホン越しではなく扉の向こうから直接響く。
岩本はすでに警察へ連絡していた。
「住所は伝えています。女性が玄関前で騒いでいて、扉を叩いています。刃物を持っている可能性があります」
その言葉に、阿部の身体が強張る。
可能性ではない。
知っている。
女優が画面の中で鞄へ手を伸ばした。
ファスナーが開く音がする。
あの日、そこから刃物が出てきた。
「……めめ」
「見なくていい」
けれど、阿部の視線はモニターから離れなかった。
女優の手が鞄の中へ入る。
「……刃物」
阿部の声が裏返る。
「鞄の中、刃物……」
目黒が視界を遮るように立った。
「俺がいる」
扉が再び叩かれる。
阿部の膝が折れかけ、目黒が抱き止めた。
「もう話さなくていいよ」
阿部は素直に頷き、震える指で通話を切った。
画面が暗くなる。
それでも、扉の向こうの音は消えなかった。
「もうすぐ来る」
岩本が言った。
「警察、向かってる」
「どれくらい?」
目黒が聞く。
「近くまで来てる。あと少し」
その少しが、永遠のように長かった。
扉を叩く音と女優の叫び声が続く。
阿部の身体は、そのたびに跳ねた。
目黒は握った手を離さない。
「あべちゃん、俺を見て」
「……無理」
「じゃあ、手だけでいい。ここにいるから」
阿部は目黒の指を握り返した。
岩本が警察へ伝える声も聞こえる。
それだけが、現実へ繋がる糸だった。
やがて、遠くからサイレンの音が聞こえた。
女優の声が止まる。
サイレンが家の前で止まり、外から警察の声が響いた。
「警察です!」
女優が叫ぶ。
『違う! 私はただ話を!』
「鞄から手を出してください!」
「刃物を置いて!」
その言葉に、阿部の全身が凍った。
やはり持っていた。
金属が触れ合う音がする。
女優の荒い息。
警察の鋭い制止。
何かが落ちた。
カラン、と硬い音が響く。
目黒が阿部を抱きしめた。
「見なくていい」
阿部は目を閉じた。
外で女優が泣き叫び、警察の声が重なる。
「手を後ろに!」
「抵抗しないでください!」
「刃物から離れて!」
足音が乱れ、手錠の金属音が小さく響いた。
その瞬間、阿部の脚から力が抜けた。
目黒が支える。
阿部はそのまま、目黒にしがみついた。
「……怖かった」
「もう終わるよ」
「ほんとに、いた。刃物も」
「分かってる」
「俺、刺されなかった」
言った瞬間、涙がこぼれた。
「刺されなかった。生きてる」
目黒も声を震わせながら、阿部を抱きしめる。
「生きてるよ」
玄関の外では、まだ警察の声がしている。
けれど、もう扉を叩く音はしなかった。
阿部は目黒の服を握りしめたまま、少しずつ呼吸を取り戻していく。
岩本が通話を終えた。
「確保された」
その声を聞いて、阿部は目を閉じた。
今度は意識を失わない。
目黒の手を握ったまま、ここにいる。
生きている。
そして、扉は開かなかった。