「あの、クレハ様。本当に私たちだけで行くのですか?」
「ダメかな? この鳥を届けるだけだし……西オルカ通りならウチからそんなに遠くないしね」
リズが一緒なら大丈夫だと思ったのだけど……。リズはふたりで町へ繰り出す事に乗り気ではないようだった。赤い鳥は最初に暴れていたのが嘘のように、私の肩の上で大人しくしている。
「やっぱり誰か大人についてきて貰った方が……」
「あれ? クレハお嬢様とリズちゃん」
「ジェフェリーさん!?」
屋敷の裏口付近でうろうろしていた私たちに、誰かが声をかけてきた。それは庭師のジェフェリーさんだった。
「ジェフェリーさん、今日はお仕事お休みじゃなかったんですか?」
リズに言われてよく見ると、彼は屋敷で仕事をしている時の作業着ではなく私服姿だった。
「そうだよ。日用品の買い出しに行ったその帰り。途中で良さそうな花の苗を見つけたから、お屋敷の花壇にも植えようと思って持ってきたんだ」
ジェフェリーさんは抱えていた紙袋を私たちの前に差し出した。中身を覗かせてもらうと、数個の蕾を付けた苗が入っていた。
「わぁ……また楽しみが増えましたね。どんなお花が咲くんでしょうか」
「ところでお嬢様。さっきから気になっているんですけど……その肩に乗ってる派手な鳥は何なんですか? それに、こんな人気の無い場所で、おふたりは何をなさってるんです?」
「……迷子の鳥を届けるためですか。それでオルカ通りに行こうとしていたと」
私たちから事情を聞いたジェフェリーさんは、顎に手を添えて考えるような仕草をしながら唸っている。
「お嬢様、俺もリズちゃんと同意見です。女の子ふたりだけで町に行くなんて危ないですよ」
「ええぇ……」
リズがほら見たことか、という表情をしている。
「最低でも誰か大人に同行して貰って下さい。分かりましたか?」
「…………」
「クレハお嬢様、どうして黙っているんです?」
「ああ……そういえば目の前にいますね。もの凄く素敵な大人が……」
ぼそりとリズが呟いた。私と考えている事が同じなようだ。
「ジェフェリーさん、お願いがあるんですけど……」
「おふたり共、絶対に俺から離れないで下さいね! 迷子になったら大変ですから」
ジェフェリーさんは私たちと手を繋ぎながら、人混みを避けるように通りを進んでいく。西オルカ通りは、王都『エストラント』のメインストリートのひとつなので人も多く賑やかだ。本屋さんにお花屋さん……向こうにはアイスクリームの屋台がある。気になるお店がたくさんあって目移りしてしまう。今日の目的は保護した鳥を無事に家に返してあげる事だ。我慢しなきゃ。
人が多いので少し心配だったけど、鳥は騒ぐ事も無く、静かに私の肩の上に乗っている。
「ジェフェリーさん、あの……今更なんですけど無理言ってごめんなさい。せっかくのお休みだったのに付き合わせてしまって……」
「ああ、気にしないで下さい。買い出しも終わったし、後は家に帰るだけで暇でしたので。それに、俺もこの鳥の飼い主がどんな人なのかちょっと気になりますしね」
「クレハ様! ここですよ。西オルカ通り35番」
リズが指さしている方向を見ると、そこには一軒のカフェが建っていた。
カフェ『とまり木』
黒と白を基調とした外観は落ち着いた雰囲気でとても私好みだ。入り口の横にあるメニュー看板には、旬のフルーツを使ったケーキやタルトが可愛いらしいイラスト付きで紹介されている。
「いいなぁ……美味しそう」
「ありゃ、休業中って書いてありますね」
ジェフェリーさんが後ろから覗き込んできた。メニューに気を取られていたが、その隣に休業中の看板も出ていたようだ。
「どうします? また出直しますか」
軽症とはいえ鳥は怪我をしている。早く安心できる場所に帰してあげたい。店自体は休業でも誰かいるかもしれない。私はダメ元で入り口の扉に手をかけた。
カラン……
控え目にドアベルの音が鳴り、扉がゆっくりと奥へ開いた。
「開いてる……」
「クレハ様!?」
ジェフェリーさんとリズが心配そうにこちらを見ている。私はそんなふたりの視線を振り切って体を半分ほど店の中へ入れて様子を伺う。店内は薄暗く、人の気配は感じられない。でも鍵は開いていたのだから誰かいるはずだ。思い切って店の中へ呼びかけてみることにした。
「すみませーん! どなたか、いらっしゃいませんかー!! すみませーん!」
ガタッ……
いま微かに物音がした。やっぱり誰かいるようだ。
ガタン……ガタッ……
だんだん音が大きく近くなってくる。
「おっかしーな……休業の看板出し忘れたか……ちょっと! あなたは出ていかないで下さいよ!」
人の声だ。私たちが声のした方向を注視していると、奥から人影が現れる。
出て来たのは若い男の人だった。歳はジェフェリーさんと同じか、少し上くらいに見える。短く綺麗に整えられた灰色の髪に、明るい茶色の瞳……銀色の華奢な眼鏡をしている。それは、彼の精錬された容姿にとてもよく似合っていた。男性は私たちの姿を認めると、困ったような表情をして話しかけてきた。
「申し訳ありません、本日は休業日となっております。こちらのミスで休業の看板を出していなかったようで……」
彼はこの店の従業員のようだ。私たちを休業と知らずに来店した客だと思っている。
「せっかくお越し下さったのに恐縮ですが、日を改めていただけますようお願い致します。こちらは使用期限無しの割引き券です。ご迷惑をおかけしたお詫びとして受け取って下さい」
男性は本当に申し訳無さそうに、懐からいくつかの紙束を取り出して私たちに差し出した。
「ちっ、違うんです!! 休業の看板はちゃんと出てました。私たちお客さんじゃありません!」
「えっ? お客様ではない……」
「はい。実はこの子を届けに来たんです。足輪にこちらの住所が書いてありましたので……」
私の頭の後ろに回り、隠れるように止まっていた鳥を指さす。その途端、彼は今までの落ち着いた様子から打って変わり、大きな声で叫んだ。
「エリス!?」
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