テラーノベル
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その日は、朝から空気が異常なほどに重く張り詰めていた。
森の結界が、外側から加えられる巨大な魔力の質量に耐えかね、ガラスが軋むような悲鳴を上げ続けている。
俺は屋敷のバルコニーに立ち、静かにワイングラスを置いた。
視線の先、森の境界線には、黄金の鎧に身を包んだ『聖域』のギルド長・バルトスを筆頭に
数百人の精鋭冒険者
そして国から借り受けた魔導重騎士団が、蟻の這い出る隙もないほどの軍勢を成していた。
かつての仲間。
いや、俺を「便利な使い捨ての魔力源」としてしか見ていなかった連中が
自分たちの無能で崩壊しかけたギルドを立て直すため、身勝手な正義を掲げて押し寄せてきたのだ。
「ゼノン! 出てこい! お前が去り際に仕掛けた嫌がらせのせいで、ギルドの機能は麻痺し、大陸の治安は乱れている! 速やかに戻り、術式を修復しろ! さもなくば、反逆者としてその娘共々、極刑に処すことになるぞ!」
バルトスの拡声魔法が、森の木々を震わせる。
修復しろ、だと? 笑わせるな。
俺はただ、俺が十年間維持してきた付与を「解除」しただけだ。
支えを失った砂の城が崩れるのは、物理法則というものだろう。
「…………」
俺の傍ら、ルナが静かに一歩前に出た。
彼女の周囲では、物理的な温度が急激に低下し、大気中の水分が結晶化してキラキラと舞い落ちる。
足元の影は、もはや屋敷全体を飲み込むほどに巨大で、深い深淵のように脈動していた。
「ルナ。……準備はいいか」
俺が問いかけると、ルナは迷いのない、澄み渡った青い瞳で俺を見上げ
小さく、けれど岩をも砕くような確固たる意志を込めて頷いた。
「よし。……あんな薄汚いガラクタの山、お前に見せる価値もない。一瞬で終わらせるぞ」
俺は指先をパチンと鳴らし、この屋敷に隠居したあの日から、密かに編み上げていた『最終術式』を起動させた。
「な、なんだ!? 結界が……いや、空が割れるぞ!? 何が起きているんだ!」
バルトスの驚愕の叫びを、上空から降り注ぐ圧倒的な純白の光が飲み込んだ。
俺が十年間、ギルドの壁や床
さらには奴らの武具にさえ無意識のうちに刻み込ませていた「重合術式」。
それは俺という「制御キー」を失った瞬間から、周囲の魔力を吸い上げ
この屋敷の防衛機構へと転送する特大の「吸魔回路」へと変貌していたのだ。
「全付与(オールオーバーライド)──『神域の繭(コクーン)』」
俺が解き放った膨大な魔力は
ルナを核として、彼女の『冷却』と『影』の権能を数万倍に増幅、加速させる。
一瞬。
文字通り、瞬きするほどの間だった。
森を埋め尽くしていた数千の軍勢は、逃げる暇も、恐怖を叫ぶ暇さえ与えられなかった。
ルナが放った影の波が森全体を覆い尽くし、次の瞬間には
そこには無数の「影の彫像」が立ち並ぶ静寂の世界が広がっていた。
極低温の影が彼らの時間を凍結し、体内の魔力源を根こそぎ奪い去る。
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