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「え……?」


あまりにも思いがけない返事に、言葉が出てこない。

ぽかんと口を開けたまま呆然とするルシンダに、クリスが優しく語りかける。


「……僕には、どうしても叶えたい願いがある。それを叶えるために、学ばなくてはならないことがあるんだ。だから、ロア王国へ行く」

「そんな……」


まさか、クリスが他国へ行ってしまうなんて思いもしなかった。

今日やっと二人で話すことができて、これからまた毎日という訳にはいかなくても、もう少し頻繁に会えればいいと、そう思っていたのに。

ラス王国ではだめなのだろうか。どうしてもロア王国に行かなければならないのだろうか。


「この国では学べないことなんですか……?」


この国にいてほしい。遠くには行かないでほしい。

しかし、クリスの決意は固かった。


「そうだ。ロア王国で学ぶのが一番なんだ」


ルシンダは、ふと一つの可能性に思い至った。


「……もしかして、私の戸籍を移したのは、そういう理由だったんですか? クリスがいなくなってしまうから、私があの屋敷で一人ぼっちにならないようにって……」


だからルシンダがフィールズ公爵家の養女になれるようにしてくれたのだと、そう思ったのだが、クリスは曖昧に笑った。


「……いや、どちらかと言うと順序は逆だな」

「逆……?」

「ああ。僕の両親が国を裏切ろうとしているのが分かったから、今回の計画を立てたんだ」


計画というのは何なのだろう。

ルシンダは黙ったまま、クリスが話してくれるのを待った。


「……両親の企てに気づいた時点で、彼らが実行できないように手を打って未然に防ぐこともできた。でも、そうしなかった。彼らが事件を起こして失敗してこそ、開かれる道があったから。だから彼らを泳がせ、事を起こさせた」


淡々と語っていたクリスの声が、しばらく止まる。


「……ただ、両親を唆した奴が、学園の教師として紛れていたのには気づけなかった。そのせいで、ルシンダに苦しい思いをさせてしまった。本当にすまなかった」


謝るクリスのほうがよほど辛そうに見える。


「いえ、私のほうがずっとたくさんサイラス先生と過ごしていたのに、全然気づきませんでしたから……。でも、なぜクリスは事件を起こさせようと?」

「……そうなれば、国への裏切り行為と聖女に関する条例違反を犯したんだ、両親は爵位を許されなくなり、きっと誘拐を防いだ僕が爵位を引き継ぐことになるだろうと思った。それに、聖女であるルシンダの安全のために、より力のある家門の一員になることが認められるだろうと」

「……!」


つまり、クリスは両親が聖女の誘拐事件に加担して失敗することで、自分の爵位継承とルシンダの公爵家入りが実現すると踏んだ。だから事件を未然に防ぐより、実行に移させることを選んだ。そういうことだ。


そういえば、前にライルと話したときに、クリスが副会長の仕事に関する詳細な資料をすでにまとめてくれていたと聞いた。きっともう、ずっと前からこの流れを考えていたんだろう。


「……そこまでして叶えたい願いなんですね」

「ああ、僕の唯一の願いだ」


そう答えるクリスの声と眼差しに、何かに焦がれるような熱を感じる。その艶っぽさにドキドキしてしまって、ルシンダは慌てて目を逸らした。


「わ、分かりました。クリスに叶えたい願いがあることも、私のためを思ってくれていたことも。……でも、最初は本当にショックだったんですからね。クリスと兄妹ではなくなってしまうこと」


少しだけ拗ねてみせると、クリスは何か考えるように唇に手を当てた後、静かに言った。


「……僕は、嬉しかったよ。ルシンダと兄妹ではなくなって」

「え……?」


予想外の返事に、ルシンダは言葉を失う。


兄妹ではなくなったことが、嬉しい?

一体どういうことなのだろうか。


クリスが自分にとって大切な兄だったように、自分もクリスにとって大切な妹のはずと思っていた。

だって、クリスはいつも優しくて温かかったから。

でも、それは都合のいい勘違いで、本当は憎まれていたのだろうか。偽者の妹のくせに、と。


不安のせいか冷たくなったルシンダの頬に、クリスがそっと触れる。


「初めは、実の妹の分までルシンダのことを守って、良き兄妹になろうと思っていた。だが、いつからか兄妹ではない別の関係を求めるようになってしまった。ルシンダに兄ではなく、一人の男として見てほしいと願うようになってしまった」


クリスの長い指がルシンダの頬を優しく撫でる。


「だから、”ルシンダの兄”という肩書きから解放されて、今はとても晴れやかな気分なんだ」

「クリス……?」


クリスの言葉は一言一句すべて聞こえているのに、頭が追いつかない。ただ、クリスを見つめることしかできない。


「……ルシンダ、僕は明日この国を発つ。そしてしばらく帰らない。だから最後に僕の願いごとを聞いてほしい」

「ねがいごと……?」


おうむ返しで呟くと、クリスが切なげに目を細めた。


「勝手な願いだと分かっているが……僕を忘れないでいてほしい。僕の帰りを待っていてほしい。──僕より大切な人を作らないでほしい」


三つの願いごとを告げた後、クリスはルシンダの頬を両手で包み込む。そして、そのままルシンダの額に口づけた。

ルシンダの瞳が大きく見開かれる。


「返事は聞かないでおくよ。……また会う日まで、さようなら、ルシンダ」


最後にそう言い残して、クリスが去っていく。


幼い頃、ルシンダの兄になってくれたけれど、今は兄ではなくなった人。

もう、一人の男性としてしか見られなくなってしまった人。


心臓が早鐘を打つのを感じる。胸が苦しい。

息もできないほどの驚きと切なさを感じながら、ルシンダは遠ざかっていくクリスの後ろ姿を呆然と見つめた。


そして、ルシンダがホールに戻ると、クリスの姿はもう会場のどこにも見当たらなかった。



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