テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私は脚の上でぎゅっと両手を組んだ。一度は飲み込もうとした疑問と共に、どうして私にキスをしたのか、彼に確かめずにはいられなくなっていた。私は喉の奥から声を絞り出す。
「諒ちゃんが、元カレに言った言葉……」
「言葉?」
「昔からずっと、って言ったでしょ」
「ん」
「あれって、何?」
諒の横顔がぴくりと反応を見せる。
「……気になる?」
「気になるっていうか……」
私は目線を足下に落とした。私の本心に諒が気づいたりしませんようにと祈りながら、言葉を選びつつ話し出す。
「どうしてあんなことを言ったのかな、ってすごくびっくりしたの。だって、私を助けるつもりで言ったにしては、あまりにも真に迫っていたんだもの。諒ちゃんの言葉をうっかり信じてしまいそうになっちゃった。そんなこと、あるはずないのにね」
話し終えてそっと顔を上げた時、諒と目が合った。彼のキスを受け入れてしまったことが急に恥ずかしく思えてきて、いたたまれない気持ちになった。
「ごめんなさい。今のは忘れて。そろそろ帰ろう」
ひとまず今は諒の傍から離れたくて、私は立ち上がろうとした。しかし、私の腰に諒の手が回り、ぐいっと彼の傍に引き戻されてしまった。
彼は私の耳元で囁く。
「信じてくれていいんだ」
「え?」
「あれは、本当のことなんだよ」
「本当の、こと?」
私はのろのろと顔を上げて、ぼんやりとした目で諒を見つめた。
「お前の元カレに言ったことは、全部俺の本当の気持ちだってことだ」
「嘘だ……」
「嘘じゃない。信じてくれ」
「だって、今までそんな素振り、見せたことないじゃない。それじゃあ、恋人役とかいう話は、いったい何?」
「あれは半分本気で半分嘘」
「どういう意味?」
諒は私の背を撫でながらに弱々しく微笑む。
「付きまとわれているってのは嘘じゃない。だから、恋人のふりをしてほしいってお前に言ったんだけど、本心ではそうやって周りから固めて、最終的には瑞月を俺の本当の恋人にしたいと思ってた」
「どうしてそんな……」
呆然とする私に、諒は不貞腐れたように頬を歪める。
「だって仕方ないだろ。お前は今までずっと、俺を男として見ていなかったじゃないか。だから、せめてお前が俺を意識してくれるようになるまではって、ずっとその時を待ってたんだよ。なぁ、瑞月。今のお前の目に、俺はどう見えている?やっぱり、兄貴のような幼馴染のままなのか?」
諒は私の答えを待っている。
私は彼の顔をじっと見つめながら自問自答を繰り返す。最近になって気づいたこの想いを彼に隠す必要はないということか、また、彼はそれを受け入れてくれるということなのか、と。
彼は、私が黙り込んでいた理由を誤解して捉えてしまったようだった。ふっと自嘲するようなため息を吐き出し、私の腰に回していた腕を解くと、顔をうつ向かせたままゆっくりと立ち上がった。
「困らせてしまったな。悪かった。今の話は忘れてくれ。……さて、そろそろ戻ろうか」
「待って!違うの!」
歩き出そうとしていた諒の袖口を捉えて、私は彼を引き留めた。
彼はのろのろとした動きで、再び私の隣に腰を下ろした。緊張した面持ちで、私の顔をのぞき込む。
「違うって、何が?」
私は彼から目を逸らし、小声で言う。
「見えてるから」
「何が?」
「だから、今はもう、諒ちゃんは男の人に見えてるから」
諒が息を飲む気配を感じた。
「それなら」
彼はおもむろに口を開き、手を伸ばして、私の顔を包み込んだ。
「お前は俺のことをどんなふうに思ってる?好きか嫌いかで言ったら、どっちだ?」
「……嫌いじゃ、ないよ」
「それは、好きっていう意味だと思っていいのか?」
私は目を上げてこくりと頷いた。
私の表情の動きを一瞬たりとも見逃すまいとするかのように、諒の目は真っすぐに私を向いている。そこには真剣だが優しい光が浮かんでいた。
彼は私の言葉を一語一語補足するかのように訊ねる。
「俺のことを、男として、好きだと思ってる、ってことか?」
「……うん」
「瑞月。『好き』なんて言葉だけじゃ足りないくらい、俺はお前を愛している。俺の『本当の恋人』になってくれるか」
「だけど……」
心の揺れを反映するかのように、彼を見上げる私の瞳は揺れた。諒は端正な容姿の持ち主である上に、ドクターという肩書を持っている。そんな彼に自分が釣り合う女なのか、全然自信がない。
「本当に私でいいの?私は美人でもないし、色っぽくもないよ。諒ちゃんの役に立てるような資格も、交友関係も、何一つとして持ってないんだよ」
「何言ってんだよ」
諒は呆れたように笑う。
「自覚がないっていうのは、本当に困るよな。他の男の目から隠したいと思うくらい、お前は十分に綺麗で美人だし、これ以上ないってほど色っぽいよ。それに俺は、お前に役に立ってほしいなんて思っていない。ただ俺の傍にいてほしいだけだ。俺は、お前がいいの。ずっとずっと好きだった、瑞月がいいんだよ」
諒の真摯な想いを受けて胸がいっぱいになる。
「本当に?」
「あぁ、本当だ」
彼に言いたいことはたくさんあるはずなのに、言葉が詰まって出てこなかった。だから私は言葉の代わりに彼の体に腕を回し、想いを込めてぎゅっと抱き締めた。
諒もまた私を抱き締め返し、そして囁く。
「今夜はこのままお前の部屋に行きたい」
「で、でも……」
彼の言葉が嬉しくないわけではない。けれど多忙な彼の体のことが心配なのも確かだ。
「諒ちゃんは明日、仕事でしょ?忙しいんでしょ?激務が待ってるんじゃないの?」
「両思いだってことが分かったんだ。お前を抱きたい」
あっという間に顔が熱くなった。私は諒に文句を言う。
「言い方がストレートすぎるよ」
「だって嬉しくて仕方ないんだ。本当は今すぐにでも、お前をめちゃくちゃ優しく愛したい。それを相当我慢してるんだからな」
諒は優しく言いながら私の耳に歯を立てた。
熱を伴った彼の想いに抵抗できなくなる。
「来客用が空いていなかったら、車は近くのパーキングに止めることになるよ」
「問題ない。最初からそうするから」
「明日の仕事、本当に大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。明日は少しゆっくり出勤していいんだ。だからもう帰ろう」
諒は笑みを浮かべ、私の手を取って立ち上がった。
展望広場を出て、諒は私のマンションに向かって車を走らせた。言っていた通り、マンション近くの有料駐車場に車を止める。
車から降りて、私たちは寄り添って歩く。
途中、諒が私の手を取り指を絡めた。
「こういう繋ぎ方、子どもの頃は知らなかったよな」
「恋人繋ぎね」
私もまた彼の指に自分の指を絡め、笑顔で視線を交わし合った。
537