朝は、やけに白い光だった。
まぶしくて目を細める。
いるまはリビングの床で目を覚ました。
いつの間にか眠っていたらしい。
すぐ隣に、らんが丸くなって寝ている。
静かな呼吸。
その音に、現実へ引き戻される。
(……夢じゃない)
昨夜、全部思い出した。
忘れていたんじゃない。
しまい込んでただけだった。
コップの水を飲む。
手はもう震えていない。
その代わり、胸の奥が重い。
思い出したのは「怖さ」だけじゃない。
あの日の続きもだった。
―――過去
玄関の外が騒がしかった日。
いつもと違う声。
知らない大人の気配。
ドアが開いたとき、
一番最初に感じたのは「怖い」じゃなくて
分からないだった。
「大丈夫だからね」
知らない人の言葉。
その意味が、本当に分からなかった。
大丈夫、って何。
ここ以外に場所があるの?
外に出たとき。
空がやけに広かったのを覚えている。
眩しくて、足元がふらついた。
車に乗せられて、毛布をかけられた。
優しくされることに、体がついていかなかった。
「もうあそこには戻らないよ」
そう言われても、信じられなかった。
だって“毎日続くもの”だと思ってたから。
終わるなんて、考えたこともなかった。
新しい場所は静かだった。
静かすぎて、逆に怖かった。
物音がしない夜は、
「次に何か起きる前触れ」に思えて眠れなかった。
その頃のいるまは、
助かった子どもじゃなくて、
まだ終わってない子どもだった。
―――現在
「……そっか」
いるまは小さくつぶやく。
助けられた瞬間が“救い”だったわけじゃない。
あの日から、少しずつ「終わっていった」んだ。
時間をかけて。
何年もかけて。
「起きてたの?」
らんが目をこする。
「今な」
「顔、つかれてる」
「お前もな」
少し笑う。
朝ごはんを作りながら、いるまは考える。
あの頃の自分は、
“もう安全だ”って覚え直すのに時間がかかった。
今、らんが通ってる道と、同じだ。
違うのは一つだけ。
今は一人じゃないってこと。
食卓で、らんが言う。
「思い出した後って、変な感じするね」
「現実が二つあるみたいだろ」
「わかる」
少しの沈黙。
らんが味噌汁を見つめたまま言う。
「でもさ」
「ん」
「前のこと全部だったら、今ここまで来てないよね」
いるまは手を止める。
「どういう意味だ」
「生きてるし、ここにいるし」
らんは真っ直ぐ言う。
「それ、途中で誰かが止めてくれたってことじゃん」
いるまは少し目を伏せる。
助けられた側だった自分。
今は、隣にいる側になってる。
あの時の“大人”がしたことを、
形は違うけど、繋いでるのかもしれない。
「なあ、らん」
「ん?」
「怖いの思い出してもさ」
「うん」
「終わらなかった証拠でもあるんだよな」
らんは少し考えてから、うなずく。
「続いてる証拠」
朝の光が部屋に入る。
夜に戻った過去は、まだ消えない。
でもその隣に、
今の生活の音がちゃんとある。
食器の音。
会話の声。
窓の外の車の音。
全部、“今”の音。
いるまは思う。
(あの日、外に出た俺は、ここまで来た)
なら。
らんも、きっと来れる。
無理に急がなくていい。
でも、道は続いてる。
「今日はどうする」
いるまが聞く。
らんは少し迷ってから言う。
「家の前、もう一回出てみる」
「分かった」
即答。
二人は立ち上がる。
過去は後ろにある。
でも今は、前に進く途中。
小さな一歩でも、それは“外へ向かう足”。
あの日、ドアの外に出た子どもは。
今、誰かと一緒に歩いている。
玄関のドアノブに手をかける前。
らんは一度、深呼吸する。
前に出られたのは事実。
でも今日は「二回目」。
できた記憶がある分、
逆に「できなかったらどうしよう」も出てくる。
「……いけるかな」
小さな声。
後ろから、いるまの声。
「昨日も同じこと言ってた」
らんが振り返る。
「そだっけ」
「そんで出れた」
それだけ。
励ましじゃなく、事実の確認。
らんは少し笑う。
「じゃあ今日もそれでいこ」
ドアを開ける。
冷たい空気。
前より心臓は静か。
でもゼロじゃない。
一歩。
二歩。
家の前の道路に立つ。
車が遠くを通る音。
鳥の声。
らんは肩に力が入っているのに気づいて、ゆっくり下げる。
「……外の匂い、前より平気」
「慣れだな」
いるまは横にいる。
触れてない。
でもすぐ支えられる距離。
数分、何もせず立っている。
ただ外にいる練習。
それだけなのに、体はちゃんと疲れる。
「座っていい?」
「壁ある」
家の外壁に背中をつけて、二人並ぶ。
空が広い。
らんがぽつりと言う。
「ねえ」
「ん」
「いるまがさ、外出た日あったじゃん」
「……ああ」
過去の話。
「怖かった?」
いるまは少し考える。
「怖いより、分かんなかった」
正直な答え。
「終わったって言われても、終わった感じしなかった」
らんがうなずく。
「ぼくも、そんな感じ」
沈黙。
でも重くない。
「でも今は分かる」
いるまが続ける。
「終わった後の時間の方が、長くなってきた」
らんはその言葉をゆっくり聞く。
「ぼくも、そうなる?」
「なる」
即答。
らんは空を見上げる。
「今日、もうちょっと歩いてみる?」
いるまは少しだけ目を細める。
「角までか」
「うん」
短い距離。
でもらんにとっては遠い。
歩き出す。
足音がアスファルトに響く。
心臓が少し速い。
途中でらんの呼吸が浅くなる。
足が止まる。
「……いるま」
「いる」
その一言で、また一歩出る。
角が見える。
あそこまで行けば「前より遠く」。
らんの手が少し震えている。
でも戻らない。
数歩。
そして。
「……ついた」
角の電柱に触る。
現実の感触。
「できた」
声が小さく震えてる。
「見てた」
いるまの声は落ち着いている。
らんはその場でしゃがみこむ。
疲れたけど、顔は少し明るい。
「世界、ちょっと広がった感じする」
「実際広がってる」
帰り道は少し楽。
家が見えると、らんの表情がやわらぐ。
「帰れる場所あるの、ずるいね」
「ずるくていい」
玄関に入った瞬間。
らんは大きく息を吐く。
「はぁー……」
「よくやった」
短い言葉。
でも本物。
らんは靴を脱ぎながら言う。
「次はコンビニ…はまだむり」
「急がなくていい」
「うん」
家の中の空気がやわらかい。
外へ出て、ちゃんと戻ってきた。
それだけで、今日の世界は少し違う。
過去は後ろにある。
でも今は、前に進んだ分だけ増えていく。
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尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い♡ (´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`) なぜか知らんが、泣けてくる...






