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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

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木風
791
#サレ妻
都築七美
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二十一時、会場の照明を落とした。
スクリーンだけが白い。美咲が操作卓の前に立ち、私は司会台に立った。一昨日は主賓席から見た。今日は、司会台から見る。
一番後ろの席に、一ノ瀬が座っていた。濃紺のスーツ。何も言わずに、座っていた。本当の進行表を、膝の上に置いて。
「通します」
美咲が言った。
画面が、暗くなった。
『3/14』
二秒。
『出会い。彼、『合宿』って言って来てくれた』
司会台から見ると、スクリーンは斜めに見える。正面には、主賓席がある。主賓席の顔と、スクリーンの字幕が、同時に見える位置。この位置を、私は十年、使ってきた。新郎の顔と映像を、同時に見る位置。
『4/5』『初デート。彼、残業って言ってた♡』
『6/20』『彼、奥さんは魚嫌いなんだって。私は好き』
『9/4』『誕生日の次の日♡』
『10/10』『彼の『ゴルフ』の日♡』
『10/14』『彼のおうち♡ 奥さんのエプロン借りちゃった』
『10/20』『式場の下見♡ 奥さんは今日休みだって』
『11/15』『マンスリーって嘘ついて、私の部屋に♡』
黒。
『奥さんから取り戻した日 12.12』
五秒。
消えた。
会場は、暗いままだった。美咲が、照明を戻さなかった。戻す前に、私が言うことがあると、分かっていた。
「オーナー」
私は、司会台のマイクを入れずに言った。地声で、一番後ろまで届く声で。十年、使ってきた声だった。
「一つだけ、契約にないことをします」
一ノ瀬は、動かなかった。
「十八時一分。司会の名乗りです」
「……」
「本日の司会は、担当プランナーの、高梨紗英が務めます。そう言います」
暗い会場に、私の声だけがあった。
「佐倉ではなく、高梨と。本名を、名乗ります。契約書の担当者欄は佐倉ですが、人事の書類は高梨紗英です。どちらも、私です」
一ノ瀬は、しばらく黙っていた。
膝の上の進行表を、見ているようだった。暗くて、分からなかった。
「それは」
一ノ瀬の声は、低かった。
「契約違反ではない」
「……」
「名乗りは、自由だ。契約書に、担当者が何と名乗るかは、書いていない」
「はい」
「式場からは、何も足していない。足したのは、君の名前だ。君の名前は、式場のものではない」
「はい」
「やれ」
一ノ瀬は、それだけ言った。言ってから、進行表を膝の上で一度、畳み直した。
「父には」
「言わない。父は数字しか見ない。名乗りは、数字ではない」
美咲が、照明を戻した。戻してから、操作卓の電源を落とし、「秒数、合ってます」と言った。言ってから、私を見た。
「チーフ。本名で名乗ったら、桐谷さん、その場で分かりますよね。司会が、誰か」
「分かる」
「主賓も」
「目隠しが取れたら」
「それが、一番最初なんですね。映像より、花束より、指輪より前」
「一番最初。全部の前に、名前」
美咲は、うなずいた。うなずいてから、私と一ノ瀬を交互に見て、「先に、上がります。すみません」と言って、出ていった。何に対しての「すみません」なのかは、今日は分かった。
◇
会場に、二人が残った。
一ノ瀬は、一番後ろの席から、立たなかった。私は、司会台から、降りなかった。二十メートルあった。
「終わったら」
一ノ瀬が言った。
「君は、何をする」
「離婚届を、出します」
「それから」
「それから――」
私は、司会台の上に、両手を置いた。十年、置いてきた場所だった。
「……まだ、決めてません」
「決めていないのか」
「決めていないことは、初めてです。十二日の先の段取りを、一つも組んでいません。組めないので」
一ノ瀬は、進行表を、膝の上で畳んだ。
「では」
立ち上がった。
「十二日の夜に、聞く」
「……」
「式が終わって、客が帰って、灯りが消えたあとに。それ以上のことは、十二日まで、聞かない。言わない」
「……はい」
「契約書の、外だ」
一ノ瀬は、会場の後ろの扉から出ていった。扉は、閉まる前に一度止まって、それから閉まった。
私は、司会台に手を置いたまま、スクリーンを見た。白い、何も映っていないスクリーン。
十二日の夜に、聞く。
その言葉を、私は、封筒に入れなかった。封筒は、十二日に使うものを入れる場所だった。十二日の夜のものは、入れる場所が、まだない。
◇
企画室に戻って、スマホを見た。
『hinano_12』。
『明後日、私の番♡』
写真は、店の中だ。暗い照明。グラスが二つ。奥に、男の横顔。笑っている。口を大きく開けて、目を細めて。申込書の写真と、同じ笑い方。
『今日、彼が勝った日♡ おめでとう、って私が一番に言えた。明後日は、私が一番になる日』
一番に言えた。私は、今日、二番目だ。電話で「おめでとう」と言った。二番目でいい。一番目は、ひなのが自分で持ってきて、自分で投稿した。明後日、会場の全員が、この順番を知る。
私は、画面を閉じた。
閉じてから、封筒の中の進行表を出し、『18:01』の行に、小さく書き足した。
『高梨紗英』
一文字も足さない、と決めた式に、足した、ただ一つの名前だった。式場のものではなく、夫のものでもなく、私のものだった。
コメント
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うわあああ第28話…読み終わってまだ震えてるんだけど!!😭💕 紗英が司会台で「高梨紗英」って名乗る決断、めっちゃ胸熱すぎた…「契約にないことをします」からの一ノ瀬の「やれ」も短いけど信頼感じるし、二人の静かなバトルというか通じ合いというか…もう尊すぎて叫びたい!! そしてラストの進行表に書き足す「高梨紗英」がね…式場のものでも夫のものでもなくて「私のもの」って。ここで泣いた😭🌸 ひなのの投稿はもう怖さと哀しさが混ざってて、明後日の式がどうなるか胃が痛いけど、紗英の一歩を応援したいよ…!次話も待ってる!!