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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

1,510
木風
791
#サレ妻
都築七美
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金曜の午後、花屋が花束を届けに来た。
白いバラ。小さめ。札に『奥様へ』。
「珍しいですよね、やっぱり」
花屋は、箱から出して見せながら言った。
「プロポーズの会で、奥様へ。普通は、彼女さんへ、でしょう」
「ご招待の方のご希望ですので」
「そうですか。きれいにできましたよ」
きれいにできていた。白いバラが十二本。葉の緑が、札の白を引き立てていた。
私は、花束を企画室の冷蔵庫に入れた。扉を閉めるとき、札が一度、こちらを向いた。『奥様へ』。
明日、十八時三十五分。渡すのは大森部長。受け取るのは、奥様。
◇
十六時、庭。
職人が、三本の木の灯りを、最後にもう一度確かめていた。点けて、消して、点ける。黄色が、葉のあいだで三回、生まれて消えた。
「明日は十六時半に点けます」
職人が言った。
「日の入りの、少し前に。門をくぐるときには、庭の全部が黄色くなっているように」
「ありがとうございます」
「坂上さんが、二十二年、そう言ってましたから」
私は、石畳の上で、門から会場までを歩いた。三十歩。明日、目隠しの男が、この三十歩を歩く。手を引かれて。足元の黄色を、見ないで。
◇
十七時、企画室。
美咲と若林と、本当の進行表を読み合わせた。
『17:30 開場。表の担当:三浦』
「はい」
『17:50 全員着席。主賓席の隣、高梨恵子様。一番後ろ、オーナーと社長。壁際、報道』
「はい」
『18:00 入場。目隠し。三十歩。マイク、入れる』
「はい」
『18:01 司会の名乗り。高梨紗英』
美咲が、小さく息を吸った。若林の万年筆が、止まらなかった。
『18:15 映像。六十枚。最後、黒』
『18:30 大森部長の挨拶』
『18:35 花束。「奥様へ」』
『18:40 指輪。曲。『彼の大事な曲♡』』
『18:45 桐谷様、お母様の席へ』
『18:50 柴田様に、お聞きする』
『19:00 乾杯』
読み終えて、若林が顔を上げた。
「期限は、明日の十九時です」
「はい」
「この紙は、四枚。私と、三浦さんと、一ノ瀬と、佐倉さん。明日の十九時まで、誰にも見せない」
「はい」
若林は、手帳を閉じた。閉じてから、「佐倉さん」と言った。
「明日、何があっても、私は一ノ瀬の隣にいます。一ノ瀬の隣には社長がいます。社長が何か言ったら、私が先に答えます。一ノ瀬には、答えさせません」
「……ありがとうございます」
「期限内の仕事です」
若林は、出ていった。
美咲が、扉を閉めて、言った。
「チーフ、あの人、優しいですよね」
「優しいことは、言わない人」
「言わないけど、やる人」
「そう」
美咲のスマホが鳴った。
「柴田さんから。チーフ宛てだと思いますけど、私の番号に」
美咲が、画面を読んだ。
『すみません。高梨さんに「式場に電話して、奥さんが本当に休みか確認しろ」って言われて、しました。さっき。若い女性が出て、「高梨は本日お休みです」って。それ、高梨さんに伝えました。「よし」って言ってました』
美咲が、顔を上げた。
「私です」
「知ってる」
「嘘、ついてないですよね」
「ついてない。高梨は、休み」
美咲は、スマホを置いた。
「よし、って。あの人、言ったんですね」
「言った」
「よし、か」
美咲は、何に対してか分からない顔で、「すみません」と言った。
◇
十九時、企画室の電話が鳴った。
「紗英さん」
恵子だった。
「明日、何時に行けばいいの」
「開場は、十七時半です」
「十七時半」
「席は、悠人さんの隣です」
電話の向こうが、少し静かになった。
「隣」
「主賓席の、隣です。入口から、十二歩のところ」
「十二歩」
「はい」
「……分かった」
恵子は、それだけ言って、切った。切る前に、「あの子、昨日、電話で『母さん来ないよな』って聞いてきたわ」と言った。「『行かない』って答えた」。
嘘をついたのは、恵子だった。息子に。息子の語尾を聞くために。
◇
金庫を開けて、封筒を出した。
封筒の中の、指輪。隣の、紺色の箱。箱は、金庫に残した。明日、十八時四十分に出す。封筒は、持ち帰ることにした。明日の朝、式場で金庫を開ける時間が、ないかもしれなかった。
家に帰って、鞄を二つ、ベッドの上に並べた。
一つは、実家の鞄。着替えが二日分。父への土産。
もう一つは、仕事の鞄。黒いスーツ。本当の進行表。手帳。紺のエプロンの袋。
封筒を、仕事の鞄に入れた。
実家の鞄のほうが、軽かった。
◇
二十三時過ぎ、玄関の鍵が回った。
悠人だった。酒の匂いがした。タキシードの上着を、腕にかけていた。
「よう。打ち上げ、すごかったぞ。グランシエルの本部の連中、みんな俺のとこに来て」
「そう」
「明日、ちゃんと実家行けよ」
悠人は、靴を脱がずに、玄関に立ったまま言った。
「親父さんに、よろしく。俺、大阪だから」
「ええ」
「それで、これ」
悠人は、上着の内ポケットから、紙を一枚出した。
テーブルに置いた。
切符だった。
明日の朝、八時発。私の実家の町まで。指定席。
「取っといた。八時なら、昼には着くだろ」
「……ありがとう」
「見送ってやるよ」
悠人は、笑った。客の前の笑い方だった。
「駅まで。記念日だからな」
コメント
1件
え〜第29話、読み終えたよ!!もうね、冒頭の花束のシーンからじわじわ来たんだけど……特に最後の切符のとこ、悠人が「見送ってやるよ」「記念日だからな」って笑うの、心臓ギュッてなった😭💔 紗英ちゃんが実家に帰るための切符を、ちゃんと取っておいてくれたんだね……。表面上はクールだけど一言一言に、めっちゃ想いが詰まっててさ。裏方の仕事の繊細な空気感と、人間関係のあったかさがじんわり響く回だったよ…!!✨