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このバーさくらは、渋谷の隠れ家的な焼酎専門の酒場で、引退した女将の後を継いだ若女将は実娘であった。父親と夫は厨房で腕を振るっていた。
バーと言えども、飾り気のない内装や、リーズナブルな食事は小料理屋に近く、常客の年齢層も高かった。
高樹も一安もそんな雰囲気を気に入って、互いにボトルをキープしていた。
手書きのメニュー表を眺めながら、高樹は一安に聞いた。
「前いたあの子、新しい彼女か?」
「え、なんだ藪から棒に…まあ新しい部下兼恋人ってとこだな」
「相変わらずモテモテですこと」
「なんだよ、お前だってアレだろ、あの女優とうまくやってんだろ。良いなあ、女優と付き合うなんてお前こそモテモテじゃん」
「今はね、女優ってあんまり言わないの。俳優って言いなさい一安くん」
「へえへえ」
終始おどけた口調の一安は、薩摩切子に残っていた焼酎をくいっと飲み干すと、若女将に炭酸水と氷をオーダーしながら、備え付けの無音のテレビを見つめた。
高樹もつられるように、画面に映るテロップを目で追いかけながら、その衝撃的な内容を口にした。
「美しすぎる悪魔著者、ジャーナリストの里見丈太郎邸宅全焼、焼け跡から発見された遺体、歯の治療痕から里見氏と判明。相次ぐ人体発火現象との関連は?享年93歳ー」
里見丈太郎は、近年、テレビのコメンテーターとして有名だった。
元々はノンフィクション作家で、昭和35年に発生した猟奇殺人事件を題材にした小説・美しすぎる悪魔は数々の賞を受賞し、作品は映画化もされた。
里見の、歯に衣着せぬ物言いは議論を呼び、その分アンチも多かった。
しかし、いったん小説を発表すると、発売部数は軒並み50万部を超え、海外の里見ファンはサトニストと云う愛称がついた。
そんな著名人がー。
高樹も一安も驚きを隠せず、運ばれた焼酎を口にしながらの話題は、里見丈太郎と人体発火現象についての憶測や、陰謀論を風潮するソーシャルメディアの意義についての議論となってしまった。