テラーノベル
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岩本先生がチラリと俺を見る。
何か感づいたのだろうか…
深澤先生の言った 「先入観って恐ろしい」
その一言が、妙に引っかかっていた。
コーヒーの香りが漂う静かなリビングで、
まるで会話の隙間にそっと置かれた“謎かけ”のように。
──何を示唆しているんだ?
胸の奥で、ゆっくりと何かが形になる。
聖桜学園は男子校。
だから生徒は全員 男性。
誰も疑わないし、疑う必要もない。
それは、絶対の前提で、当たり前の事実だった。
でも。
俺は……
いや、俺たち全員は──
その“当たり前”に、見事に騙された。
ありえない、と思っていた。
というより、考えもしなかった。
まさか──
偽名と性別を偽って学園に入学するなんて
あり得ないと思っていた。
……先入観で。
深澤先生は、それを遠回しに刺してきたのか?
コーヒーの湯気の向こう側で、
先生の穏やかな笑みがどこか意味深に見えた。
「お聞きしたいのですが、お嬢様を男子校である聖桜学園へ転入させたのですか?」
深澤先生の問いに、佐久間の母親は一拍置き、言葉を慎重に選ぶように答えた。
「夫の会社が倒産致しまして、親戚が理事をしております聖桜学園へと……学費は卒業してからでいいと申していただけましたので」
丁寧な声音
深澤先生はカップの縁に指を添え、まっすぐに母親を見る。
その目は“責める”のではなく、“確かめる”。
「なるほど。学費の問題で……。ですが、聖桜学園は男子校です」
ほんの少しだけ言い回しの温度が下がった。
「ええ。……それは承知した上で」
その瞬間、場の空気がわずかに揺れた。
先生はゆるく頷き、言葉を続ける。
「先入観というのは、本当に恐ろしいものです。私たちは“男子校=男子しかいない”と当然のように思い込む……。だから気付かない」
クラスに、ひとりだけ“違う性”が混ざっていたとしても。
「ですが、最も危険なのは生徒本人に“嘘をつかせてしまう”ことではありませんか?」
穏やかな声のまま、核心だけは鋭い。
深澤先生は続ける。
「あなたのお嬢さんは、偽名と性別を偽って入学した……そういう認識でよろしいですね?」
部屋の空気がすっと締まる。
「構いませんよ。許可はいただいておりますし、
この子ってどちらかと言えばボーイッシュでしょ?
それに、今の時代であれば──最悪トランスジェンダーとでも言っておけば通用すると思いませんか?」
深澤先生はその言葉に、唖然として言葉を失った。
目を大きく見開き、微かに息を呑む。
「なっ!?」
その沈黙を破ったのは、佐久間の母親の声だった。
「退学という考えをお持ちでも構いませんよ?
ただ、もう少しだけ待っていただきたかったですけど」
深澤先生の驚きに対して、母親は動じることなく、
淡々と語った。
自分でなければ、どうなろうと構わない──
そんな冷酷な態度に、腹の奥がちくりと痛むようだった。
「……いつかはバレてしまうと、片隅では思っておりました。もし大事になってしまった場合の想定も、考えておりました」
その言葉に、深澤先生が眉をひそめる。
「それは?」
佐久間の母親は視線を少し落としたまま、口を開く。
「……それにつきましては、お話できません」
俺は目の前のやり取りを見つめながら、
この場に流れる静寂と緊張の空気に、息を飲んだ。
「…そうですか」
退学の話を聞いて、佐久間は( ゜д゚)ポカーンとした表情を浮かべていた。
しかし、ただ一つの言葉──「退学」──には、反応を見せる。
「オレ……この学園、少しずつ楽しくなってきてたけど、
やっぱ退学しなきゃダメなのかなぁ…」
ぽつりと呟いたその声に、部屋の空気が少し重くなる。
「退学は反対だ」
岩本先生の声が、静かな室内に鋭く響いた。
深澤先生の方に身を乗り出し、少し食ってかかるような口調で言った。
深澤先生は一瞬眉をひそめるが、表情は落ち着いたままだ。
そのやり取りを見つめながら、
表情と声の震えに、胸が締め付けられるのを感じた。
#すの~まん
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