第2話「君の手の傷」
つかさについていった先は、駅の裏手にある公園だった。
鉄棒と、滑り台と、ひび割れたベンチ。
夕暮れの空に、冷たい風が吹き抜ける。誰もいない。
「ここなら、あんま人来ないから」
そう言って、つかさはブランコに腰を下ろした。
ひなたは少し離れたベンチに座る。距離の詰め方がわからない。
沈黙が続いた。
けれど、つかさはそれを嫌がる様子もなく、ただ手首についたヘアゴムを伸ばしては縮めている。
それは“落ち着くための癖”に見えた。
ふと、ひなたの目にあるものが映る。
つかさの右手の甲。細く白い線が、いくつも刻まれていた。新しいものも、古いものもある。
乾いた空気が、ひなたの喉を刺した。
「……それ、どうしたの?」
つい、聞いてしまった。
いつもなら言わない。でも、気になってしまった。痛そうで、寂しそうで、見ていられなかった。
つかさは、一瞬だけ黙って、それから笑った。
目は笑っていなかった。
「親、かな。あと、自分。半々ってとこ」
ひなたは、言葉を失った。
だけど、つかさの声は意外なほど軽い。まるで天気の話をするみたいに。
「逃げようと思って。もう全部、疲れたから。
でも、ひとりじゃ面白くないなって思って。……あんた、誘ってみた」
その言い方に、少しだけ棘があった。
「ひとりで逃げるのが怖かった」とは言わなかった。
でも、ひなたはなんとなく察していた。
つかさは、本当に壊れそうなのだと。
「……わたしでいいの?」
自分でも驚くくらい小さな声が出た。
それでもつかさは頷いた。
「アンタ、誰にも必要とされてない顔してたから。お似合いでしょ、私たち」
その瞬間、心の奥に誰かが土足で入り込んできたような感覚がした。
乱暴で、でも、温かい。
——必要とされたい。
それは、ずっと願っていたことだった。
「……うん」
ひなたは、頷いた。
つかさは、笑った。今度は、ほんの少しだけ目元がやわらかかった。
こうして、ふたりの“かくれんぼ”が始まった。
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