テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
※前話よりも本編の展開をかなり改編しています。苦手な方は注意。
巨大な花の描かれた壁には、一つの扉があった。開けた先には……アンティークのような、落ち着いた雰囲気の廊下と部屋。ちゃんとした造りであることを見るに、役員の子供のための部屋だろうか?
取り敢えずは、奥に進む。すると突き当たりの部屋に、一つのケースがあった。
「これは…………」
ケースの中には……一体のポピー人形。何となしにガラス製のケース扉に手を触れると、その人形は瞼を開けた。
「!」
こいつ……生きている?ポピー人形はただのおもちゃである筈だ。いや、しかし……さっきのハギーワギーの件を考えると、この不可解な現象は、此処では何らおかしくないことなのかもしれない。
そして、何よりもこの……ケンシロウをじいっと見つめる、彼女の訴えるような眼差し。まるで、「出してくれ」と言わんばかりの────
「…………分かった。お前を解放しよう」
ケンシロウはそう声を掛けると、ケースの扉を開けた。すると次の瞬間、彼女は口を開いた。
「開けたのね」
*
「っ、喋った…………!?」
驚き目を見開くケンシロウに、彼女は続ける。
「有り難う。あたし、ずっと待ってたのよ。誰かが此処から出してくれるのを」
「そ……そう、なのか……」
「にしても……見ない顔ね。うっかり迷い込んだのかしら?そうだったら、此処から出してあげるけど」
「いや……今は良い。そもそも俺から進んで、此処に来たからな」
「……そうなの?」
今度はポピーの方が、目を見開いた。ケンシロウは続ける。
「此処で何があったのか、知りたくてな」
「それは……どうして?」
「まぁ、話せば少し長くなるが…………」
それからケンシロウは、事のあらましをポピーに説明した。従業員である義兄が、「集団失踪事件」に巻き込まれたこと。自分もまた、入社期間は浅けれど此処の従業員であったこと。数日前に、その義兄から此処に来るよう手紙が来たこと。そして……残された自分には、全てを知る権利と、全てを背負う責任があるということ。
ポピーは終始黙って、真剣にそれらの話を聞いてくれた。
「あなた……相当の覚悟を持って、此処に来たのね」
「ああ。真実がどうであれ……俺は全て受け入れるつもりだ」
「…………」
ポピーは少し考える素振りをした後、神妙な面持ちで、ケンシロウにこう言った。
「そうであるなら……話は早いわ」
「…………?」
「今からあたしのやることなすことに、全て協力してくれるかしら?」
ポピーの青い目が、ケンシロウを射抜く。その鋭く強い眼力に、ケンシロウは徐ろに息を呑んだ。
「その感じだと、お前もまた……強い覚悟を持っているのだな」
「その通りよ。早く終わらせるのよ、この地獄を」
「地獄……もしかして、お前は此処の内情を知っているのか?」
「ええ。ただ……今すぐには話せないわ」
「それは何故だ?」
「だってあたしたち、出会ってまだ数分しか経ってないわよ。それに貴方、新入社員だったんでしょう?幾らあなたに覚悟があるといっても、此処であったことをいきなり全て話したら……場合によっては、行動に支障が出ちゃうかもしれないじゃない」
「お前なりの気遣いか。それなら……素直に従おう」
「……有り難う」
其処でポピーは、漸くケースから身を出した。
「此処での地獄を終わらせることは、後々あなたのためにもなるわ。だから、ついてきてくれるかしら?」
「……無論、そのつもりだ。これから宜しく頼む」
「此方こそ!」
大きな手と、小さな手。二人は固い握手を交わした。
「あなた……名前は?」
「俺はケンシロウ。お前はポピーだろう?」
「よくご存知で。流石は元従業員ね」
*
「こっちよ、ケン!」
ポピーに誘導され、着いた先は……列車のあるステーション。元々は業務用の移送トロッコだが、子供たちに夢を届ける玩具メーカーらしく、列車のデザインはカラフルな蒸気機関車だ。とても遊び心がある。
「これに乗って……何処へ向かうんだ?」
「セーフヘイブンってところよ。其処にあたしの仲間たちがいるわ」
「仲間たち……つまり、生還者がいるのか……!?」
「ええ。ただ……あなたが想像している生還者とは、大分違うかもしれないけれど……でも、まずは其処へ行かないとだわ。みんなが待っているもの」
ポピーはそう言って、「よっ」とジャンプし、列車の運転席の扉を開けた。
「列車を動かすには、専用のコードが必要なの。あたしがそれを持ってるから、操作は任せt……」
刹那、天上から何か腕のようなものが伸び、ポピーを攫っていった。
「っ、ポピー!?」
思わず上を見上げると、其処にいたのは……人間の女性を模した、異様に手足の長いピンク色のクリーチャー。
「は……離して!」
「暴れないでポピーちゃん。良い子にしてたら酷いことはしないわ」
この姿……見たことがある。確かユリアが子供の頃に持っていた、お気に入りのおもちゃの一つ──マミー・ロングレッグスだ。この感じだと、こいつはさっきのハギーワギーと同類のニオイがするな……そう思っていたら、その手長足長女こと、マミー・ロングレッグスは、ポピーをその手に握りしめたまま、こう口を開いた。
「まぁ、新しい遊び仲間じゃないの!とっても久しぶりね!アナタは覚えてないでしょうけど……アタシは知ってるわ、アナタのこと」
「……何処かで会ったか?」
「偶々アナタが、ゲームステーションに来たのを見たから、それで覚えているのよ。そんじょそこらの従業員よりもやけにマッチョだったから、印象的で……」
「そうか……俺も思い出した。俺も、お前を知っている」
こちらも一応、記憶はある。入社したての頃に研修で施設内を回ったことがあり、訪れたエリアの一つにゲームステーションというものがあった。その際確かに、巨大な彼女が動いているのを見かけたが……その時はてっきり、高度な人工知能が搭載されたロボットか何かだと思っていた。
「それよりお前は、何の目的で此処に来たんだ?意味も無く来たのなら、さっさとポピーを解放したらどうだ?」
「意味が無いわけないじゃないの。このまま次へ進むんじゃ、つまらないでしょう?」
「……どういう意味だ?」
「アタシのゲームに、付き合ってくれるかしら?そしたらポピーちゃんも解放してあげるし、列車のコードも教えてあげるわ」
「…………」
ケンシロウは少し沈黙した後、グラブパックの手をシュンッと伸ばした。伸ばして指先で突いたのは……マミー・ロングレッグスの右の頬だった。
*
その次の瞬間だった。
「っぎゃあぁぁああぁ!!痛い!!いだいぃ!!」
突如叫び始めたマミー。その右腕は次第に捻じれていき、動きがままならなくなる。その拍子にマミーの手が解かれ、ポピーの身が解放された。落ち行く小さな身体を、ケンシロウは両手で受け止める。
「大丈夫か、ポピー」
「有り難うケン!それよりも、今のって……」
「っあ、アンタ…………アタシの体に何をしたぁ!?」
先程の猫撫で声とはうってかわって、獰猛さを露わにするマミー。それに対してケンシロウは、涼しい顔でこう答えた。
「右腕の自由を封じる秘孔を突いた。貴様の言う条件は、明らか信用ならんからな……先に手を打った」
「っこ、このぉ…………っっ!!」
硬いバネのように収縮した右腕を左手で押さえ、プルプルと身体を震わせながら、怒りを滲ませるマミー。それに対してケンシロウは、「え?秘孔…………え?」と、理解の追いついていないポピーを優しく抱えて、「行くぞ」と声を掛けた。
「ちょ、ちょっとアンタ……もしかしてアタシを無視するつもりぃ!?」
「貴様に付き合っている暇はない」
「空気読んでちょうだいよ!!これじゃチャプター2が何一つ盛り上がらないじゃない!!」
「発言がメタい……ま、まぁでもこれで邪魔されないなら良いわ。行きましょうケン!」
「っま、待ちなさいよぉ!!!!あとアタシの腕、元に戻しやがれぇ!!!!」
叫ぶマミーをよそに、列車の運転席に乗ったケンシロウとポピー。列車は汽笛を鳴らし、ステーションを出発したのだった────
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!