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「機関始動!全速前進!さあいくよ!海にこぎ出すよぉ!」
その日の正午、他の皆が乗り込み積み荷の積み込みも終わってアークロイアル号はシェルドハーフェン港を出港しました。
どうも、シャーリィです。人生二回目の船旅です。テンションが上がりますね。
「上がっても無表情なんだな」
「それが私なので」
「ニコニコしてるシャーリィは怖いからなぁ」
失礼な。
「お姉さま、潮風が気持ちいいですね。たまにはゆっくりするのも悪くありませんね」
レイミの紅い髪が潮風に揺れます。満足しているみたいで何よりです。
「お嬢、アスカは?」
「彼処ですよ」
「アスカちゃーん!危ないから降りてきなーっ!」
アスカはマストの尖端に立っています。気に入ったのかな?エレノアさんが叫んでいますが、スルーしてますね。
「エレノアさん、アスカなら大丈夫ですよ」
「いやぁ、心配にはなるよ。危ないからねぇ」
「アスカは高い場所が好きなので多めに見てください」
良く教会の屋上とか『大樹』の枝に座ってますからね。獣人としての本能かな?
私はレイミを連れて機関室を見学させて貰いました。大きな機械と燃焼石が山積みされていました。
仕組みとしては、燃焼石を燃やして発生した蒸気でプロペラを回して動力とする。
……ん?
「レイミ」
「はい」
「燃やせればなんでも良いんですよね?」
「究極的に言えば、ですが」
ふむ。
「私は魔石を介することで魔法を行使できます。そして属性は自由自在なのだとか」
「勇者と同じですね。お姉さまが勇者でも驚きませんが」
「そんな柄でもありません。そして確認なのですが、私は貴女のように永遠に溶けない氷を生み出せるでしょうか?」
「訓練次第では可能だと思いますよ……まさか、お姉さま」
気付きましたか、聡い妹です。
「ならば永遠に消えない炎を生み出すことも可能なのではと考えました」
「それは……実現すれば永久機関となります。つまり、無限にエネルギーを生み出し続ける機関です」
「もしそんなものが存在するとするなら?」
「エネルギー問題を根本的に解決できます。兵器として見るなら無限大……原子力以上」
「原子力?」
「あっ、いえ。こちらの話です。ですがそれが実現すれば恐ろしい兵器を開発できますよ」
「それなら、練習あるのみですね。そんなものがあるなら是非とも手に入れたいので」
原子力なるものは気になりますが、理論は理解しました。それを実現するためには魔法を、自分自身の力を十全に使えなければいけません。
ならばどうするか。マスターやサリアさんとの修行を熱心に行う必要があります。
「お姉さま?」
おっといけない、考え込んでしまいました。
「夕食のことを考えていました。海の幸を食べさせてくれるみたいですよ、レイミ」
「それは楽しみですね、お姉さま」
海の幸は貴重です。基本的にこの世界の海は極めて危険なんです。
陸上より遥かに強力で巨大な魔物が、うようよ居ますからね。しかもこちらは船の上と言う圧倒的に不利な状況を強いられます。
当然航路は魔物を少しでも避けるために、陸地に近い場所に設定されます。つまり浅瀬なので喫水の深い大型船の開発は消極的でした。
……それを一変させたのは、大量の大砲を有する戦列艦の誕生です。魔物との戦いを有利に進めるこの船の開発により人類は外洋へと進出。
海の彼方にある他国との接触を始めた。それが百年くらい前です。
そしてここ数年で更に進歩したのは『ライデン社』の開発した蒸気船でした。
蒸気機関を用いることで従来の帆船を遥かに凌駕する速力を船に与えることになりました。そしてそれは同時に大きな船体を動かす動力にもなり、艦艇の大型化は確定路線となったのです。
このアークロイアル号もまた従来の戦列艦より大きな船体を有しています。しかし、私は『帝国の未来』で将来現れるであろう超巨大な軍艦を知っています。
……戦艦大和と呼ばれる軍艦の性能、そしてスケッチは私を魅了しました。まるで海に城を浮かべたような巨体が実現するとは思えませんでしたが、ライデン会長との会談で確信を持ちました。彼は必ず完成させると。
それなら、その為に必要なものを用意するのは当然のこと。石油なんて今の私にはまだ活用法が浮かびません。なら活用できる人に任せて完成品を頂戴すれば良い。
これは投資なのですから。
私達姉妹は暑い機関室を出て甲板で涼むことにしました。
「おっ、出てきたね。ちょうど良い、左側を見てみな」
エレノアさんに促されて私達は左舷に顔を向けると……はい?
「なっ!?」
レイミが言葉を失うのも無理はありません。だって、少し離れた海上に……巨大な羽を持ったこれまた巨大なクジラが空を飛んでいたのですから。
……百メートル以上ありそう。
「なんだありゃあ!?」
「こりゃまた、凄いな」
「……食べたら美味しい?」
ルイ、ベル、アスカもビックリしています。いや、アスカだけは何だかずれてますが。
「羽クジラ、またはスカイホエールって名前の魔物さ。この辺りの主みたいだねぇ」
「エレノアさん達が慌てていないところを見るに、危険はないのですか?」
平然としてますよね。
「あいつは大人しいタイプだよ。こっちが刺激しない限りはのんびりと空を飛んでるんだ。あの大きさは珍しいけどね」
エレノアさん曰く羽クジラ、或いはスカイホエールの平均は20~30メートル程度なのだとか。
それでも大きいですけど。
「それでもシロナガス級……」
「シロナガス?」
「あっ、いえ。こちらの話です、お姉さま。お気に為さらず」
レイミの呟きは気になりますが、本人が気にするなと言うならそれほど重要なことでは無いのでしょうね。
「まっ、スカイホエールは珍しい魔物だ。こいつが現れる海域はしばらく晴れるらしいからね。幸運の象徴でもあるのさ」
「魔物が幸運の象徴ですか」
「嫌かい?」
「まさか、魔物にだって生きる権利はありますよ。あの巨体を維持するためにどれだけ食べるか興味はありますが」
魚が居なくなりそう。
「あー、あいつらは食べないんだよ。いや、何かを食べてるみたいなんだがそれは生き物じゃないんだとさ」
「それは興味深いお話ですね」
「私も詳しくは知らないよ。サリアが詳しいだろうし、帰ったら聞いてみな」
「そうします」
私は羽クジラをのんびり眺めながら航海が安全に終わることを祈るのでした。
……まあ、この世界は意地悪なのでその祈りは届きませんでしたけど。はぁ……。