『アリエッタ!』
慌ててアリエッタに駆け寄り、抱きしめるパフィ。ミューゼも駆け寄り、心配そうに手を伸ばす。
周りは蔓に囲まれているが、上にいるムームーからは何が起こっているのかはよく見えている。糸を使ってビルの横にぶら下がったまま、戦慄していた。
「みんな逃げて!」
周囲に向かって叫んだ。すぐにツインテールの少女が呟き、同じ集団のメンバーが動きを止めた。少女達は無線で連絡をしているようだ。
敵対する集団が迷いを見せる。一旦下がって様子を見るか、このままかまわず追撃するか。そもそも何に対して『逃げて』なのかが分からない。
しかし、リーダーは迷わなかった。
「逃がさねぇよ」
焦っていたムームーの横に、リーダーの男が飛んでいた。エーテルガンの銃口を、ムームーに向けている。
そのまま容赦なく、ムームーが振り向くと同時に引き金を引いた。
バチュンッ
「っ!」
撃たれたムームーは、勢いよく吹き飛ばされてしまった。
撃ったばかりの銃口から散った、光の粒子が収まったエーテルガンを眺め、ネフテリアは感心した。
「へぇ~、これはなかなか……」
「はい、充填してあるエーテルを発射して、目標を撃つ道具『エーテルガン』です」
ネフテリアとピアーニャは、クォンによってとある店へと案内されていた。そこは『アームズショップ』と言い、クォン達サイロバクラム人が装着している『武装』と呼ばれるパーツを取り扱っている店である。
「一般人でも手に入る程度のものですから、そんなに危ない物ではないですよ。小競り合いや変質者撃退用にも愛用されてるんですよ」
クォンの説明を聞いた2人は、嫌な単語を聞き逃したかった。
「わたくしは何も聞いていない……」
「なんか、メンドクサそうなヨカンがするなぁ……」
「ミューゼ達大丈夫かなぁ」
「ムームーをしんじろ。しんじるんだ」
「そうよね。まだ外出したばかり。慌てるような時間じゃないわ」
既に手遅れなどとは、考えたくもない様子。嫌な単語と予感を振り払い、手に持ったエーテルガンに意識を戻した。
「……このエーテルガン、殺傷能力は無いけど痛いよね。威力はテキトーに撃った【魔連弾】程度かな。お腹とか顔に当たったら痛そー」
「これくらいなら、ひるませるのにイイかもな」
飛ばされたムームーの手が動き、敵リーダーに向かってパーツを飛ばした。
「……ったいなぁもう!」
落下に逆らわず、糸を使って振り子のようにビル間を移動するムームー。同時に空中で驚いているリーダーの男に対し、糸で操るパーツを全方位から連続でぶつけて、撃墜した。
エーテルガンの直撃は受けたが、殺傷力の無い銃撃では、殴られた程度の衝撃を受けるのみ。驚いて飛ばされはしたものの、自分の状態を早く理解し、反撃に出たのだ。
「ぐっはっ……」
「逃げてってのは、あんた達もだよっ! じゃないと──」
そこまで言って、ムームーは言葉を切った。
「やばっ……」
何かを感じて振り向いた先で、アリエッタが気を失っているのが見えた。大人が痛いと感じるレベルの衝撃を、全くの無防備の状態で食らったのだ。ひ弱な少女の身体ではひとたまりもない。外傷が無いのは、せめてもの救いかもしれない。
しかしムームーが危険を感じたのは、アリエッタにではない。その横でゆらりと立ち上がり、ゆっくりと振り向くミューゼにである。
ムームーは力の限り大声で周りに呼びかけた。
「全員逃げて! そっちの人達も、そっちの人達も! ここに残ったら命の保証が出来ないから!」(これが本当に最後のチャンス。これで逃げなかったらもう無理! 諦めるしかない!)
最後の警告に対し、意味が分からず眉をひそめる者、構わず攻撃を続ける者、様子を見ながら後退する者、リーダーの指示を待つ者など、反応は様々。そもそも全員がムームーの事を知らないのだ。信じる方が難しい。それでも、ムームーが付けている見た事も無いパーツを見て、只者ではないと判断して言う事を聞く者もいる。
その様子を見たムームーは、糸を使って弧を描くように飛び回り、大回りでミューゼの後方へと離脱した。
「さようなら、知らない人達。君達の事は忘れない……のは無理か。そもそも知らないし」
ちょっと感動的な決め台詞は、知り合いですらないという現実によってかき消された。
そしてその時、ミューゼが動いた。
周囲に伸ばしていた蔓を、牽制で振り回しながら引っ込め、ツインテールの少女の横に立った。
「っ!?」
ツインテールの少女が、ミューゼの顔を見て声にならない悲鳴を上げた。一瞬で汗が全身から噴き出し、凍り付くかと思うくらいの寒気を感じている。
ミューゼの髪は魔力によって揺らぎ、表情が抜け落ち、目からは光が完全に消えている。
後ろではパフィがその目に欲望を込め、荒くなりそうな鼻息をなんとか押し止めながら、唇をアリエッタに向けている。目覚めのチューをするつもりのようだ。
特に遮る者などはいなかったので、すんなりとアリエッタの唇を奪ってしまった。そんな奇行と同時に、殺気しか出していないミューゼが、指をクンッと勢いよく上に向けた。
ゴバァッ
『うぎょあああああああ!?』
沢山の悲鳴と共に、地面から勢いよく衝撃が発生。残っていた人々を巻き込み、ビルよりも高く立ち上った。
「【禍林樺】」
衝撃が収まりかけると、ミューゼが魔法名を呟いた。その時既に、ビル街は林へと姿を変えていたのだった。
「こらーっ! 詠唱より先に魔法を出すのはやめようね! ビックリするから!」
「えっ? 問題なのはそこでしたっけ? えっ? なにこれ? 新兵器?」
遠回りして戻ってきたムームーが、無駄だと分かっていながらミューゼを嗜めた。
ミューゼの近くにいて巻き込まれなかったツインテールの少女が、状況を全く理解出来ず、オロオロしている。
後ろではパフィのキスのお陰か、ただ驚いただけか、アリエッタが少し身じろいだ。
アリエッタの無事だけは確認出来たパフィは、鼻から一筋の赤い涙を流しながら喜んでいる。
「ちょっとそこの変質者! いたいけな少女に変な事してないで、ミューゼを止めて!」
ムームーの苦情もなんのその。アリエッタの健康を確認する為、ボディースーツを纏ったアリエッタのお腹を撫でまわし、息を荒げている。
「アリエッタが悪いのよ。そんな恰好で私を誘惑するかバッ!?」
「こんな所で欲情するなぁっ!!」
ムームーは、先ほどまで糸で操って攻撃に使っていたパーツを、手つきの怪しいパフィの後頭部に思いっきり投げつけていた。
「ん……」
「あら、気が付いたのよ?」
「スルーすんなっ!」
アリエッタが再び身じろぎ、目をゆっくりと開き、身を起こした。そして、パフィが目を見開いた。
その時、ミューゼの隣でも、ツインテールの少女が目を見開いていた。
「あ……いやいやいやいや! なにこれえええええ!?」
ようやく正気に戻って現実が見えたツインテールの少女は、辺りの風景を見て改めて叫び直していた。
突然の密林に巻き込まれた仲間は、四角の木に引っかかって目を回していたり、訳が分からず怯えていたり、慌てて逃げて様子をうかがっていたりと、状況は様々である。敵対していた相手の方も、同じ状態になっている。
敵味方どころか、コロニーの大惨事を目の当たりにして、一瞬戻った正気が壊れようとしていた。それに待ったをかけたのは、仲間達である。
「リーダー! これは一体……」
「はっ。貴方達、無事だったのね! 実はこの方が何かをしたらしくて……」
「ん?」
『なんか怖いんですけど!?』
ミューゼを見た者達は、例外なく震え上がった。ありえない場所に密林を作っておいて、未だに目に光が戻っていない。アリエッタの恨みは深いようだ。
名前を呼ばれて振り向いたのをチャンスと見たのか、敵対する面々が一気に林から飛び出した。狙いはもちろん元凶のミューゼ。
「てめぇっ!」
「せめて一撃!」
「うおらああああ!!」
強力な敵とみなして、可能なメンバーで総攻撃を仕掛けてきたのである。それに気づいたミューゼは向き直り、杖を構えた。しかし、魔法を発動する前に総攻撃は終わりを告げた。
『【白の護膜】』
ミューゼの前に白い壁が伸びてきた。それに突っ込んだ相手は大きくはじき返され、エーテルガンの攻撃も跳ね返していく。攻撃した本人達が、痛い目を見ていた。ついでにその後ろにいた者も、敵味方問わず巻き込まれていたりする。
ハッとしたミューゼが、目に光を戻して振り返った。
視線の先には、白い壁の先端を握るアリエッタ。その髪は虹色に輝いている。
「ふっふっふ……」(私の可愛いアリエッタを、痛い目に合わせたのは……どなたかしら?)
「な、なぁ」
「うん? どうしたの?」
妙にそわそわしているピアーニャが、ネフテリアとクォンに声をかけた。
「ダイジョウブだとおもうか? アリエッタになにかあったら……」
「あ~らピアーニャちゃん。やっぱりお姉ちゃんが心配?」
アリエッタを心配するようなその姿に、顔が思いっきりニヤけるネフテリア。
「ちがうわっ! なにかにまきこまれたら、まわりがコワイことになるだろ!」
「そんな事にならないように、ミューゼとパフィがいるんでしょ。ムームーもほぼベテランだし、心配しすぎるのもよくないわ。シーカーなら責任もあるし、あまり構いすぎると失礼でしょ」
「それはそうなんだが……」
嫌な予感がぬぐえず、不安ばかりが募っていく。先程の『小競り合い』という単語が引っかかっているのだ。
「やっぱりプロになったら、あんまり構われるのは屈辱よね。ムームーさまなら大丈夫ですよ」
クォンもネフテリアと同意見。何よりもムームーの事を無条件で信頼している。
「そうだなぁ……まぁ、このコロニーをメチャクチャにするようなコトはしないか……」
「そうそう。みんな根は大人しいんだから、大丈夫だって」
2人の説得の甲斐もあって、ピアーニャの心は少し落ち着いたのだった。
まさかコロニーどころか、現在進行形でリージョンの危機かもしれない……などとは夢にも思わずに。
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