「つづいてはこちらの感情ですね!
こちらの感情はどうなさいますか?」
「これは・・・ベッド・・
じゃなくて感情・・でしたね。
どんな感情なんですか?」
燈の目前に広がるベッドは、シーツはビリビリに裂け、木枠はボロボロに腐食していた。
「こちらは──」
「あ、まってください!」
燈は暮内の言葉を遮る。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや、また・・その・・記憶が再生されるのかと思うと・・・
なんというか・・心の準備が・・・すいません」
燈は、また嫌な記憶が蘇ってしまうのではないか?と内心、恐怖を抱いていた。
「間宮様が謝る必要などございません
時間はたっぷりありますので、自分のペースでいいんですよ」
「はい・・・」燈はゆっくりと深呼吸をする。
「もう大丈夫です。どんな感情か教えてください」
「かしこまりました!こちらは──」
という感情でこざいます」
燈が【屈辱を味わった】を認識すると、記憶が再び呼び起こされる。
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燈が教室に入ると、教室内はざわついていた。
「あ!来た!来た!ビッチ女!」
「よっ!ヤリマン!」
なんの事か燈には意味がわからなかった。
ビッチ?ヤリマン?
そもそも自分はまだ性行為は経験したことはなく、処分だったからだ。
「え・・なんの事?」
訳もわからず、呆然と立ち尽くす燈にクラスメイトは
「あれ!あれ!」と黒板を指差す。
燈が指差された黒板を見ると、そこには複数枚の写真が貼り出されていた。
「なに・・これ・・」
そこには、裸の男と裸の燈が性行為をしている写真だった。
横になる男性の上で燈がまたがり、騎乗位をしている写真や
亀甲縛りをされ複数名の裸の男性に囲まれている写真
ディルドを女性器に突っ込み、自慰行為をしている写真など、様々な写真が黒板には貼り出されていた。
「お前、こんな大胆なことするんだぁ」
「チョー意外なんですけど!」
「なんか病気とか持ってたりして!
あはは!マジきめぇー」
燈自身、そんな写真を撮った記憶も、性行為をした記憶もない。
おそらくディープフェイク、またはアイコラなどと言われる加工が施された写真だったのだろう。
「これ・・・私じゃない・・・」
「いやいや!明らかにお前じゃん!」
「ほら!見なよ!この顔!お前だろ?」
「そうそう!」
「他人の空似とでも言うつもり?
きゃはは!嘘つくならもっとマシな嘘つけよ」
燈が何度違う、事実無根だと弁明しようとも、信じる気配のないクラスメイト。
「もしかして、ウチらを変な世界に引きずり込むつもりだったりして?」
「うわぁ、マジないわぁ・・・」
「こんなヤツ、学校に来てほしくないよね?」
「ほんとそれ!ウチらの身が危ないよ!」
燈はその場の空気に耐えれずに、涙を流しながら教室から逃げ出してしまう。
「あんなの・・私じゃないのに・・
なんであんな事するの?
ひどいよ・・みんな・・」
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「こちらはどうなさいますか?」
「・・・・・・」
燈は瞳に涙を浮かべながら、その場に立ち尽くす。
「こちらをお使いください」暮内は黙って燈にハンカチを差し出す。
「あ、ありがとうございます」
「間宮様・・辛く苦しいかもしれません。
しかし、これもこころの清掃のため!
しばしご辛抱ください!」
「は・・はい・・」
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「こちらの感情は・・・」
「いりません!処分してください!」
「かしこまりました!では間宮様の了解のもと【屈辱を味わった】を処分いたします」
暮内が【屈辱を味わった】を処分した次の瞬間、先ほどまでボロボロだったベッドは、本来の姿を取り戻していた。
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それから燈、暮内の協力のもと、ざまざまな負の感情を処分していった。
【苦しかった】【悲しかった】【切なかった】
次々と負の感情を清掃し処分していく。
そしてこの部屋に残る負の感情は、残すところ、あとひとつという所まで来ていた。
また、このこころ部屋は、燈のこころと完全にリンクしているため
感情を処分すればするほどに、燈のこころは軽くなっていった。
燈の表情からも、時折笑顔が垣間見えるようになっていた。
「こちらはが最後の感情ですね・・」
「な、なんか・・空気が重く感じますね」
「そうでしょうね。なにせこの感情は間宮様が自殺なされた、最も大きな要因ですからね」
「自殺した要因・・どんな感情なんですか?」
燈の問いかけに暮内は口を開かない。
「あの・・暮内さん?」
「伝えてもよろしいんですか?私が伝えれば、また記憶が──」
「大丈夫です!私には暮内さんがついてますから!心の準備は出来てます!
ですから、遠慮なく伝えてください!」
「心配などご無用でしたね。でしたらお伝えします!こちらは──
という感情になります。」
「死にたい・・・」
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その時の燈は、担任教師にいじめに関する話で職員室に呼ばれていた。
「あなた、クラスメイトからいじめを受けてるわね?」
担任の問いに、俯いたまま黙っている燈。
「正直に話して?」
担任の問いかけに、燈は黙ってうなずく。
「やっぱりね・・・」担任は落胆した欲に肩を落とす。
「私・・」
私は耐えた。耐えぬいた。クラスメイトからの陰湿なイジメを耐えた。
やっと、手を差し伸べてもらえる。助けてもらえる。
燈は教師に希望を抱いていた。
しかし、担任の口からは、燈を絶望の淵に叩き落とす言葉が発せられる。
「え・・・」燈は意味がわからなかった。
「どういう意味ですか?」
「だから、私の評価が悪くなるから、迷惑するって言ってるの!」
あまりにも理不尽な担任の言葉に、返す言葉が無くなる燈。
手を差し伸べめ、味方をしてくれるとばかり思っていた燈は、理想と現実の差に落胆した。
「まったく・・いじめに耐えきれずに、さっさつと不登校にでもなってくれた方が
私としてもやり易いんだけど」
「でも私・・・」
担任は燈の言葉など聞く耳を持たない様子で口を開く
「だってあなた、普通じゃないでしょ?」
「普通?」
「なに?その服装。たしかにウチは個性を重んじる校則で、服装や髪型は指定されてないわよ?
でもあなただけ異様よ!なんでみんなと同じようにできないの?
協調生や同調生をあなたから感じれない」
「でも、それってダメな事なんですか?」
「ダメとは言わないわ!けどね?
それが理由でいじめを受けているのも事実よね?違う?」
「それは・・・」
「それを理解できていない!理解しようとしていない!
だから迷惑だって言ってるの」
担任の話は終始理不尽すぎた。
自分の保身のために、燈を否定して、しまいには学校に来るなと言う。
「でも私は、自分が間違ってるとは思いません」
「はいはい!あなたが皆んなと同じようにする気がないって事は十分伝わったわ」
「だから、そうじゃなくて、私はただ」
「話は終わりよ・・さあ、今日は帰りなさい」
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燈はこの担任の対応に心底ムカついていた。
協調生や同調生を感じれない?
そんな事をしてしまっていては、個性は「その他大勢」に埋もれてしまい、淘汰されてしまう。
そうならないように、次世代の若者を潰してしまわないように
自由を重んじる理念のもと、校則が決まっているはずだ。
しかし、燈は担任に怒りを露わにすると同時に、自分にもムカついていた。
「何も・・言えなかった・・・」
きちんと言い返す事ができなかった自分に嫌悪感を抱き
その嫌悪感は次第に、劣等感へと変わっていき
知らず知らずのうちに、普通ではない自分が悪いのではないか?と思い詰めるようになってしまった。
「私・・普通じゃないんだ・・・」
気がつくと、燈は睡眠薬入りの瓶を握りしめていた。
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