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感動した😭👏✨
その場に立ち尽くす燈。
「どうなさいますか?」
「この感情を処分すれば、負の感情は全て無くなるんですよね?」
「えぇ、そうです!そうすれば間宮様は昏睡状態から目覚め、再び生き延びる事ができます」
「私──捨てません」
燈は感情の処分を拒否した。
「捨てない?」
「やっぱり・・私・・」
燈の言葉に暮内は優しく語りかける。
「差し支えなければ、お教いただけませんか?」
「え?」
「どうして処分されないんですか?先ほども申し上げました通り、この感情は
間宮様が自殺なされた、最も大きな要因です」
「私・・普通じゃないから・・」
暮内は、再びタブレット端末を操作しながら
「それは、こちらの資料に記載されているファッションの事ですか?」と燈に尋ねる。
「はい。私、いわゆる原宿系というか、とにかく明るい服装が昔から大好きなんです。
なんか、来てる時は、自分に自信が持てるような気がして」
暮内は、燈の話を優しい眼差しで黙って聞いている。
「けど・・それが皆んなからは受け入れてもらえなくて、普通じゃないって・・・
この感情を処分したとしても、私が普通じゃないのは変わりませんよね?
普通じゃない私が、生き返ったって、私に待ってるのは、またいじめられる未来だけ・・・
それならいっその事、このまま・・・」
黙っていた暮内が口を開いた。
「間宮様にお尋ねします」
「え?なんですか?」
「普通?」
「普通という言葉は、様々な形に姿を変える、定義のない言葉だと、私は思っております。
言い方を変えればエゴとも言えます」
「どういう意味ですか?」
燈は暮内の言葉の意味が、いまひとつ理解できないようで、首を傾げる。
「たとえば、幼くしてお父様を事故により亡くされた間宮様にとって
お父様が居ない事は普通ですよね?」
「はい・・そうですね・・」
「しかしながら、両親が健在で、ご家族を亡くされた経験が無い方々からすれば
お父様が居ない間宮様が普通では見えなくなってしまう事があるんですよ
普通に手足がある方には、もちろん手足がある事が普通ですが
逆に事故などにより、手足を失ってしまった方からすれば
手足がない事が普通なんです」
燈は暮内の話を、真剣な眼差しで聞く。
「普通とは、その人物が人生を歩む過程で形成された、ある種の価値観だと、私は考えております」
「価値観?」
「間宮様は明るい色の服装がお好きだと仰っていましたよね?」
「はい・・・」
「間宮様と同じ価値観を持った方からすれば、間宮様は普通なんですよ」
燈は目から鱗が落ちる思いだった。
自分は周りから普通ではないと、言われ続けていたが、それは単に価値観の違いであり
自らと同じ価値観を持っている人間からしたら普通なのだ。
「私が・・普通・・・」
「普通とは、使い方を間違えれば、時に人を悲しませ苦しめ
人の命すらも奪ってしまう、凶器になり得る言葉なんです」
「普通じゃないって、ようするに価値観の違いから出る言葉って事ですか?」
「その通りです」
「でも・・・」
「私は間宮様が普通だと思いますよ」
「私が?普通?」
「間宮様は自分の為に自由に生きるべきです」
「自由に・・・」
「そうです!周りに合わせて、自分を偽る必要などありません
自らを犠牲にする必要などありません。
それに、ファッションの話をしている時の間宮様は
とても生き生きとした表情をされていましたよ」
燈は自分の表情など気にしていなかった。暮内に言われて初めて気づいた。
自分はそんな表情をしていたのかと。
「私は・・生きていてもいいんでしょうか?」
「勿論でございます!この世に生きていてはいけない人など居ないんですから!」
燈は自分は普通でないから、普通ではない自分がなど生きていてはいけないのだと、そう思っていた。
生きていて、周りに不快な思いをさせるくらいなら、苦しい思いをするくらいなら
いっその事このまま感情を処分せずにいた方が周りのためにもなるし
なによりそれが、自分の為だと、そう思っていた。
しかし暮内は、生きるべきだと言う。
自分の普通を貫き、自由に生きるべきだと言う。
自分の普通を恥ずかしがらず、自分のために生きれば
いずれ自分の「普通じゃない」が「普通」になる日が訪れるかもしれない。
「私・・処分します!負の感情・・要りません!
処分してください!暮内さん!私・・生きたいです!」
「かしこまりました!では間宮様の了解のもと【死にたい】を処分いたします」
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先ほどまで、ゴミ屋敷と化していたこころ部屋は、気がつくと綺麗に整頓され
まるでモデルハウスかと言わんばかりに綺麗になっていた。
「部屋が・・・」
「間宮様のこころ部屋にある負の感情が全て処分されました
これにて、こころクリーニングは全ての工程を瞬間いたしました」
「終わったんだ・・」
燈は安堵に満ちた表情をしていた。
「では間宮様!こころクリーニングは終了いたしましたので
ここからの間宮様の選択はふたつです」
「選択?」
「まずひとつめが、このまま成仏されるか」
「成仏・・・」
「そしてふたつめが、再び生き延びて自分の為に生きるか」
「自由に・・・」
「しかしもう、間宮様の答えは決まっていますよね?」
暮内は燈に、温かな眼差しを向ける。
「私は・・生きたいです!普通じゃないなんて言われたとしても
恥ずかしがらず、自分を責めず、堂々と自由に生きたいです!」
燈は暮するに、凛々しくも逞しい、まっすぐな眼差しで自分の意志を伝える。
「こころクリーニング前より、自信に満ちた、美しい表情になられましたね!
そちらの方が素敵ですよ!間宮様!」
「あ、ありがとうございます」
燈は照れ臭そうに、頬を桜色に染めている。
「では只今より、同意のもと、間宮燈様を蘇生の間へお連れいたします」
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蘇生の間へ通づる廊下をただ黙々歩く燈と暮内。
そんな中、燈が口を開く。
「あの・・暮内さん?ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいですよ。どうかなさいましたか?」
暮内は立ち止まり燈に耳を傾ける。
「やっぱり・・私みたいな人って多いんですか?」
「間宮様みたいとは?」
「その・・自殺しちゃう人・・・」
「そうですね・・守秘義務がございますので
詳しく申し上げる事はできかねますが
やはり、多いですね・・・」
「そう・・なんですね・・・」
燈は悲しげな表情を浮かべる。
「どうかされたんですか?」
「いや、まだハッキリと決めたわけじゃないんですけど
私も、将来的に暮内さんみたいに、誰かを助ける仕事が出来たらなぁ・・なんて」
燈は照れくさそうにはにかむ。
「そうですかぁ!」暮内は微笑む。
「暮内さん・・なんだか嬉しそうですね?」
「当然ですよ。間宮様が人をお救いする職業につきたいと、仰ってくれて、感激していますよ」
「そんな・・感激だなんて・・・」
「間宮様なら出来ますよ!こんなにも心が清らかなんですから!」
「暮内さん・・・」
「陰ながら応援させていただきますよ」
「あ、ありがとうございます」
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「では間宮様、こちらへ!」
燈は暮内に促され、装飾が施されたベッドに横たわる。
「では間宮様!只今より、蘇生の儀式を始めさせていただきます!よろしいですね?」
「はい・・よろしくお願いします」
「もう、戻って来てはいけませんよ。と言っても、今の間宮様なら大丈夫ですよね?」
「はい!大丈夫です!絶対に戻って来ません!」
燈には迷いは一切なかった。自分のために、自由に生きるのだと言う固い意志が
燈の表情からは感じ取るこ事が出来た。
「では間宮──」
暮内の言葉を遮るように、燈が暮内に抱きつく。
「ま、間宮様?」
「暮内さん!私──暮内さんのおかげで、生きる希望が持てました!ありがとうございます!」
「間宮様・・・」
「暮内さんの事──絶対に忘れませんから!」
燈は暮内との変われを惜しむように涙を流す。
「間宮様なら大丈夫です!自信を持ってください」
「はい!!」
燈は涙を拭、満面の笑みで答える。
「いいお返事です!では、間宮様・・
行ってらっしゃいませ」
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燈が現世に戻った後の蘇生の間で暮内は、胸に手を当てて立ち尽くす。
「申し訳ありません・・間宮様・・・
こころクリーニングを終えると
間宮様の記憶から、私の存在は消えてなくなるんですよ・・・
しかし、間宮様なら大丈夫だと信じております。
どうかお元気で・・・」