映画部の部室には、懐かしい空気が漂っていた。
壁には、過去に制作した短編映画のポスターが雑多に貼られ、撮影に使われた古いカメラが棚の隅に置かれている。
奏太は、自分の机の上に並べられたノートを手に取った。
その中には、高校時代に書き溜めた脚本のアイデアがびっしりと詰まっていた。
「……こんなこと考えてたのか。」
そこに書かれていたのは、**「未来の自分へ宛てた映画」**だった。
「20年後の自分が、どんな人生を歩んでいるか」を想像して作ったストーリー。
未来の俺は、映画を撮っているか?
誰かと一緒に生きているか?
夢を叶えたか?
――12年前の奏太は、そんなことを考えていた。
だが、現実の未来は、そんな理想とはかけ離れてしまった。
「余命一年」と宣告された今、俺に残された時間はほとんどない。
でも、この過去でなら、何かを変えられるかもしれない。
放課後、映画部のミーティングが始まった。
部室には、高校時代の仲間たちが集まっている。
その中に、大学でも一緒に映画を作ることになる友(とも)の姿があった。
「お前、最近ちょっと変だぞ?」
友が、奏太の横に座りながら言った。
「何が?」
「なんか……お前、俺たちをじっと見てるっていうか、変にしみじみしてるっていうか。」
友は腕を組み、じっと奏太を見つめた。
「なんかあったのか?」
――言えるはずがない。
「12年後、俺は余命一年を宣告される」
そんなこと、言っても信じてもらえないし、話す意味もない。
「いや、ただ懐かしいだけだよ。」
「懐かしいって……まだ高校生だろ、お前。」
友は呆れたように笑った。
だが、それが懐かしくてたまらなかった。
この友と、何年後かの未来でまた一緒に映画を作ることになるなんて、この時の友はまだ知らない。
――だが奏太は、それを知っている。
それが、たまらなく愛おしかった。
映画部のミーティングが終わった後、奏太は校舎の裏にある中庭へ向かった。
そこには、12年前のあかりがいた。
ベンチに座り、ノートを開いている。
髪は少し短めで、まだ大学生になってからの落ち着きはない。
それでも、目の奥に宿る優しさは、あの頃と何一つ変わっていなかった。
奏太は、しばらく黙って彼女を見つめていた。
「……何?」
ふいに気づいたあかりが、顔を上げる。
「いや……なんでもない。」
奏太は、微笑みながら首を振った。
「君が、変わらないでいてくれてよかったなって思っただけ。」
あかりは、少し驚いた表情を浮かべた。
「……なんか、変なこと言うのね。」
「そうか?」
「うん。なんだか、すごく遠くから私を見てるみたい。」
彼女のその言葉に、奏太は胸が締めつけられた。
――実際、遠い場所から見ているのかもしれない。
12年後の未来を知っている自分が、この過去を眺めている。
「……君に、聞いてもいいか?」
「何?」
「もし、あと一年しか生きられないって分かったら、どうする?」
あかりは、目を丸くした。
「……突然ね。」
「いや、なんとなく。」
彼女は、少しだけ考えてから、ゆっくりと答えた。
「私は……後悔しないように生きるかな。」
「後悔しない?」
「うん。毎日、誰かの力になれることをして、誰かのために生きる。」
それは、12年後のあかりとまったく同じ考え方だった。
彼女は過去も未来も、誰かを支え続ける人生を選んでいた。
「変わらないんだな。」
奏太は、そう思うと涙がこぼれそうになった。
夕暮れ時、奏太はあかりと並んで歩いていた。
「ねぇ、奏太。」
「ん?」
「君は?」
「俺?」
「君は、あと一年しか生きられなかったら、何をする?」
――この質問は、12年後の俺には重すぎる。
だけど、今の俺なら……。
「……映画を撮る。」
そう答えると、あかりは目を輝かせた。
「それ、いいね。私、観たいな。」
「なら、約束してくれ。」
「約束?」
奏太は、彼女の目をまっすぐに見た。
「どんな未来になっても、君は誰かのために生き続けること。」
あかりは、少し驚いたように目を見開いた。
「……どうして?」
「俺は、君がそんな生き方をすることが、すごく素敵だと思うから。」
あかりは、一瞬だけ考え込むように俯いた。
しかし、次の瞬間には、静かに微笑んだ。
「……分かった。約束する。」
その言葉に、奏太は深く頷いた。
――未来を変えるために。
――もう一度、やり直すために。
この時間を、絶対に無駄にしない。
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