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#チャンス
あおっちӦ(あおあお)
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リビングは静かだった。
壁際のランプだけがぼんやり灯り、部屋全体を鈍い琥珀色に染めている。
その片隅で、巨大な黒うさぎ――スペードが床へだらしなく寝そべっていた。
フレミッシュジャイアント特有の大きな身体。
艶のある黒毛は夜そのものみたいで、耳だけが時折ぴくりと揺れる。
チャンスはソファへ深く腰掛けながら、その毛並みをゆっくり撫でていた。
長い指先が黒い毛を梳くたび、スペードは気持ちよさそうに目を細める。
普段のチャンスは、世界を舐めきったような顔ばかりしている。
けれど今だけは違った。
どこか穏やかで、妙に無防備だった。
「ヨーロッパじゃさ」
チャンスが低く笑う。
「うさぎの後ろ足は“ラビット・フット”って呼ばれてる」
指先でスペードの耳を軽く弾く。
「最高の幸運のお守り。災厄を遠ざけて、ツキを引き寄せるんだと」
サングラス越しに、黒うさぎを見下ろす。
「なぁ、スペード。次はどんなイカれたスリルを運んできてくれる?」
静かな声だった。
その背後へ、影が滑り込む。
足音はほとんどしない。
青いシャツ。
黄緑のパンツ。
そして淡く光る氷の王冠。
iTrappedはチャンスの後ろへ立つと、その光景を静かに見下ろした。
吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。
なのに感情だけが空っぽだ。
「へぇ。ラビット・フットか」
彼は小さく笑う。
「面白いね」
細い腕が、チャンスの肩越しに伸びた。
白い指先が重なるようにスペードの毛並みへ沈み込む。
ひやり、と冷気が首筋を撫でた。
「でもさ」
iTrappedの声は柔らかい。
優しいくらい静かなのに、言葉だけが異様に冷たい。
「うさぎの足がお守りになるのって、“切り取って持ち歩く”からだろ?」
黒いうさぎを撫でながら続ける。
「逃げ回ってるだけの生き物じゃ、本当の価値はないんじゃないかな」
チャンスの目がわずかに細くなる。
だがiTrappedは止まらない。
彼はスペードから手を離すと、そのままチャンスの膝元へしゃがみ込んだ。
黄緑の布地が、黒いスーツへ擦れる。
冷たい掌が太ももへ置かれた。
ゆっくり。
這うみたいに上へ滑っていく。
「ねぇ、チャンス」
見上げる瞳は、恋人みたいに甘い。
「君の脚も、僕には“ラビット・フット”に見えるよ」
指先がスーツ越しに脚のラインをなぞる。
「君の人脈。財産。裏社会へ続く足跡」
静かな声。
「全部、僕を望む場所まで連れていってくれそうだ」
その触れ方はあまりにも親密だった。
けれど熱がない。
愛情も欲情もない。
あるのは計算だけ。
iTrappedの頭の中には、Banlandsしか存在していなかった。
Ellernate。
Caleb244。
そこへ辿り着くためなら、この男の金も脚も運も、全部使い潰す。
必要なら壊してでも。
チャンスは、その冷たさを正確に感じ取っていた。
普通なら怖がる場面だ。
けれど――彼は笑った。
しかも楽しそうに。
「ハッ、言うじゃねぇか」
サングラスを少し押し下げる。
獣みたいな瞳がiTrappedを捉えた。
「俺の脚、切り取ってお守りにしたいってか?」
iTrappedの手首を掴む。
ぎり、と骨が鳴るほど強く。
「いいぜ。やってみろよ、ペテン師」
笑っている。
なのに目だけは危険だった。
「ただし、俺の運を奪おうとした奴は全員、最後には身ぐるみ剥がされて奈落行きだ」
マフィアも。
ギャンブラーも。
裏切り者も。
誰ひとり例外はいない。
チャンスはiTrappedを引き寄せる。
視線がぶつかる。
「あんたが俺を使い潰すのが先か」
低く囁く。
「それとも、その偉そうな氷の王冠が――俺の熱で溶け落ちるのが先か」
空気が張り詰める。
この部屋に愛なんてない。
優しさもない。
あるのは、互いを利用し合うための欲望だけ。
なのに二人は、それをまるで極上の蜜みたいに味わっていた。
壊し合うほど深く絡みつく。
そんな、歪んだ捕食関係だった。