この作品はいかがでしたか?
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「先輩、そんなことが。」
「ええ、そうなの。」
先輩は、冷凍庫の中から大量のバニラアイスクリームを取り出した。いずれも先輩の手作りらしい。バニラエッセンスの甘くて軽快な香りがした。
「いいんですか?この前、私……」
「あたしの本にバニラアイスこぼしたものね、ふふ。でも、もう、気にしてはいないわ。だって本より、魅麗ちゃんと話してる方が楽しいってことに気付いたもの。」
先輩は、優しい目をして居た。
「ほら、お食べなさい」
私はそれを食べた時、バニラエッセンスの甘美な香りに包まれた。
「これ、美味しいです!今までに食べたアイスの中で一番!」
「そう?それはよかったわ」
螺鈿先輩は、楽しそうにしていた。
「でも、保護者の方は?まだ帰ってこないのですか?」
「ええ。……二度と。」
「でも、心配しなくていいわ。バイトしてるし、親の口座から、高校の授業料は全部引き落とされてるから。」
少し、悲しい話だった。様々な方向からの苦しみに打ちひしがれるような生活から抜け出そうとしている螺鈿の苦しみと諦めとが宙に溶けた。私は、彼女がそれを打ち明けてくれたことが少し嬉しかった。
アイスを食べ終わった後、時計は二時半を指していた。
「螺鈿先輩、私……」
「なあに?」
「嫌な、予感がします。」
「生徒会長!」
「何よ、こんなところに呼び出して。」
微笑を浮かべた古林が、そこには居た。
青々とした空の天井をした屋上。ロマンティックなその場所に何人かの人が集まっていたが、僕らような異質な雰囲気を持った者はいなかった。
そもそも風紀委員会の副委員長と生徒会長が並んでいるだけで面白いのに、副委員長の方がここまで美人になると、少し周りから見られるのは仕方ないかな。
古林は少し、いやかなり、勘違いしているらしかった。
「風紀委員として、貴女の仰るよう動こうと思って。いじめ防止の対策を打つために、一つお聞きしましょう。」
古林は「ああそのことね」と少し残念そうにした。
「桃畑魅麗や螺鈿占星歌が止められなかったものを、今日中に解決したいと思っています。彼女らに捜査に当たらせた事件の関係者を全員教えてください。」
「面白いことを言うわね、では任せるわ。」
「ええ、責任を持ってあたりましょう。我が身朽ち果てても。」
屋上の風の流れが、僕の血潮と一体化して、流れていく。この身には、特別な血が流れている……!
伝説の中の先祖。でも、身近になるはずだった人……その人の想いを受け継いでいる。
そしてその人も、あの日ここに立った。
モノクロの画像の中にいたその人と、今の情景とがセピア色になって、いやむしろ鮮やかな色彩となって現れる。
雲が流れて、音も風の中に微かに聞こえてきた。
「おい碧波!今日の放課後補習だぞ!」
ああ、鬱陶しいなぁ、相変わらず。
「あ、先生ー。今日はパスでー!」
「行かないと!」
「何言ってんのよバカ、今日くらい、もう少しゆっくりしましょう。」
そう言って、螺鈿先輩がもう一杯茶を淹れてきた。私は、それどころではなかった。心の臓がクラクラするほど蠢いて居た。
「じゃあ、あたしと碧波、どっちを取るの?」
そこに悪戯な表情はなかった。空気が冷えていく。
バニラアイスクリームの残り香が、甘ったるかった。まだ、私を離しはしないようだ。
私は漆黒の長髪の日本人形にじっと見つめられたような気分になった。
「まだ、ここにいてよ」
時計の秒針が動く小さな音がして、今度は短針がかちりと音を立てた。
まるで、扉の鍵が閉められたようだった。
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