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人が文明を築いて間もない頃、名もなき山のなかに恐ろしい化け物が棲んでいると噂が立った。
狩猟採集のため入山した者が帰ってこない。それを追った者も消えていく。
入っていくものはあれど山から帰還した人間は終ぞない。それが噂の端緒だった。
村では山が人を飲み込んでいるのではないかと言われるようになり、 やがて人々は気味悪がって山に近寄らなくなった。
しかし、麓に村を構える者たちにとって食糧の調達は死活問題であったので困り果てた。
木々はあれど実を成す木は山中にあり、鹿や兎も人がいる麓に危険を冒してまで降りてくるお人好しはなかった。
時期も悪く、村にはちょうど栄養を要する妊婦や赤子があふれていた。男衆も空腹が続いて元気がない。
事態を深刻にとらえた村長が高名な占者に山を見せたらしいが、禍々しいものを感じ取った占者は倒れこんでしまい、朝方になると村を出て行ってしまったという。
とうとう八方塞がりになったので、最後の頼みとばかりに村の剛力な男たちを集めて彼の山へ向かったという。
一部の男や女子供、村長はその帰りを待っていた。長く、長く、根気強く待った。
だが、一向に帰ってくる気配がなかった。村のものたちは慄いた。まさか本当に山が人を飲んだのか。
この事態は隣村の者たちの耳にも触れた。何かただならぬ事が起きていると口々に言囃した。
隣村の村長は残された者たちを救うべく話し合って、村と村は合併する運びとなった。
村が一つになってから、これからの生活や山について人々は考えなければならなかった。
もともと麓に住んでいた村の者たちは今までのことを洗いざらい話すと、それを聞いた一人の男が占者は何を見たのかと尋ねた。
しかし、これに答えられるものはなかった。麓にいた者たちも、事情を聞く前に占者が出て行ってしまった事が気懸りだった。
村総出でああでもないこうでもないと憶測が飛び交った。なんでも、山のものを取りすぎたから山の神が怒ったのだとか、山中は悪路が多く誤って奈落に落ちたのだとか。
祈祷や偶像をつくって怒りを鎮めることも検討された。
話が錯綜したところで、もう一度、例の占者に会ってみるのはどうかという案が出た。
これを受けて村長たちは男衆に占者の捜索を指示し、村の基盤となっている山をなんとか元のようにすることを決意した、
まもなく占者は見つかった。酷く恐怖して抵抗したそうだ。
それでも村の者たちは引き下がることはできず、なかば無理矢理連れてきたのだった。
村まで連行された占者は観念して、村の者たちを睨みつつ仕方なくわけを話しだした。
話は衝撃的だった。
話を聞くうちに村の者たちの顔色はみるみる青くなり、恐怖で引き攣ってしまった。
女に至っては気を失って倒れてしまう始末だ。
あれだけ躍起になっていた男衆も強がりすら見せず、女子供を励ますのに必死だった。
というのも、話は冒頭に立ち返る。
伝わるところによれば、その名もなき山の中には、いわく。
___恐ろしい化け物が棲んでいる。