テラーノベル
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椎名は、デスクの椅子の上で、呆然としていた。
小説なぞ読めるわけもなかった。
自身の禁忌に勝手に触れてしまいそうで、どうにもならないくらいの気持ち悪さだけが覆い尽くした。
「…どうやって、”もう一人の私”と話すんだろう」
椎名はぐったりと椅子にもたれかかり、部屋の安心するが今は息すらも殺してしまうほど痛い空気を吸い込む。
_苦しんだ原因を知る、というのはこんなにも呆気なくて、そのくせ辻褄は合うし、そこには何も残っていなかった。
「…なんか、全然眠くないんだよなぁ」
「…初めて…って訳でもないけど、こんな感覚なんだ、あはは。」
誰もいない自室に向かって、乾いた笑いをこぼす。
椎名は椅子から立ち上がり、ノートを取り出した。
『私の中にいる誰かへ』
調べた結果、1番ベターである筆談をしようと考え、頬杖をつきながら机に向かう。
何となくくるくるとペンを回しながら、ペンを走らせた。
『貴方が知っていたらすみません、東雲椎名です。』
無理やり書かされる手紙だとか、絵ほど苦痛なものはない。
_椎名にとって苦痛というほどではないが、なんだか退屈に思えた。
『これを見たら答えてください。』
『隠れようとしないでください。』
「…いや、必死すぎるかなぁ…?」
書き直そうかとも考えるが、椎名はその手を止める。
「…いや、これでいい。」
「…返答してくれるかはわからないけど、いいんだ。」
「………何かが変わるかは、分からないけど…」
椎名は、ベッドに戻る。
現在時刻は9時だ。
まだ少し眠るには早い時間なのかもしれないが、8時から筆談の内容を考え始めて、1時間持ったのならいい方だろう。
それに、大人でも稀に、本当に稀に9時に寝る人もいるだろう。
そう考えながら、椎名は目を瞑った。
_そして、レイマリは目を覚ました。
いつも通り、リィン・システムを手に取ろうと、デスクに向かった時_不自然なノートを見つけた。
「…!」
「椎名…」
「認識、したんだね。」
「…うん、そうだね。」
「…椎名の頼みなら」
そう呟いて、レイマリはデスクに座った。
『椎名へ』
『まず、ずっとこんな思いをさせてごめんね。』
『私はSレイマリ、覚えてるのか分からないけど…まだ椎名が赤ちゃんの頃、”貴方を保護した研究員”です。』
『私はよるに、勝手に目を覚ましてしまうんです、椎名がどこから知ったのか分かりませんが…』
『本当に、苦しめてごめんなさい。』
『椎名が、私の事をどう思ってるのかは分かりませんが、きっと私が思っているより、呆気ないのかもしれませんね。』
「うーん…」
「…そうだ。」
レイマリは少し考え、ペンを走らせる。
『椎名の親友とも、話しました。』
『きっと凄く動揺してると思います、よく考えれば…そこから知ったのかもしれませんね。』
『どうか、私に向き合う前に、親友の方とちゃんと話してあげてください。』
『…私はずっとここにしか居れませんが…親友はどこにでも行けますし、どこかに行ってしまうかもしれない。』
『人間は、鳥みたいなものだと私は思います。』
『だから、まずは親友の方と話してあげてください。』
_これでいい。
そう強く思って、レイマリは、脳に響く声を無視しようと歩き出した。
__
椎名は目を覚ます。
あんなにも寝ぼけていた頭はゆっくりと醒めゆき、真の”普通”に戻ったのでは?なんて錯覚を覚える。
_だが、それもすぐに消える。
_自分は、普通などではない。
普通だったら今…悪夢から覚めたくせに、何もかも悪夢だったと願いたいだなんて思わなかった。
知らなければよかったなんて、考えなかった。
“リィン・システムの禁忌”に触れたなんて知らなければ良かったなんて、考えなかったのかもしれない。
椎名は立ち上がり、デスクに置かれたノートを見る。
_もう一人の自分からの、長ったらしい返事がそこにはあった。
りりを案ずることを優先してくれ、ということだろう
(…違うよ…)
(りりにだって謝るし、りりのこと心配してるに決まってんじゃん…!)
(…………研究員、あなたのことを知りたいだけなんだよ…?)
(なんで、なんで届かないの?)
椎名は机に思いっきり手を着き、悔しさを溜め込むように着いた手に力を込め、机が震えて軋む。
怒りを表すように、それは震えた。
涙がポロ、ポロと流れる。
_感動以外で、涙を流したことなぞ1度と言っていいほどなかった。
(…なんで…!?)
(なんで止まんないの…?)
_だが、1度降り出した雨はしばらく続くように、椎名の涙も、しばらくはとめどなく流れていた。
静かな部屋に、1人のすすり泣く声と、机の軋む音だけが鳴っていた。
前の椎名からはまるで考えられないと、自分でも思ってしまうほど、今の椎名はおかしいと言えるのかもしれない。
「…どうして…どうしてわたしだけ…こんな…」
そんな震え声は肝心な人物に届くこともなく、部屋の空気に混じって、消えていく。
「…」
現在時刻は7時だ。
_今なら、わかってしまう。
今の椎名は対して眠れていない。
9時間も寝ていたなんて真っ赤な嘘で、実際何時間寝たかは椎名は知る由もないのだ。
「…行かなきゃ。」
椎名は呟く。
十年は悩まされたであろう眠気から、解放された日の学校に。
_そうしないといけないから。
_そうしないと…
椎名は朝の道を歩く。
いつも通り満員電車に乗る。
着いたのは7時40分だ。
_もう、走らなくてもいいのだと思うと、少しばかり得したような、それを感じてしまった時点で損をしているのか、なんて考える。
_知らない方が良かったのかもしれない、だが
_今、頬を撫でる冷たい風は、椎名にささやかな贈り物をしているような…そんな感覚になった。
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