第一話が思ったより反響がいいんですのよ……!!ありがとうございます!
気づかぬ内に限界を迎えちゃうキャラ、何か良いですわよね。そういうことです
「うへ、痛ぁっ……」
キリリと引き絞られるような。
ジリリと焼け付くような。
形容し難い痛みに、思わず胃の辺りを抑えた。
あれから、あっという間に数週間が過ぎた。
バケツの水をひっくり返したかのような事態に、仕事は洪水のように押し寄せてくる。徹夜回数は、二桁を越えた辺りで数えるのをやめた。
おかげで余計な事を考える暇はなくなり、実は助かっている面もあるのだが。
「あーあ、胃でも壊したかなぁ……」
やはり、眠気覚ましにコーヒーの大量摂取は無茶だったらしい。
でも、最近こじらせた不眠と睡眠不足のダブルパンチで、カフェインがないとやっていけないのだ。
それどころか、カフェインを摂取しても、夕方になると意識が飛ぶ。しっかりしろ、自分。
「……食べなきゃ」
午後3時、誰もいない休憩室。
ああ、食べないと。ぶっ倒れでもしたら、それこそ周りに迷惑をかけてしまう。
先程飲み干した珈琲並に苦い顔をして、昼飯代わりのゼリー飲料を、意味もないのに噛みしめる。
「───Hey, Japan!!」
「あ、アメリカさん……お疲れ様です」
その時。ふっと、目の前に大きな影が降りた。
振り向いた僕の隣に腰を下ろして、現れた彼──アメリカさんは、ニカッと笑う。
その笑みは相変わらず眩しい。そう、相変わらず。
「アメリカさんもお昼ですか?」
「いや、もう大分前に済ませたぞ。てかジャパン、飯それだけ?」
「あ、はい、まぁ……」
「ふーん?あ、そういやさぁ、聞いてくれよ!ロシアがさぁ〜……」
いつも通りの彼と、いつも通りを装う自分。
先日、僕を突き放したはずの彼は、いつもと変わらぬフレンドリーさで、僕の心に触れてくる。
いや、そもそも彼には、僕を拒絶した自覚すらないはずだ。僕が、自分の勝手な思い込みに、彼を巻き込んだだけなのだから。ああ、申し訳ない。
「明日、会議だな!めっちゃ荒れそうじゃね?」
「そうですね……アメリカさん大変そう…」
「そうなんだよ!分かってくれるか!」
その大きな身体も、ぱっと華やぐようなオーラも、絶対的王者の自信も、僕に向ける笑みも、何も。
他者の一語一句、一挙手一投足に一喜一憂する情けない僕と違って、彼は変わらない。
アイツはアイツ、オレはオレ。彼を支えるモンロー主義は、どんな同盟よりも強固なんだと思う。
そんな彼が格好良いと、自らもそうありたいと。
願って藻掻いて、何とか世界2位まで上り詰めたことはあったけれど。
彼にはどうしたって届かなかった。
きっとこれからも届かない。想いも、力も。
「……で、…………だからさぁ、……だろ?」
「ッぁ、はぃ、」
彼の言葉に頷きながら、ぼんやりと宛もないことを考える。
最近、いつもにまして考え事に耽るせいか、キャパを超えた頭がくらくらする。
船酔いのような気分の悪さに、深呼吸を繰り返した。ゼリーを溶かす胃が、きゅっと縮む。
「やべ、そろそろ時間だわ!じゃーなー!」
「ええ、また……」
ひらひらと手を振りながら、彼は立ち上がって、どこかへと消えていく。
かろうじて笑みを返して、僕もまた腰を上げた。
「……ゴミはゴミ箱へ、と。」
ゴミを放り込む。余計な考え事と一緒に。
そして、業務に戻ろうと踵を返した。
──のだが。
「あ、れ……」
ぐら、視界が揺れる。
慌てて壁に手をついて、ぐわんぐわんと波打つ世界に、何とか直立を保つ。
視界が白飛びした。やばい。これやばいやつだ。
「はッ……はぁっ…??」
がくんと膝が震えて、床に崩れ落ちる。
なんで?可笑しい。しっかりしろ、自分。
僕は健康優良児のはずなんだ。ジャパニーズビジネスマンは24時間戦えるはずなんだ。
戦わなきゃ、いけないはずなんだ。
「ぅ、…はッ……ぁ…」
こんなに気分が悪いのは、戦後以来だろうか。
日本国=大日本帝国とバレたら即終了の、ハードすぎるデスゲーム。誰にも何も明かせない暗黒期。
僕は確かに、今のような吐き気を覚えていた。
「ははっ……しっかり、しろ…」
ぺち、と頬を叩いた。
弱い音。
この弱さが、僕の弱さで。
「……いかなきゃ、」
行かなくては。やらなきゃいけないことが、まだたくさん残っているのだから。
立つ。立てた。行ける。
脱力感は嘘のように消え去っていた。大丈夫、まだ行ける。
目眩が幾分かマシになるのを待って、僕は再び歩き出した。
その姿を、じっと見ていた影に気づくことなく。
「……ん、…ほん、──日本っ!」
「ッあ、……ごめん台湾、ぼーっとしてました…」
揺れる、揺れる。視界が揺れる意識が揺れる。
肩を揺らされてはっとした。
台湾が、心配そうにこちらを見つめている。
「日本、なんか…顔色悪いよ……?」
「そうですか?」
翌日。ミーティングルームの端っこで、僕と台湾は、会議が始まるのを待っているのだが。
眉を顰めた台湾が、顔を覗き込んできた。
顔色、そんなに悪いかな。今朝、鏡に映る自分は、変わりないと思ったはずなのだけど。
「ねぇ、帰ったほうが良いんじゃない……?ちゃんと寝れてる?」
「え、大丈夫ですよ?」
元気です、戦時下に比べたら。
なんて言葉は、飲み込むことにした。
いけないいけない、この子は知らない。
僕が、この子を支配した帝国と同一人物だということを、知る由もない。
もし知ったら、どんな顔をするんだろう。
侮蔑?恐怖?憤怒?
何れにせよ、好感情ではあるまい。
「ほんとに……その、…ヤバいって。帰りな?てか帰ろ!一緒に帰ろうよ、ね?」
「ありがとうございます。心配してくれて」
袖を引かれる。泣きそうな顔。
ごめん。ごめんね、台湾。
君に、そんな顔をさせたかったわけじゃない。
「本当に、大丈夫ですから。そんな顔しないで。ね?」
涙を堪えるような、言葉を飲み込んだような、罵りたがっているような、切ないような。
眉を顰めたその顔は、数十年前、幾度も目にした。
戦地に向かう僕を、彼が見送ってくれる時に。
「ッじゃあ日本も、その笑顔やめてよ……」
「あ、ごめ、」
「ごめんじゃなくてっ!!!」
震える声で言われた。笑顔が気持ち悪かっただろうか。それならば申し訳ない。キリッとしよう。
脊髄反射で謝る僕に、彼は大きな声を上げた。
びっくりして肩が跳ねた。周りの國も、何事かとこちらに視線をよこす。
「その顔……日帝さんと同じ。諦めてるでしょ?もういいや、って……」
「え?」
「Hey, guys!! 会議始めるぞーっ!」
「皆さんお揃いのようですね」
青天の霹靂。
轟くようなその声に、辺りは俄然賑やかになる。
アメリカさんだ。彼に連れ立って、イギリスさんが現れる。
しかし、既に着席していた国々は、未だお喋りを辞める気配はない。
🇷🇺「なぁチャイナ、酒が切れたんだが」
🇨🇳「馬鹿ネ、今から会議ヨ?」
🇷🇺「関係ねぇよ、どうせ意味ねぇんだし。ウォッカくれ」
🇨🇳「全くしょーがねぇアルなぁ!てことではい、メタノール」
🇷🇺「……チャイナお前、俺を殺す気か?」
🇲🇾「ブルネイ!遅かったなぁ!!俺ヒヤヒヤしてたぞ、お前来ないんじゃないかって!」
🇸🇬「Hello, ブルネイ」
🇧🇳「シンガポールじゃ〜ん。げんき〜?」
🇲🇾「……いや、俺を忘れないでもらっていいかな!?」
🇧🇳「あ、シンガポール追い出したら負けちゃったインドネシアじゃ〜ん」
🇲🇾「俺マレーシア!!」
🇸🇬「インドネシアに失礼だぞ」
🇲🇾「俺にも失礼だから!!」
🇳🇿「ちょっと男子ぃ〜うるさい〜」
🇦🇺「君も男の子だろニュージー」
🇨🇦「時代は多文化共生。僕は認めるよ」
🇳🇿「待って兄さんたち今すごい誤解が」
「あーもー!収集つかねぇな!お前ら一回黙れ!関税かけるぞ!?」
どきっ
心臓が、嫌な音を立てた。
「今日は、環太平洋地域の保全について───」
あれ。
あれ、だめかも。
あれ、台湾の言う通り、帰ったほうが良いかも。
「ロビー活動でも提言したが、今後は太平洋の軍備縮小を───」
手に力が入らない。震える指先。握りしめる。
視界が白くぼやけて、自分の呼吸音がやけに大きく耳に届く。どくっ、どく、心臓が跳ねる。
めまい。あれ可笑しいな。昨日と同じ。
「はッ……はっ……??はぁっ……」
椅子に座ってるのに、世界が回ってる。
ここどこ?なにこれ。力が、入らない。
周りの声は聞こえる。台湾がメモを取ってる。
あ、メモ。取らなきゃ。
あ、ペン。落としちゃった。
「に、日本……?ねぇやっぱり……っ!」
「ごめん、たぃわん、…おてあらい、」
あれ、呂律が回らない。
そうだ、お手洗い行こう。取り絶えず、少しだけ。
台湾が着いてきてくれようとするけれど、ちゃんと断った。彼が抜けるのは色々と不味い。
白熱する会議を抜けて、人知れず部屋を後にした。
あれ?
歩くって、こんなに難しかったっけ。
「……、はッ……ひゅぅっ……」
ぱたん。
背後で扉が閉まると、もう駄目だった。
「あ、れ……?」
ずるる、と壁につけた背が落ちていく。
床にぺたりと尻をつくと、くたんと力が抜ける。
あれ、可笑しいな。まだどこも撃たれてないのに。
数十年前なら、数十発の銃弾にもケロリとして、いっぱいいっぱい動けていたのに。
よわくなっちゃった。
ううん、昔からよわかった。
承認欲求。なんと恐ろしい諸刃の剣。
認めてもらっているうちは、何でも出来る気がして。富国強兵に、高度経済成長に、踊った。
でもやがて、要らないと捨てられた時、僕は座り込む他ないのだ。ちょうど今のように。
アメリカさんが黒い船に乗って来たあの日から、僕はひたすら、付け焼き刃を振るい続けている。
だって、認められたかったから。
亜細亜でも出来るって、認めて欲しかったから。
「あははっ……あははははっ……」
その結果が、このザマだ。
認めてくれ、肯定してくれ。
求めるだけ、縋るだけ。
自立の機会などたくさんあっただろうに、21世紀までずっとズルズル他律思考を続けてきた。
だから、一人じゃ立てない。今も。
もういいや、なんでもいいや。
なんだかとっても、ねむたいきもち。
ぷつ、テレビの電源が消えるように、視界がブラックアウトする。凍えるような孤独への墜落。
このまま、堕ちてしまえ。どこまでも、一人で。
こんなところには、誰もいない。
だから、きっとこれは幻想だ。
寝入る直前に、ペンハリガンの香りが鼻先を掠めたのも。
あったかくて大きな腕の中に、力強く引き寄せられたのも。ぜんぶ。
「───良いんですね、アメリカ。貴方が要らないと言うならば、私は遠慮なく頂きますよ」
昏睡してしまった日本を横抱きにして、彼は静かに立ち上がった。
人気のない回廊に、コツン、コツン……とゆったりした靴音が響き渡る。
「……今度はもう、誰にも譲らないからな」
意味深な言葉を残して、二人の姿は静かに消えた。
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言葉選びにもテンポ感にも何もかもに臨場感と美しさがあって、2話分読んで映画を2本見終えたような気分に浸っています。 段々ひらがなの割合が増えていったり、一文が短くなっていったりと、言葉だけでない表現方法に見惚れました! あと他の国同士の関係や、1話目のアメリカさんの断り方、現実を突きつけられた時の日本さんのモノローグのリアリティが強すぎて♡♡♡ように読み返しております。 3人よれば文殊の知恵と言いますが、じゃんぬさんの場合、文殊さまが3体集まった最強状態がデフォルトなのでしょうね… フォロー&冗長なコメント失礼致します。
尊すぎでビビりました😭💞 やっぱ英日のカプ好きすぎて…😇 頑張り屋さんで自己嫌悪に陥っている日本くんが可愛すぎて涙です…🥹 少しシリアスな部分もとても好みにドストライクでした…。 次のお話も心待ちにしております。 下校中の楽しみをありがとうございます🥰
日本さんしっかりしなくてもいいんですよ…😭この機会にでもしっかり休んでください…… 自分が弱いと気づいた時ですら笑ってるの辛い…日本さんは認められる為にずっと笑ってたりしてたのかな… 日本さんは日帝さんだったのバレたらやばいと思ってるけど別に台湾さんはそっか、だけで許してくれそうですけどね…でも日本さんは絶対バレちゃダメと思っちゃってそれがまた疲れにも繋がってるんですよね〜…なんか難しいです…