コユキとカイムがニヤニヤ悪い顔を浮かべていると、途中の停車駅のホームが見えたタイミングで、近くに座っていた優しそうな高齢の女性がコユキの手にビニール袋に入った柑橘類を渡しながら微笑んできた。
「え? これって? 貰って良いんです、か?」
おばあさんは笑顔のまま、汚れまくったコユキの手に自分の手を添えて言うのであった。
「頑張ってね」
「は、はあ……」
そのままドアに向かった女性の後ろから、彼女の旦那さんだろうか、細身で背が高い老人がチェックのハンチング帽と同じ柄のジャケットの中に、鮮やかな赤いチョッキと上品な瑪瑙(めのう)のブローチで棒タイを纏(まと)めた上半身を僅か(わずか)に屈めてコユキの手を取り、自分の手に握った何かを掌(てのひら)を重ねるように渡し込んでから、コユキの手をギュッと握り込みながら言うのであった。
「頑張って、ね! 明けない夜は無いよ…… 少なくとも…… 私と妻は、そうだったよ!」
「え? あ、は、はい! はあ?」
プシュウゥ~!
素敵なご夫婦、二人は下車していった……
コユキは旦那さんだろう男性に握らされた右手を開いて中を確認した。
千円札が二枚重なっていた。
反対側の左手に持たされたビニールに貼り付けられた、農産物直売所のものだろうラベルを見て呟くのであった。
「清見(きよみ)? か…… なぜこのミカンをアタシに……? お金まで????」
汚い衣装で体中傷だらけ、他人から見れば汚いだけの巻いたゴザを後生大事に抱えて、訳の分からない金色の玩具と会話し続けている肥満な中年女性。
その姿が、市井(しせい)で一所懸命生きてきた、所謂(いわゆる)、まともな人間にどのように映っているか……
それを理解出来るだけの常識力は、残念ながらコユキは勿論、悪魔たるカイムも持ち合わせてはいなかったのである…… 残念至極…… ってか恥ずかしいよお婆ちゃんっ!
「なんすかね? 人間達の間で流行ってるとか? かな? キョロー?」
コユキは閃(ひらめ)いた! と言うか聞いたことが有った気がしたのである、それは……
『投げ銭システム』であった……
自分が応援している、お金を投げたいくらい! そう言った意思を示す方法として擬似的ではあるが、オヒネリ的にポイントたる投げ銭をするサイトが存在していて、割かし評価されている、特に創作界隈にはウケ捲っているらしいとの事であった。
コユキは思わず呟いたのであった。
「そっか、ネットだけじゃなくて、いつのまにかリアルでもオシだよって意思表示に投げるようになっていたのね…… 銭を…… そっか、そうだったのね……」
「んん? なんなの? キョロロン?」
コユキは答えてあげる、優しい。
「今の世の中ってね? 自分が良いな、可愛いな、素敵だなって思った人間には応援の気持ちを込めて贈り物、お金や食べ物をあげてるみたいだわね! 多分! それでさっきのセンスが良さそうなご夫婦がね、オキニのアタシに支援の気持ちを込めてお金とミカン、清見をくれたんだと思うわよ、多分!」
「へえぇ~キョロロ、良かったじゃん! キョロ!」
「まあね~! ふふふ♪」
良いのだろうか? まあ、原初の意味では『投げ銭』なのだろうが、恐らく現在の使われ方とは違っている気がする私、観察者であった。
しかし、一方通行の観察では可愛い可愛い孫、私の言葉がコユキに届けられることは無く、電車は幸福寺の最寄り駅、JR金谷駅まで順調に進んで行くのであった。
到着した馴染みの駅を降りたコユキはいつになくホクホク顔でご機嫌であったのだ。
曰く、
「ねえ、カイムちゃん! こんなに貰っちゃったわよぉ! どう? アタシって人気者みたいだわよぉ!
あー、たまには外出も悪くないわよねぇ! 嬉しいわっ!」
「うん、コユキ様が嬉しいならカイムも嬉しいぞぃ! キョロロロン♪」
「あんがとっ!」
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