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「いってきまーす。」
誰も返事してくれないリビングで栞の声だけが響く。柵を施錠して、バス停まで急いで向かう。バスは無料のため財布も切符も用意しなくてよい。ゆっくりとバスを待っていると時間通りにバスが到着した。まだ、誰も乗っていない空間は静かで体を休ませる。
目的地に着くと電車の切符を買い、急行電車に乗った。周りには同じ制服の子や渡瀬高校の制服、リーマン、高齢者、主婦、といった方々が乗っていた。朝の爽やかな雰囲気に似合わない電車の混み具合に目が回る。目眩の疑似体験を早朝からこなし、目的の駅に着いた。
『次は~代官~代官~お出口は左側です』
というアナウンスと共にぞろぞろと降りていくと目に太陽の反射光が衝撃のように届いて右目を手で覆い隠した。
「痛った⋯」そう栞が呟いたとしても、駅内の喧騒によって掻き消されるばかりで何も変化はない。時間は川のように流れていく。そこに、たとえ、大きな石が立ちはだかろうとも勢いを持ち、ずんずん下へ下へと降りていく。そして、その勢いのまま、最終目的である高校に着いた。
息を吐く暇も貰わず、自分の教室に入った。廊下側の一番席の女子が元気に挨拶してくれた。それを聞き、栞は「あ、おはよう⋯」と、弱々しく返事することしか出来なかった。自分の席につききょろきょろと、教室中を見渡すと
「おはよう、今日ってあれだよね。中学の内容が出されるテストがある日だよね?違う?」
と、隣の席の女子が話しかけてくれた。栞は慌てふためき予定を確認した。
「ほんとだ⋯ありがとう!」
「あ、ほんとにある感じ?」
「あ、う、うん!あるよ」
「⋯あ、私、木葉って言うの!」
一息置いて、栞はゆっくりと
「栞って言います。」
と、頬を真っ赤にした。自己紹介が昔から苦手だった。
「あ、栞さんね?可愛い名前だね!良ければ仲良くしてください!」
「もちろん、木葉さん⋯でいいのかな?」
まだ、出会って五分の灰色の会話が続き、気まずい雰囲気になってから教科書を開いて一応、テストの準備をしてみた。だが、そう簡単には行かない。栞は焦りつつ、木葉と共に教科書からどうにかこうにかやり過ごせないかと試行錯誤していると周りの男子達が焦ったように話しかけてきた。
「え!今日なんかあんの?」
「あー、総復習テストってやつがあるんだよね、今日!だから、今、栞さんと一緒にやり過ごそうとしてるの」
「え⋯!?」
そう言って固まった男子達は静かに自身の机に向かっていった。だが、その後に全く男子達は動かなくなった。栞はその理由を知りもしなかった。
「変なの⋯栞、見つけた?」
栞に笑いかけてくれる木葉は、まるで天使のようだ。
「あ、う、うん。このはさんってこの辺の人?」
気味の悪い沈黙の後、このはは
「電車通学だよ?一応ね、これでも近い高校を選んだつもり。そもそも私は、頭が良くない。栞さんは、近いの?」
と、歯気味悪い質問を繰り返した。それに対して栞は
「ただ⋯ただ、文学部があったからこの高校を選んだだけだよ。」
と、恥ずかしそうに伝えた。文学部、そう、栞は読書が好きだが、小説を書くことも好きなのだ。栞は、文学部のお知らせを見て、文学に関することなら我武者羅に取り組めることを知って胸の奥がきゅんと鳴った。
すると、木葉は栞の手を握り
「あ、マジ!?栞も文学部に興味ある感じ!?実は私もなんだよね!」
と、キラキラとした瞳で喜んでいた。
いよいよ、テストが始まる。テストの時間が過ぎるのは一瞬、黙々とマーキングシートの空欄を黒色の楕円で埋めていく。問題を選択する場合には解答に合うように懸命に計算する。最後に英語をこなして今日の一日は終わりを迎えた。木葉の様子を見て疲弊していると目に見えて分かった。
「栞、お疲れ⋯あ、栞さんがいいのかな?わかんない」
木葉の低い声を聴いて栞は体を震わせ、距離を取った。その仕草を見た木葉は栞を呼び捨てで呼んだ。
「栞って呼ぶね、そっちの方が友達って感じしない?」
「あ、うん!木葉って、呼んでもいい?」
「全然いいよ!よろしく!栞!」
入学して初めて、栞には木葉という元気な友達ができた。こんなこと、紗枝と文恵以外で感じたことのない感覚だ。これが、友達が出来たという柔らかいアナウンスだと思う栞。