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怜と奏が恋人同士になってから約二週間後。
奏のリクエストで、二人は町田にあるアウトレットモールへ来ていた。
二つの国道が交差する場所から近いそこは、モール前の駅からペデストロディアンデッキで直結しているタワーマンションが聳え立ち、この地域のランドマーク的な存在になっている。
ここに来たのは、怜のマンションに置いておく奏の部屋着や下着、着替えの服や雑貨などを買い揃えるためだ。
クリスマスが近いせいか、オーナメントが所々に飾ってあり、休日でモール内はカップルや家族連れで賑わっている。
「俺、ここは初めて来たけど、予想以上に広いな」
「数年以上前に、ここは一度閉店して、再開発して三年くらい前に再オープンしたみたいですね」
二人は手を繋ぎながら、のんびりとした歩調でモール内を散策する。
好きな人と一緒にいるせいか、空の青さと白い雲が鮮やかさを増し、モール周辺の街並みが陽光に反射し、キラキラと輝いているよう。
奏の瞳に映るもの全てが、彩度と明度が上がっているように感じていた。
「そういえば、もうすぐクリスマスだな」
「早いですね。もうそんな時期なんですね」
二人は何気ない会話を交わしつつ、何軒か店に立ち寄り、アメニティグッズやカトラリー、バスタオルを始め、着替え用の服や部屋着、パジャマなどを購入した。
しかも全て怜が支払い、奏は『私の物を買うのに怜さんに払ってもらうのは悪いから』と言い張ったが、彼は『俺が買いたいと思って買ったまでだから』と、奏の財布を出す手を制した。
休憩がてら、二人はモール内のカフェに入っていく。
どうやら店内は満席のようで、怜と奏は、外のオープンテラスで一息つく事にした。
外はひんやりとした風が二人を包んでいるが、温かい飲み物を飲んでいるせいか、そんなに寒さは感じない。
「奏」
ホットコーヒーを口にしながら、怜が彼女に呼びかけた。
「はい」
「あのさ……」
彼が、はにかむような表情を映しながら、奏の長い黒髪を無骨な指先で一房掬うと、くるくると絡ませた。
「俺たち、恋人同士になって半月くらいだろ? そろそろ奏も俺に敬語じゃなくて、普通に話してくれたら嬉しいなぁ、なんて思ってさ……」
怜が奏にしか見せない照れたような面差しに、彼女も唇を微かに綻ばせながら、顔をほんのりと紅潮させる。
俯きがちになりながら、奏もホットコーヒーを口に運んだ。
「いきなり言葉を崩すのは無理かもしれないけど、少しずつで良ければ……」
「ん、分かった」
こんな会話をするなんて、まるで思春期の高校生みたいだな、と怜は思う。
初々しい気持ちで女と付き合うのは、高校生の時、初めて彼女ができて以来の事なのではないか。
それは恐らく、相手が奏だからなのかもしれない。
美しい容姿と気の強い性格の奏だが、実は不器用で甘え下手だ。
そんな彼女をもっと甘やかしたいと思うし、誰よりも何よりも大切にしていきたい、と怜は常々思う。
彼は周りを見回した後、腕を伸ばして素早く奏の頬に唇を落とすと、彼女は目を見張りながら、更に顔を赤く染めた。
「ちょっ……怜さん、外でいきなり……!」
「奏が可愛いから……つい……」
怜は前髪を軽く掴み、掻き上げる。奏は、彼のこの仕草が何気に好きだったりする。
「何だか怜さんも、奈美の旦那さんとやってる事が似てきたのは気のせい……?」
奏の言葉に、怜がジト目にしながら、片眉を僅かに上げた。
「俺と豪を一緒にするな」
奏の頭に手を添えて黒髪をクシュクシュと撫で回すと、彼女は『ああもうっ!』と頬を膨らませる。
「怜さんのせいで、頭ボサボサ……」
「奏が変な事を言うからだろ?」
そう言いつつも怜は微笑みながら、筋張った指先で奏の艶髪を梳かして整えた後、頭をそっと撫でる。
(こういう何気ない時間の過ごし方って、すごくいいなぁ……)
奏は髪を怜に触れられながら思う。
こんな穏やかな時間を、怜とこの先も一緒に過ごしていければ、と。
どことなく互いに照れくさくなったのか、その後は黙々とコーヒーを飲むのだった。