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九月。商店街の銀行に、手紙が届き始めた。
蝋で封じてあった。知らない印。知らない字。飛脚が、運んできた。
最初の一通は、千葉からだった。
『商店街の銀行へ。こちらは、千葉の、漁師町。八王子の関所の帳面を、見た。相模湖の小屋の掟を、見た。うちでも、作った。三冊の帳面。魚の証。掟は、五条。そちらの十二条とは、違う。うちの海に合わせた。そちらの証と、うちの証を、交換できないか』
二通目は、埼玉から。農村。三通目は、群馬から。山の村。四通目は、神奈川から。港町。
一週間で、十通。
十の市が、各地に、できていた。要が、知らない間に。
*
要は、十通の手紙を、机に並べた。
掟が、十通りあった。五条の市。八条の市。二十条の市。証も、十通りあった。魚の証。米の証。茶の証。塩の証。仕事の証。
同じ形は、一つもなかった。
「……十だ」要は言った。
「十?」瑠衣が聞いた。
「千二十四じゃない。十だ。鷺沼さんが複製しようとしたのは、千二十四の同じ市だった。でも、できたのは、十の違う市だ」
鷺沼が、手紙を一通、手に取った。千葉の漁師町。
「……私は、複製しなかった」
「はい」
「ゼロも、複製しなかった。一つしかないものは、ゼロには見えないから」
「はい」
「それなのに、十に増えた」
「増えたんじゃないです」要は言った。「生まれたんです。各地で。八王子の関守の妻が、帳面をつけたように。相模湖の飛脚が、小屋を建てたように。各地の人が、各地の形で。複製じゃない。真似だ。真似は、複製と、違う」
「どう違う」
「真似は、自分の手で、やる。自分の手でやると、自分の形になる。千葉の漁師は、十二条を、五条にした。海に合わせて。自分の手で。複製は、自分の手を使わない。だから、同じ形になる」
鷺沼は、手紙を、そっと、机に戻した。
「……十の市の証を、交換する。為替だな」
「為替です。十の証に、十の比率。諏訪の湖と、木曽の証のように。五人で数えて、真ん中を取る」
「十の市、全部と」
「全部と。一つずつ。遅い。でも、一つずつなら、一つが壊れても、九つは残る」
*
商店街の銀行の壁に、板が、十枚、打ち付けられた。
一枚ずつ、市の名前。千葉。埼玉。群馬。神奈川。栃木。茨城。山梨。静岡。それと、二つ。
名古屋。新潟。
「……名古屋」要は、その手紙を、二度読んだ。
名古屋の御殿。権田が、怖れていた御殿。「食わせて、働かせて、逆らったら、殺す」御殿。
手紙は、その御殿の中から、来ていた。
『商店街の銀行へ。名古屋の御殿の、兵の一人だ。名前は、書かない。塩尻の御殿が、市に入ったと聞いた。兵が、薪を割って、味噌を買っていると。うちの御殿でも、十人が、帳面をつけ始めた。隠れて。長には、知られていない。証を、少し、分けてもらえないか。封蝋で、運んでほしい』
要は、手紙を、机に置いた。
塩尻で、御殿の兵が、味噌を買った。それが、名古屋に、伝わった。力は、味噌と酒に、負ける。十二段目が、名古屋で、動き始めていた。
「……送る」要は言った。「証を、五十枚。封蝋で。三つの蝋で」
「名古屋の御殿に、知られたら」会長が言った。
「知られる前提で、送る。侵入前提です」
*
夜、要は、一人で、十枚の板を見ていた。
十の市。十の掟。十の証。
鷺沼は、千二十四の同じ市を、作ろうとした。要は、それを止めた。止めて、何もしなかった。
何もしなかったのに、十の違う市が、できた。
千二十四になるのに、何年かかるだろう。十年か。二十年か。それとも、千二十四には、ならないか。
どちらでも、よかった。
要は、ノートを開いた。ロードマップ。〇から十二。
十三段目に、何を書くか。
要は、書いた。
『十三、同じ形にするな。各地で、各地の人が、各地の形で、作れ。同じ形は、同じ穴を持つ』
書いてから、気づいた。
十三段目は、要が作ったものじゃなかった。十の市が、作ったものだった。要は、それを、書き留めただけだった。
「……そうか」要は、つぶやいた。
ロードマップは、要が作ってきたものだと、思っていた。でも、〇は、つむぎが作った。十は、四人の長が作った。十一は、ばあさまが作った。十二は、塩尻の兵と、木曽の男が、酒で作った。十三は、十の市が作った。
要は、書き留めていただけだ。帳面つけとして。
二年前、大畑に言われた。「お前は、他所者だ。だが、市の、最初の帳面つけだ」。
最初の帳面つけ。それだけだった。それで、よかった。
リフェアリー
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コメント
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第76話、読み終わりました。各地で自然に生まれた十の市、どれも違う形で…その「複製じゃなくて真似」という言葉がすごく沁みました。同じにしようとしなかったからこそ、一つひとつにその土地の息づかいが宿ってるんだなって。最後に要が気づく「自分はただ書き留めただけ、それでよかった、という自己認識の深さ。帳面つけとしての在り方、とても好きです。静かに灯るような、でも確かな力のあるお話でした。丁寧に刻まれた一文一文が胸に残ります。