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今夜は半月が青白く優しく見守るように輝いている。 窓辺に置いてあるモスグリーンの一人掛けソファーに座り、白ワインを飲みながら一樹は月を鑑賞した。
部屋の奥に置いてあるガラスキャビネットの上にはリサイクルショップで購入した木目調のレコードプレーヤーが置いてあり、今日はエリック・サティの「ノクチュルヌ第三番」をセッティングしてある。
いまは亡き祖父から形見分けされたピアノ名曲集のレコードの中から今日の月に似合いそうの物を選び月を鑑賞するのだった。
ソファーの側には、縦型のクリーム色の石油ストーブが置いてあり、乾燥対策に水を入れた、赤いやかんから蒸気が立ち、窓がほのかに曇り、街のネオンの光がちょうど良い感じにぼやけている。
俺はワインを飲みながら、ただ月を眺め、このなんとも言えない至福の一時を一人、堪能してた。
窓際にはもう一つ一人掛けソファーが置いてある。
これは卓也が来た時の為に置いてあるのだった。
しかし、最近は自分が卓也の家に行く事が多いから、このソファーには誰も座る事なく、真新しい新品と変わらないほど綺麗な状態が保たれていた。
近ごろは卓也と会う回数が少し減っており、一人の時間が増えた。
前なら卓也の方からLINEをくれ、それに俺が返信をして逢いに行くのだったが、今では俺の方がLINEを送る事が多いのだが、「ごめん今日は忙しい」と断られてばかりだった。
二丁目のゲイ仲間から噂で聞いた話しだと、最近新しく知り合った、耕士くんという俺と同い年の子と頻繁に会いに行っているらしいのだ…。
耕士くんは俺も何回かバーで会った事があり、明るく、笑顔が可愛いくて、流行にも敏感なアグレッシブな子だ。
そんな事を考えつつ「そりゃ卓也もメロメロになる訳だなぁ…」とため息吐き、独り言を呟くのだった。
とは言え、卓也とは毎日LINEをし、お互い意味もないLINEを繰り返している。
前よりも会う頻度減ったが、月に2回ほどだった。
逆に前が頻繁に会いすぎていたのだ…。
二丁目の行きつけのバーの店子ののぶリンくんが「頻繁に会っていると刺激もなくなり、飽きられるもんよ。」とこの前話したのだ。
「やっぱそういうもんなのかなぁ…」と俺は落ち込んだ。
「まぁ、恋はそんなもんよ、でも相手に想いをキチンと伝える事も大事よ!気持ちを伝えて終わる関係と気持ちを伝えないで終わるのとじゃ全然違うもんね!」とのぶリンが言い、俺は自分が気持ちを伝えずにビクビクしている事に嫌気が出て、グラスに注がれた焼酎を一気飲みした。
そんな事を思い出し、俺は無性に悲しくなり、喪失感に襲われそうになったので、早めにベッドに入り、眠る事にした。
布団の中で卓也との過ごした日々を昨日の事のように蘇っていった。
「ダメだぁ…眠れない」と布団を出て、俺はキッチンの換気扇の下に置いてあるパイプ椅子に座り、タバコを吸い、気持ちを落ち着かせることにした。
俺はふとある日記を思い出したのだ。
昔から古典文学が好きでよく、平安時代の物語や日記などの作品を、幼少期から読み漁っていた。
藤原道綱母の「蜻蛉日記」を思い出した。
日記にも記載されている、「なげきつつひとりぬる夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る」百人一首にも載っている和歌で、非常に人間臭い和歌だ。
まるで今の自分に当てはまるような感じで、虚しくも、そんな事で悩んでいるのも自分だけではないんだなぁと思い、逆に可笑しく思えてきたのだ。
俺は急に眠気が少し出たので、急いでタバコを灰皿に押しつぶし、ベッドに入った。
酒の力もあった所為なのか、意外にも早く眠りについた。
アラームが鳴り響き、外は明るくなっていた。今日は空が水色で晴天だった。
せっかく早く起きたので、久しぶりに一人気晴らしに、街を散策する事にした。
クロワッサンを軽くトースターで焼き昨日の残りのトマトスープとモカ珈琲をカップに注ぎ、ダイニングテーブルで食べながら朝ニュースを見た。
食事を終え、洗い物を済まし、歯を磨きをし、髪の毛をセットした。
クローゼットから黒のロングコートにグレーのパーカー、淡い水色のジーンズを履き、ラフな格好で自宅のアパートを出た。
外はほんとに清々しいほど気持ちよく、最寄りの本八幡駅に向かう、日々見慣れた光景も新鮮に思えるほどだった。
都営新宿線の本八幡駅の地下は生暖かい風が流れており、地下鉄独特の匂いがただよっていた。
しばらくホームで待っていると新宿行きの電車が着き、乗車した。
耳にAirPodsをはめ、iTunesで米津玄師のアルバムを流しながら電車に揺られ目を瞑り、眠りについた。
目が覚めて「新宿三丁目」とアナウンスが流れ寝ぼけながら降りた。
BYGS新宿ビルと繋がっている地上口を出て、新宿御苑方面に進んだ。
御苑に向かう途中の道は俺の中では、かなりお気に入りの通りで、古いレンガ作りのアパートやオシャレな飲食店などが並んでる。
そうやって休日の時は、意味もなく散歩するのが好きだ。
新宿御苑の入り口に着き、チケットを購入し、入場した。
冬の庭園は枯れ木ばかりで、特に見どころが無いのか、人が少なく、ほとんど貸し切り状態だった。
しばらく黙々と歩き、温室に着いた。
温室の中は暖かく、少しジメジメとしていたのだ。
熱帯のエキゾチックな花木などを鑑賞し、一人で都会のオアシスを堪能した。
時刻は12時になり、お腹が空いたから、御苑を出て昼食を摂る事にした。
御苑周辺にある、バーガーショップに入り、ブラックコーヒーとアボカドバーガーを注文し、窓際の席に座った。
外の景色は日本なのになぜか異国情緒ある雰囲気でまるでヨーロッパの街並みみたいに見えた。
クロスバイクで走っている欧米人、高いヒールを履き、カッコよく歩いている女性などがまるでアートポスターの絵みたいに見える。
そうやって外を眺めていたら、「お待たせしました」と店員がトレーを持ち、ハンバーガーとコーヒーを持ってきた。
ハンバーガーにかぶりつき、コーヒーを飲んで俺は昼間から久しぶりに贅沢な時間を味わった。
前なら卓也と会っている事が多く、こうやって一人で過ごす時間がなかったのだ。
本来の自分は一人でこうやって意味もなく過ごすのが大好きだった。
久しぶりに本来の自分を取り戻せた感じがし、俺は満足気にコーヒーを飲んだ。
しばらくして散歩を再開し、ひたすら歩き続けた。
街は夕方になりビル群が茜色に染まる頃、卓也から久しぶりにLINEがきたのだ。
「今日会える?」
慌てて、スマホを開き「大丈夫だよ」と返した。
卓也の方からLINEをくれるなんて珍しいと思った。
「今すぐ新宿これる?」
「いま新宿にいるから大丈夫だよ」と返しつつも、急なことだったから少し驚いた。
「じゃあ紀伊國屋で待ち合わせな!」
と返信が来て、そこに向かうことにした。
近くにいたのですぐにつき、店内に入った。
奥のビジネス本のコーナーの所で卓也が、立ち読みしていた。
「お待たせ」
卓也が振り向き本を棚に戻しながら「早いじゃん」と言う。
「たまたま近くに来てたからね」
「何してたの?」と聞いたから「暇つぶしに散歩してただけ」
「ふーん、ホントかな~」と揶揄うよう卓也は言う。
「それどういう意味?」
「別にー」と卓也が口を尖らせて言った。
「お腹すいだだろ?これから中華料理でも行く?」と卓也が話題を変えて聞いた。
「いいよ、じゃあ行こうか」
俺たちは本屋を出て、中華料理店を目指した。
中華料理店はビルの中にあり、入り口ネオン看板には「東陽軒」と書かれていた。
店内は明るい暖色の照明がついており、中国オリエンタル調の幾何学文様のパーテーションで席がくぎらて、壁には福の字のサインネオンが照らされていた。
俺たち店員に案内された窓際の席に座った。
「いい所でしょ?ここは点心がオススメなんだって」と卓也が言う。
「うん、凄い雰囲気がいい所だし、点心好きだから楽しみ」
「一樹は中国料理好きだからここがいいかなって」と卓也がニヤけながら言った。
店内ではなんだかよく分からない中国の演歌?的なBGMが流れており、窓の景色からはビル群夜景が見え、ドコモタワーが虹色に光っている。
卓也はメニューを開き「どれにしようかなー」
「凄い迷う」と言っている。
メニューにはメインとお好きな点心2つ選べますと書かれている。
「俺は翡翠餃子と鱶鰭餃子と四川風麻婆豆腐にする」と言ってテキパキ決めた。
「なら俺は小籠包と焼売と油淋鶏のご飯セットにする」と卓也は慌てるように決めた。
「酒飲む?」と卓也が聞いた。
「うん、ビールがいい」
「オーケィー」と卓也がメニューを開きながら店員を呼んだ。
店員は中国人らしき女性で無愛想にメニューのオーダーとった。
「接客態度悪いなぁ」と卓也はイライラしたような口調で言った。
「そんなもんでしょ?逆に日本が過剰すぎるぐらいだよ」と言い俺は笑う。
ムッとした卓也の表情が可愛いく感じ、可笑しかった。
しばらくして、サービスのジャスミン茶が入った白磁のポット、小さな白磁の湯呑み、ビール二つと、それぞれ頼んだ料理がテーブルに並べられた。
箸を取り、俺たちはそれぞれの料理に箸をつけ、堪能した。
料理はどれも美味しく、あまり会話をせず黙々たべたのだった。
「食ったー、けっこうボリューム多かったな」
と卓也は満足気に言う。
俺も食後の口直しにジャスミン茶を飲みながら「卓也の言う通り、点心が特に美味しかった」
と言った。
「あっそうだ!」と卓也がGUCCIのクラッチバッグから何かを取り出した。
「はい」と卓也はチケットをテーブルの上に置いた。
台湾の旅行券だった。
「どうしたの?台湾でも行くの?」と俺はキョトンとしたように聞いた。
「会社の抽選で応募したら見事に当たった」と卓也はドヤ顔で言った。
「いいじゃん!」と俺はお茶を飲みなら言った。
「いいでしょ?」と卓也は満面な笑みをこぼす。
「楽しんで行きなよ!お土産よろしく!」とちゃっかりお土産まで要求して言った。
「何言ってんだよ、これは一樹の分だよ」と卓也は言ったから、「えっ!」と思わず声が出て、飲み込もうとしてたジャスミン茶が少し咽せた。
「どういうこと!?」
「どういう事って…一緒に行こうって事だよ」と卓也は呆れたように言う。
「そんな、急すぎだよ、だって後一週間後じゃんこのチケット…」
「そうだよー」と卓也は軽く言う。
「俺いま何件か依頼されてる仕事抱えてるし厳しいよ」と俺は困ったように言った。
「フリーランスなんだから其処は何とか融通利かせらるでしょー」と人ごとのように卓也は言うのだ。
「そんな事言ったて、決められた期限に守らないと信用問題になるでしょ?」と俺は少しイライラしたような口調で言った。
「えー、せっかく一樹と行きたかったのに残念と」と卓也は拗ねるように言った。
でも俺も内心は嬉しかったのだ。
最近卓也と会う回数が減って、飽きられたと思ってたのに…海外旅行で二人で行けるなんて夢のようだ。
「やっぱこのチケット貰います!」と俺は言い、チケットを手に取った。
「そうこなくちゃ!じゃっ決まりだな!」と卓也は満面な笑を溢しながら言った。
俺は手帳を開き、仕事の調整をその場でした。
「この仕事とこの仕事は優先順位的に低いから先延ばししても大丈夫っと」ぶつぶつ言いながら確認した。
後の一件の仕事は期日が迫っていたので、それまでに終わらせないといけなかった。
「今夜、そっちの家に行ってもいい?」卓也が聞いた。
久しぶりに卓也が来る嬉しさからすぐに「いいよ」と言う。
俺たちは速やかにお会計をし店を出て駅に向かった。
電車に揺られ、地下鉄の真っ黒な窓ガラスに映る俺たちを見つめた。
自宅に着くなりシャワーお浴びた、卓也が「一緒に入ろ」と言い二人で体を洗い合った。
浴室から出た後は卓也は俺の服を着たが相変わらずサイズが小さく、パツパツだった。
「小せぇな」と文句を言いながら卓也は缶ビールを開け、ソファーに寝転がりテレビをつけた。
俺はデスクに着き、パソコンを開き少し仕事を進めた。
仕事を進めて30分くらい経ち、卓也はテレビに飽きたのか、デスクに向かっている俺を後ろから抱きしめ、デスクに置かれている資料を見て「これ何語?」と聞いた。
「フランス語」
「ふーん、よくこんなの翻訳できるな」とつまらなそうに言う。
「いま忙しいからあっちでテレビでも見てなよ」と俺は冷たく言った。
「それいまやらいといけないの?」と卓也は拗ねたように言う。
「じゃないと旅行までに間に合わないから」と俺は相変わらず冷めたように言った。
すると卓也はパソコンを無理矢理閉じたのだ。
「何するの!?」
「今日は俺と一緒に過ごしてるんだろー?なら仕事止めて、こっちおいで」と言う。
俺も卓也のその言葉に負けて、卓也の言う通り、二人掛けソファーに座り、テレビを見る事にした。
テレビは録画してあった月9のドラマついている。
二人でただつまらなそうにテレビを見るのだった。
ソファーの前に置いてあるセンターテーブルの上に卓也が缶ビールを置きながら、横に置いてあった本を卓也が手に取るようにパラパラと開いた。
「蜻蛉日記じゃん」と卓也は言った。
「知ってるの?」と俺は少し驚いたように聞いた。
「一応ね」と卓也は本の表紙を見ながら言った。
「最近、俺が全然会わなかったから寂しくてこれを読んでたんだろー?」と卓也はニヤニヤしながら顔を覗きこむように言った。
「そんなコトないよ、ただ久しぶりになんとなく読んでみただけ」と俺はツンとした感じで言う。
「素直じゃないなぁ」と卓也はバカにしたように言った。
図星だったので俺は黙ってビールを飲みテレビをみた。
「やっぱ一樹と一緒にいると落ち着くなぁ」と卓也は俺の肩に手を組みながらポツりと言う。
「それはどういう意味なの?」
「いや、何でも…」と卓也は濁す。
「そう言えば、最近耕士くんとはどうなの?」
と俺は聞いた。
「はぁ誰それ?」と卓也は目を丸くしながら言った。
「最近頻繁に会いに行ってるらしいじゃん」と俺はテレビを見ながら淡々と言った。
「誰から聞いたの?」と卓也は声色を変えて聞いた。
「二丁目の人達が言ってた」
卓也は「アイツとはもう会ってないよ」と淡々と言った。
「そうなの?」
「うん」と卓也は頷き、一呼吸ついて「アイツはガツガツしすぎてウザいし、セックスも正直気持ちよくなかったんだよねー」と冗談半分にニヤニヤしながら言った。
「酷い話しだ」と俺は言いつつも内心は少しホッとした。
「あと一樹のケツの方が気持ちいいし、顔は一樹の方が一番可愛いいしタイプだな」と誤かすように卓也は俺の首にキスしながら言う。
「ふーん?色々なセフレにもそんな事を言ってるの?」と俺はツンとした感じで言った。
「言ってないよ、てか一樹の事はセフレだと思ってないよ!」と卓也は言うのだ。
「何それ…じゃあどういう関係なの?」と俺は言った。
「うーん、大切な人かな?だから怒らないで」と言い、卓也は抱きついてきた。
「別に怒ってないよ、ただ聞いただけ」と俺は言った。
心の中で「何それ…ただのセフレと変わらないじゃん…」と呟き、無性に切ない気持ちに襲われた。
卓也は俺の体を無理矢理抱き抱えて、ベッドに落とした。
服は脱がされ、卓也はひたすら唇に激しくキスをした。
「可愛い子、俺だけの物にしたいくらい」と耳元で呟きながら言い、ひたすら俺の体を抱きしめ、色々な場所にキスをし始めた。
でもやっぱり卓也の事が好きだ…卓也の色々な所すべて含めてだ…。
ただの都合の良い関係だと感じても、結局卓也の事を嫌いになれない自分が腹立たしいのだ。
その夜はひたすら卓也に抱かれ、熱い夜を過ごすのだった。