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(赤い瞳の狐……災厄の影響?)
ただの狐ならよかった。けれど、明らかに魔力を持ち、殺意を向けているこの狐は、魔物となった獣だろう。身体に纏っているのは、火の魔法か……あたりが焼け野原になったらどうしよう何て言う心配もしながら、私は目の前で私を庇うようにして立ってくれているグランツを見た。
「速く逃げて下さい」
「アンタをおいて逃げられるわけないでしょ」
「ステラには何も出来ない」
「……っ」
「モアンさんが悲しむ」
グランツは、そう付け加えて低く体勢をとった。木剣一本で、この魔物と対峙するきだろう。無謀すぎる。
(どっちが何も出来ないよ……)
攻略キャラだから大丈夫。そう思いたいけれど、これがイベントなのかどうかも分からない。それに、イベントだからといって攻略キャラが怪我を負わないなんて言う話は、前の世界で嫌と言うほど実感した。ゲーム、でも、これはリアルで。単純に考えれば、木剣一本で、災厄中の凶暴化した魔物に勝てるわけがないのだ。それが、グランツだったとしても……まだ今は、経験を積めていないのだから。
(逃げろって……どの口が言ってんのよ)
私は、その場から勿論逃げなかった。けれど、ここで魔法を使っていいのか、迷ってしまった。魔法を使って、それが何かしらのひょうしに、エトワール・ヴィアラッテアに伝わって、私の存在がバレたりしたら。もしかしたら、攻略キャラたちを使って私を殺しに来るかも知れない。モアンさんやシラソルさんの身の危険のこともある。後、単純に今のグランツを信じて良いものか分からなかった。彼は、心酔した相手にはとことん盲目になるタイプで、よかれと思った行動が、結構害になる。彼の前で魔法を使っていいべきか。
(かといって、グランツを眠らせるって言うのもね……)
彼を守りながらたたけるかどうか分からない。まだ此の世界にきて、実践したことがないから。この身体での魔力操作はある程度掴んだ。けれど、まだそれを試したことがない。
(いける……?いや、でも……)
色んな思いがごちゃ混ぜになって、私は一歩踏み出すことが出来なかった。
「何してるんですか。速く逃げてください」
「逃げれない……」
「は?」
「だから、逃げれないっていってるでしょ。アンタをおいて逃げられるはずないじゃん」
私が叫ぶと、グランツの顔はますます歪んだ。足手まといだと、そう言われているような気分になったが、私は、彼の前に立った。足手まといかどうかは、後から判断すればいい。私は、守られるだけの人間じゃないから。
「アンタに言った」
「……」
「守られるに値する人間になるって。胸張って守って貰えるような強い人間になるって、私はいった。アンタが覚えていなくても、私は覚えてる。だから――」
手のひらに魔力を集め、光の剣を生成する。グランツの目が見開かれ、翡翠の瞳が激しく揺れる。
グランツは何も覚えていない。それでも、私は、過去に彼にいったことを覚えている。自分でいったことだけは忘れないでおこうと持った。そんな無責任な人間に私はなりたくない。
「貴方は……」
「ぼさっとしていないで、剣、構えて」
「は、はいっ」
私がかけだしたと同時に、グランツは反対側へかけだした、狐を挟み込み、攻撃を当てようという作戦だ。多分、グランツも意図を理解してくれてる。だから、その信頼を持って、私はこうやって走り込むことが出来た。
(――っていっても……どんな風に動けるかまだ分からないんだけど……)
初代の聖女の身体は、かなり軽くて、空中を舞うことだって容易だろう。また、魔力を溜める時間が短く、素早く攻撃が撃てるのがいい。
この狐の炎が魔法であるなら、グランツは何も問題ないだろう。ただ、木剣で、火を斬ることができるかどうかは分からない。いざとなったら、守りにいこう。きっと、グランツは嫌がるだろうけど。
「はあっ!」
狐がグランツに飛びかかろうと、地面を蹴ったのと同時に、私は、剣に力を込めた。魔力を放出するイメージで力をいれると、剣は光を帯びて輝く。そしてその剣を勢いよく振り落とした。
『キュゥゥゥウウウウゥゥッ!』
「堅い?」
炎は、防御にも使えるのか、狐は、間一髪の所で私の攻撃を防いだ。勿論、グランツの木剣も、ダメージを入れることが出来ていない。私も、試し振りの感じでやったからか、少し威力が落ちていたのかも知れない。けれど、そこは問題ないだろう。エトワールの時よりも火力が出ている気がするのだ。
(けど、勝てる……?)
いや、かてはするだろう。けれど、被害を最小限に抑えると考えると、もう少し戦い方を考えなければいけない気がした。ここは、近隣の町に近い森。小火騒ぎがあったとしたらすぐ駆けつけてくるに違いない。そうなる前に片をつけなければいけない。また、そんな危険な魔物が住んでいると周りの人にバレたら、不安を煽ってしまう。その不の感情が災厄をより促進させる。混沌が悪いわけなじゃないと分かっていても、災厄のせいで、人の醜い心が明るみになってしまうのだ。
私とグランツは一旦後ろに飛び、狐から距離をとった。彼に、本物の剣があればいいのだけど、そんなものを取りに帰っている暇なんてない。それに、私が作った魔法の剣を与えたとしても、グランツの特性上、剣を握った瞬間その効力が消えてしまうだろう。彼の魔法を斬ることができる魔法は……魔法無効化という特殊効果もついているから。
「ステラ……貴方は一体何なんですか」
「何って……今はそれどころじゃないでしょ。あの魔物をどうするかって……」
「この木剣では役に立たないでしょうね。すみません、あれだけ大口を叩いたのに」
「……別に。それで、逃がそうとしてくれていたんでしょ。それって、命に代えても……とか、そういう意味籠もってるわけ?」
「分かりません」
グランツは私の質問に対し、そう答えた。曖昧で、まだ霧がかかっているようだった。かなり深いところに記憶があるらしくて、彼はすぐに答えを出すことが出来ないようだった。ムリもない。
「今は分からなくてもいい、きっといつか、思い出す……出して貰わないと困るから」
「ステラ……とは、一度会ったことがあるんですかね、俺」
「それは、自分で答えを見つけて。私からは言えない。ただ『ステラ』には会ったことないかも知れない」
ピコン、と好感度が上がる音が聞える。しかし、数値を確認している暇など私にはなかった。
狐は雄叫びを上げ次の攻撃に出る。牙をむいて、私とグランツに向かって突っ込んでくる。
「ステラ!」
「分かってる!」
グランツに名前を呼ばれて、私は勢いよく返事をした。何を言われるかなんて分かっている。大きく息を吸って、手の中にもう一度光の剣を生成した。今度は火力をあげるために魔力を放出するイメージで力をいれると、私の持っている剣は光を増す。やはり、エトワールとは違う。感覚が慣れていない、けれど、大分馴染んできた。
「ステラ、俺が囮になるので、その隙にとどめを刺して下さい」
「そんな、無茶……だって、アンタその木剣で……」
「信じて欲しいです」
「……っ、分かったわよ。絶対に怪我しないでね」
私は、グランツが私を守るように前に立つのを見つめた。
無茶をする……
(でも、信じて欲しいって……口にしてくれた)
言葉足らずで、いつも何か言いたげで結局何も言わないグランツが。私のこと忘れているからこそ、言える本音なのか。何処か覚えていて、それで言えなかったことをいっているのか。どっちでもよかったけれど。今、信じて欲しいっていう彼の言葉を私は信じることにした。
グランツが、狐の攻撃を受け流し、注意を引きつける。やはり、あの炎は魔力で操っているようで、無効化を持っているグランツには効かなかった。
狐はグルルルと唸り、グランツに向かって牙をむく。狐の鋭い爪に引っかかれているようで、グランツが横に転がる
「グランツッ」
「くっ……」
一瞬視界の端に赤い花びらが見えたが、構わずその隙に、私は狐の懐に入り込み剣を振った。
「はあああっ!」
『グガァアアッ!?』
斬りつけると血を噴き出しながら、痛みに苦しんだためか悶て暴れだす。炎を吐き出そうと口を開くのを確認すると、剣を構えてそのまま狐を貫いた。
『ギャガアアアッ―――!』
狐が咆哮しながら、私の剣に貫かれたまま暴れたが、そのまま息を引取った。黒い煙となってその身体は消えていく。ただ災厄によって暴走した魔物だったのか、あるいは……
「グランツ!」
私は、消えた狐のことに関して暫く思考を巡らせていたが、すぐに彼の存在を思い出し方向を転換し、グランツの元に駆け寄った。彼は、腕から血を流し、その場に倒れていたが、幸い息もあり、意識もあった。
「無茶じゃん……」
「すみません」
「……」
「狐の目は、貴方を見ていた。僕ではなく、貴方を狙えば確実だと思ったのかも知れません」
「だから……?」
グランツは、ごろりと仰向けになった。痛そうに腕を押さえている。彼は、空中に意味のない形を画いた後、目を閉じた。
「ただ、貴方を守らなければ……そう思ったんです。何ででしょうか。凄く、懐かしい気がするんです」
「……そう」
目を開いたグランツの瞳には、少しばかりの狂気と愛、あの頃向けられていたものが渦巻いているような気がした。
ピコンと鳴った好感度は3%を示していた。