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私は、グランツの手を掴み手のひらを見た。彼の手は見るに堪えないほど傷だらけだった。幾つものまめが潰れ皮がめくれ、肉が見えている状態だった。
その手のひらから、彼が如何に鍛錬に励んでいたか分かる。しかし、こう……間近で見るとその痛々しさがダイレクトに伝わってくる。
「大丈夫です」
「何が!?」
「騎士は皆このようなものですから。慣れています」
「いやいや! 慣れててもこれは酷すぎるでしょ!? 見てるこっちが痛い」
「見なければいいじゃないですか。貴方たちは、守られる立場なのだから」
何その言い方。と彼を睨みたくなったが、グランツの翡翠の瞳が一瞬潤んだ気がして睨む気も失せてしまった。
そうかもしれない。
この世界には身分差があって、階級があって……貴族はお金で騎士や傭兵を雇い自分は安全圏で贅沢に暮らしている。守ってくれる人がいるのだ。
しかし、私が生きていた世界にそんなものは存在しない。守って貰いたくても、法律で守られているだけで心の平穏までは守って貰えなかった。自分で自分を守るほかなかった。
(守られる立場……? 笑わせないでよ)
「何をするんですか?」
「治すの。私こう見えても、聖女だから」
「せい……じょ?」
私は、グランツの手を握った。
そういえば、回復魔法の使い方教えて貰ってなかったなあと思い出したが、魔法はイメージと教わったので取りあえずグランツの手を握って祈ってみることにした。
(ど、どうしよう、これ……ヒールとかいった方がいいの? 恥ずかしくない?)
グランツの手のことを思うと自分の羞恥心など二の次だ。まあ、そもそも、私に治癒能力があるのかさえ分からないのだが。
祈るようにグランツの手を両手で握りしめ、目を閉じた。
「……ひ、ヒール」
私が祈り、口にすると同時に手のひらから温かい光が漏れグランツと私の手を包み込んだ。
グランツは驚いたような声を上げるが、すぐに黙り込んでしまった。
光に包まれたグランツの手に、まめの痕が徐々に消えていく。そして、数秒後には、綺麗な肌に戻っていた。
グランツは自分の手に視線を落としながら、信じられないという表情を浮かべていた。
しかし、私は、その光景を見て安堵した。
(良かった……成功した)
これで、少しはグランツの印象が良くなるといいんだけど。と、彼の頭上の好感度を見るとピコンという機械音と共に数字が現われた。
(――――2!? たったの2ッ!?)
私は刻まれた数字に落胆した。
え……いや、だって、グランツは攻略キャラの中で一番好感度が上がりやすくて……ヒロインだったら今ので5とか10とか余裕で上がっていたのに。
「2……ッ!?」
「いきなり声を上げて、どうかしたのですか? 具合でも……」
「うううん、ううん。何でもないの、初めて回復魔法使って疲れちゃって」
と、私は思わず出た2という言葉を誤魔化すために適当な嘘をついた。
勿論、魔法を使ったからといって体力を消耗したわけではない。ぴんぴんしている。
「……ありがとうございます。それで、先ほど聖女と聞こえたのですが」
「お礼なんて良いの、良いの……って、んん!?」
グランツの言葉に返事をしながら、彼の口から聖女の二文字が出てきて私は開いた口がふさがらなくなった。
そういえば、さっき勢いで口走ってしまった気がする。
恐る恐るグランツを見ると、彼は疑いの目を私に向け、私の言葉を今か今かと待っている。しかし、先ほどの冷たい目ではなく少しだけ穏やかな、光を帯びた翡翠の瞳に私は思わず見惚れてしまった。
「騎士達が先ほど騒いでました。帝国内でも既に聖女が召喚されたと噂されていますし……貴方が、その聖女様なのですか?」
グランツの言葉に、私は首を横にも縦にも振れなかった。
バレて困ることはないのだが、言ったところで信じてもらえるかという不安が私の中にはあったからだ。一応攻略キャラで、一応私はまだ清い聖女。だから、信じてもらえる可能性は高い。
しかしまあ、昨日召喚されたばかりだというのにもうそんなに噂が広まっているのかと、私は感心と驚きで一杯一杯だった。
確か、聖女の召喚を祝うパーティーがあるとか何とか言っていた気がする。正直気乗りはしないが……注目されるのは嫌いだ。
私が、返答に戸惑っているとグランツは自分の手のひらを見、拳を握ると続けてこう言った。
「帝国の魔道士達でもこんな短い時間で傷を治すことは出来ません」
「え、そうなの?」
「……はい。数十分から一時間かかります」
(え、そんなにかかるの!? 数秒でフワッと出来るものなんじゃないの!?)
私はグランツの言葉に耳を疑った。
回復魔法というのだから短い時間ですぐに傷を癒やせるものだと思っていた。しかし、グランツが言うには回復魔法は手慣れの魔道士でも数十分かけて傷を治すのだという。
それだけ聞くと、かなりコスパが悪いというか何というか。
これも、聖女の力なのかと私は思わず自分の手のひらを見た。
雪のように白く、傷一つない小さく貧弱な手。元の私の手はかさかさで、ハンドクリームなど塗ってなかったため常に枯渇していた。それに比べ、エトワールの手は何か塗っているわけでもないのに潤っており、生まれたての赤ちゃんのようにすべすべでもちもちとしていた。
羨ましいことこの上ない。
「それで、貴方は本当に聖女なのですか……?」
「……え、まあ。うん、昨日召喚されたばかりの聖女ですが……何か文句あるの?」
「いいえ、文句はありません。ただ回復魔法の発動の仕方もわからなかったのかと不思議で」
「失礼な! そりゃ、誰にだって分からないこと……一つや二つぐらいあるでしょ」
「聖女様なのに?」
「私も一人の人間よ」
グランツの嫌味とも取れる言葉に私はむっとした。
聖女といっても、中身はただの一般人。
知らないことは沢山あり、出来ないことも山ほどある。私にあるのは、このゲーム知識だけ。それも、ヒロインルートの知識だけしかない。
此の世界の人達は、聖女を本当に女神か何かと勘違いしているのではないだろうか。
聖女だってお腹もすくし、出来ないことの一つや二つあるだろう。分からないことだって山ほどある。だから、教えて貰わないと何も出来ないのだ。
初めから何でも出来る人なんていない。
「失礼しました。本で読んだ聖女の伝説と大きくかけ離れていたので」
グランツはそう言って、頭を下げた。
頭を下げられるのはこれが二回目だ。それもおなじ人に。
あっちでは誰一人として謝ってもくれなくて、頭も下げてくれなかった。さげて欲しいわけじゃないけど、それでも……
「頭を上げて」
「……?」
「頭を下げられるの慣れてないの。後、別にアンタは悪いことしてないし、謝ることなんてしてない」
ですが。とグランツは呟いた。
どうせ、この人は頭が固いんだろう。私の意見は聞き入れられないかもしれない。いや、本人がいいって言ってるのに頭を下げ続けるのはそれはそれで嫌がらせだと思うんだけど。
私はグランツをじっと見た。見つめられていることに気づいたグランツは何か? と小首を傾げる。
「そ、それで。アンタの言う聖女の伝説ってどんなものなの? 私、ここに来て一日しか経ってなくてこの国の歴史とか、伝説とか全く知らなくて」
「聖女様なのにですか?」
「しつこいなあ! 知らないものは知らないの! いいから、もったいぶらずに教えてよ」
私がそういうとグランツは少し考えたあと、語り始めた。